いざ、舞踏会
舞踏会本番です。
ニコルは、兄であるカイルのエスコートで入場する。二人が来たことで参加者が全員揃ったようだ。国王陛下が名前を呼ぶと、ニコルは両陛下の前へと出た。
「おとうさま、おかあさま、今宵はわたくしのためにこんな素敵な夜会を開いてくださってありがとうございます」
「うむ。本日より我が娘、ニコルはレディの仲間入りを果たした」
国王が声高に宣言すると、会場は拍手で包み込まれる。彼女がゆっくりと貴族たちの方へ向き直ると、拍手が止んだ。ここであいさつをしなければならないが、緊張で言葉が出ない。喉が渇く。
ふと、貴族の輪の中にいたカミーユの姿が目に留まる。彼は頑張ってとでもいうように握りこぶしを胸の前に持ってきていた。見知った顔を見て安心したのか、彼女は大きく息を吐くと、優雅にカーテシーをした。
「みなさま、今宵はお集まりいただきありがとうございます。わたくし、ニコル・ラピスラズリは今宵16歳になりました。これからは両陛下や殿下を支え、より一層国のために邁進していく所存です」
ニコルのあいさつが終わると、また拍手が巻き起こる。拍手が止みだしたころ、カイルが彼女にファーストダンスを申し込んだ。彼女は笑顔で彼の手を取る。音楽がなり始める。舞踏会の始まりだ。
一曲踊り終わると、ニコルはそっと壁際に移動した。壁にもたれかかり、長く息を吐く。
「ニコル様、今宵はおめでとうございます。とてもご立派でしたよ」
「お褒めいただきありがとうございます」
彼女はにっこり笑って答える。話しかけてきた女性はセシルの友人だ。確か彼女は未婚だったはずだから、今宵は結婚相手探しにでも来たのだろう。
「今日のお召し物は素敵ですね。よくお似合いですわ」
「ありがとう。近頃は花の刺繍が流行っているから、全体に取り入れてみたの。ニコル様のお召し物もレースが素晴らしいですわ」
「ありがとうございます」
会話をしながら、相手の真意を探る。社交界は華やかだが、様々な思惑が絡み合う場所でもある。気を抜かないように注意しながら話していると、やがて一人の令息が話しかけていた。
「姫さま、今宵はおめでとうございます」
彼はそういってニコルの手を取ると、口づけを落とす。その際何かに気が付いたようで、一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに柔和な笑みを浮かべた。その後彼は隣にいた令嬢にダンスを申し込んだ。
やがて壁際にいた令嬢が一人二人とダンスに誘われていく。令息たちはニコルの手の甲に口づけを落とすものの、ダンスには誘わずに離れて行った。
(……どうしたんだろう……?)
ニコルは一瞬疑問に感じたものの、まあ踊らなくて済むに越したことはないと考えて気にしないことにした。それにしても貴族たちとの会話は疲れる。あいさつされるのも面倒になったので、ニコルはテラスへと移動することにした。
テラスへと移動して夜風に当たる。ドレスは案外暑いので、夜風が気持ちいい。彼女は目を細めてぼんやりと暗がりの町を眺めていた。
「やっぱりここにいた」
見知った声を聴いて彼女は振り返る。視線の先にいたのは騎士の礼装に身を包んだカミーユだった。
「どうしてここにいるって分かったの?」
「アンタのいる場所くらい分かるわよ。もう四年もアンタの近侍をしてるんだから。隣いいかしら」
ニコルは何も言わず隣を開ける。彼は「ありがとう」と言って隣に立った。
「今日のドレス、良く似合ってるわ」
「ふふ、ありがとう。侍女頭に伝えておくね」
「あら、アタシはアンタを誉めたつもりよ? いつもそんな風な可愛い格好をすればいいのに」
「さすがにTPOに合わないよ。それに、この格好は少し動きづらいから」
「TPOに合うようにコーディネートくらいしてあげるわよ。動きづらいのなら、パニエがなくても着られるカジュアルなものがいいかしら」
「あはは、考えておくよ。カミーユもいつもと違って素敵だね。白もよく似合ってる」
「ありがとう、嬉しいわ。ところで、ここで何をしていたの?」
「ちょっと街を見てただけ」
「そう。……案外ここからでも街が見えるのね」
「うん。でも私は自分の部屋から見える街並みが好きかな」
カミーユとは真意を探ったり、警戒したりしながら話す必要はない。その事実はニコルの肩の力を抜かせた。
「どう? 初めての舞踏会は」
「ちょっと苦手かも。王女として社交はきちんとしないといけないけど」
「そう。ところでカイル以外とは踊ったの?」
「ううん。ずっと壁の花。まあ、そのほうが気楽でいいよ」
ニコルは本心からそう告げる。カミーユは「ニコルらしいわね」と笑った。
「じゃあ、アタシが申し込んでもいいかしら?」
「いいよ。どうする、あっちに戻る?」
「いいえ、このままここで踊りましょ。ということで」
カミーユは足をそろえてお辞儀をする。ニコルがそれに答えると、彼は彼女の手を取って腕を組み、テラスの真ん中へ移動した。
流れる曲に合わせステップを踏む。カミーユはリードに慣れているようで、あまりダンス経験がないニコルでもすんなりと踊ることができた。
彼女は彼と密着することで体格差を意識してしまう。香水だろうか、彼が動くたびにどこか甘くスパイシーな香りがした。心臓がどきどきと高鳴っていることが分かる。一瞬頭が真っ白になり、危うく彼の足を踏みかけてしまった。ニコルはダンスに集中しないとと、気を引き締めた。
まるで夢のような時間であるはずなのに、ニコルは緊張していてそれを楽しむ余裕もない。必死にその他のことを頭から追い出してステップを踏んでいるので、カミーユの顔など見れるはずがなかった。
だから彼女は、カミーユが、愛しいという感情駄々洩れの緩み切った表情をしていることについぞ気が付かなかった。
何とか一曲踊り終わるも、ニコルは放心状態だった。
「ちょっと、アンタ、大丈夫?」
「え、えっと、何?」
「大丈夫じゃなさそうね。いい時間だし、そろそろ抜ける?」
「そ、そうだね。ちょっと疲れちゃったや」
彼女は恥ずかしそうに頬をかく。カミーユはその様子に微笑むと、そっと手を差し出した。彼女は彼に連れられて、大広間を後にした。
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