文官姫は、ぱっとしない?
オネエも男装の麗人も作者の性癖です。
王宮の廊下を、ひとりの青年が一つに束ねられた金色の髪を靡かせながら颯爽と歩いていく。彼の名はカミーユ・レナード。美しく強い騎士として、社交界でも評判の騎士であった。彼を見かけた人々はその美しさに見とれ、はっと気が付いたように道を譲った。
彼は文官の執務室として使われている部屋の前で立ち止まる。部屋の明かりがついていることを確認すると、ため息を一つはいてから扉を開けた。
部屋の中では瑠璃色の髪を持つ少女が机に突っ伏して寝ていた。彼女はこの国の第二王女、ニコル・ラピスラズリだ。ニコルが眠る机の上にはたくさんの書類が並べられており、彼女はこれらをさばいているうちに眠ってしまったということがうかがえる。
「こら、ニコル、起きて」
彼が呆れたような声で彼女を揺すると、彼女は軽く身じろぎしてから顔を上げた。
「ん……。あれ、カミーユ? ……もしかして私、寝ちゃってた?」
「ええ。それはもうぐっすりと。ほら、もう夜も遅いんだから仕事はおしまい。帰るわよ」
「ちょっと待って。あとこれだけだから」
彼女はそういって書類の束を手に取る。それを見て、彼は眉をひそめた。
「忙しいのは分かるけど、それは明日にしなさい!! ほら、帰るわよ」
「ええ? あとちょっとなのに!」
「その量はちょっととは言わないわ。片付け手伝ってあげるから」
彼女はしぶしぶといった調子で書類を棚にしまう。手早く執務室を片付けると、何かの封筒を持って部屋を出ようとした。
「待ちなさい。その封筒は何?」
「あー、えっと、これは……」
「……まさか、部屋に仕事を持ち帰ろうとしてるんじゃないわよね?」
カミーユがぎろりとにらむと、ニコルはそそくさと部屋に封筒を置いた。どうやら書類だったらしい。
「あーもういい加減にしなさい。いい仕事のコツは適度に休むことよ」
「ちゃんと自分の処理能力は分かっているつもり」
ぶつくさ文句を言う彼女の姿に、彼はまた大きなため息をついた。
執務室の電気を消して、戸締りをする。その後、二人はニコルに与えられている離宮へ向かって歩き始めた。
「話には聞いてたけど、尚書部ってやっぱり忙しいのね」
「うん。やっぱり国政にかかわる大事な部署だからね。その文書類も多くって」
「で、なんであんた一人残ってたの」
「みんなには家庭があるから、さすがに連日残業させるのは忍びないかなって。幸い私は仕事終わってもすることがないし」
「尚書部の友達が嘆いてたわよ。上司が残業するのに、自分たちは早く帰るのが申し訳ないって」
「はやく慣れてって言っといて」
そんな風にたわいもない話をしていると、彼女の耳にひそひそと声が聞こえてきた。
「やっぱり第二王女はぱっとしないわね」
「なんで麗しのレナードさまがそんな人の近侍なのかしら」
「やっぱり、王太子殿下や騎士団長にわがままを言ってるんじゃないの? あのお二人は妙に彼女に甘いし」
「こら、いくらぱっとしないと言っても王女よ」
どうやら仕官している女性たちが噂話をしているようだった。彼女たちは大体が貴族令嬢。高嶺の花であるカミーユを近侍にしているニコルが気に入らないのだろう。カミーユが彼女たちをぎろりとにらむと、令嬢たちはそそくさと逃げて行った。
「ニコル」
「ん?」
彼に名前を呼ばれ、ニコルは顔をあげる。彼女は傷ついていることを隠そうと無理やりに笑みを浮かべた。
「言いたい奴には言わせておけばいいわ。アンタが優秀なことはこの城のだれもが知ってるから」
「……でも……」
「あら、文官の中では有名よ。自分たちが一枚書類を処理している間に、王女は五枚書類を処理できるってね」
「五枚は言いすぎだよ。それに、私には書類仕事しか向いてないから」
彼女はそういって自嘲的に笑った。
◇
ラピス王国の国王には、現在三人の子供がいる。一番上の長男で王太子のカイル・ラピスラズリ、真ん中の長女で王国騎士団長を務めている第一王女のセシル・ラピスラズリ、そして末っ子のニコル・ラピスラズリだ。カイルは圧倒的なカリスマ性を持ち、彼の周りには優秀な人が集まる。セシルは武芸に秀で、騎士たちからの信頼が篤いだけでなく男装の麗人として令嬢たちから熱い視線を向けられている。それに比べ、末っ子であるニコルはぱっとしないと言われていた。
◇
「アンタは立派な王族よ。国のために働こうといつも努力しているもの」
「それはあたりまえのことだよ」
「そのあたりまえのことができない奴が多いのよ。アンタはすごいんだから、もっと自信を持ちなさい」
「あはは、ありがとう。お世辞でもうれしいよ」
なおも自嘲的な笑みを止めないニコルに、カミーユはため息をつく。そんな話をしていると、カイルとセシルが通りかかった。
「あら、カイルじゃない。それにセシルまで。いったいどうしたの?」
「ああ、ちょうど良かった。ニコル、探してたんだ」
「どうしたの、にいさま」
「実は確認したいことがあって……」
カイルはそう言いながら懐から資料を出す。ニコルはそれに的確に答えていた。
「ふむふむ、なるほど。ようやく分かったわ。やっぱりわからないことはニコルに聞くのが一番だな」
「兄さんはもう少し勉強したほうがいいんじゃないか?」
セシルは呆れたように笑う。それに対してカイルは「勉強はからっきしだからなぁ」と頭を掻いていた。
「ところで、二人は何の話をしていたんだ?」
「ご令嬢どもがニコルの悪口を言ってたのよ。ほんと失礼しちゃうわ」
カミーユがそう告げると、二人の顔が険しくなる。
「どこのどいつだ?」
「場合によってはぼくたちが直々にご挨拶しないと」
「待って待って待って。そんなにひどいことは言われてないから! ぱっとしないのは貴族たちの間でも有名だし」
「ほんとうちの貴族って節穴だ。こんなにかわいい妹を捕まえてぱっとしないだなんて」
セシルはニコルの頭をうりうりとなでながら言う。ニコルは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに撫でられていた。
「ニコルも今度の誕生日にデビューするだろう? その時に彼女たちを見返さないと」
「そうね。ニコルは可愛らしいんだから、きっと綺麗な花になるわよ」
「どんな花になっても、カミーユやねえさまには負けるよ」
「あら、そんなことはないわ。みんなそれぞれ魅力があるものなの」
カミーユは笑顔でそう告げる。「人一倍おしゃれに敏感なカミーユが言うと説得力があるな」とカイルは笑った。
「ありがとね、カイル」
カミーユは微笑みながら彼にお礼を言う。その様子を見て、ニコルの胸はちくりと痛んだ。
(きっとカミーユはにいさまのことが好きなんだ。私はカミーユを応援したい。だから、この気持ちは忘れなくちゃ)
彼女は長く息を吐くと、ニコリと微笑んだ。
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