~鉄砲玉~
雨のそぼ降る裏路地を、まるで何かに追われるように一人の少年が走っていた。
彼の名は一ノ瀬正博十六歳。この街一番の不良少年の彼、この街を仕切る裏社会の人間からも一目置かれるほどに喧嘩は強かったのだが、如何せん義侠心の塊みたいな性格だったため現代の弱者を食い物にする裏社会には何の興味も示さなかったのである。
しかし、彼のその態度が現代裏社会の人間には一際驚異だったのだろう。彼の親友、仲間果ては彼の家族までも追い込みを駆け出したのである。
「……腐ってやがる…これが今のヤクザのやり方かよ!」
彼がそう言って悔し涙を滲ませたのは、過去の罪を償い少年刑務所を出て来た所を数人の大人達によって集ってなぶり殺しにされた、彼の大親友でもあった宮松大介の変わり果てた亡骸の前だった。
しかし彼の怒りを頂点に押し上げてたのは何と、この街で市議会議員をする彼の父親だった。
「あんなクソガキ供君等の力で排除してくれ!その方がこの街のためだ……」
彼の父親だったその男は、そう言って意図も簡単に、己の名誉と地位を守りたいがために、自分の息子を見捨てるのだった。
「……あんたはいっつもそうだ…てめぇの地位だの名誉だのがそんなに大事かよ?俺と母さんを見捨てでも守らなきゃなんねぇ物なんかよ?あんた…議員としちゃあヤリ手なんだってな……けどよぉ親とか男としちゃあ最低の人手無しだよなぁあ!」
彼はそう言うと、問答無用で殴りかかって行ったのだが、彼の拳が、元父親だった男に届く事は無く、元父親だった男に金で雇われた鉄砲玉と呼ばれるチンピラ達の集中砲火を浴びるのだった。
しかし所詮、金で雇われただけの烏合の衆の彼等など、正博の敵ではなく、彼自身集中砲火を浴びたものの軽傷で逃げ切り、逆に襲って来た彼等を返り討ちに仕留めてのけるのだった。
「……あんた…実の息子に金で雇ったチンピラ差し向けるたぁ見さげて物も言えねぇなぁ!けどよぉ…残念だったな……この街のチンピラはどいつもこいつも腰抜けばかりだぁ!そんなに俺を仕留めたいんなら…中国人の殺し屋でも雇うんだな……」
彼はそう捨てゼリフを吐くと、街の宵闇へと姿を消すのだった。
「一ノ瀬さん…あんたも情けねぇな……うちとしても…もうこれ以上構成員減らされるのは我慢ならないんでねぇ……あんたにゃあこの失態のおとしまえとしてここで死んでもらう……あのガキの始末は俺等で着けてやるからよぉ……」
正博の去った跡、そう言って彼の父親だったその男に消音器を付けた拳銃を向けたのは、殺されたチンピラ達を束ねる舎弟頭格の男だった。
あの騒動から一週間後俺は、奴等に父親だったあの男が殺された事を奴等の追っ手から逃れる最中に知るのだった。
いくら良い思い出が無いにせよいくら酷い仕打ちをされたにしたって、あんなクズ以下の男でも、俺にはたった一人の父親。それを獲られたとあっては、さしもの俺も黙って逃げ回るなど、到底出来るはずもなく、奴等の包囲網の前に姿を現した俺は、敢え無く奴等の集中砲火に撃沈するしかなかった。
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鉄砲玉、この言葉を哀しく思うのは私だけだろうか。
ヤクザ組織に属する、構成員とかその構成員の予備軍にしか思われていない人間の事である。しかもその大半が十代後半のまだ、年端も行かぬ少年だというから、尚更たまらなくやるせない印象を受けるのかも知れない。