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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゾンビ駅の怪

作者: あおい

探偵ナイトスクープの過去放送回『ゾンビと戦う子供達』を見ていて思いついた作品です。暇つぶしにご覧ください。ラスト、意外な結末を用意しましたがどうでしょうか? よろしければ感想など頂ければ幸いですm(__)m

 俺――山田タカシは恋人のシオリと付き合って半年だ。

 奥手で女性と付き合った事のない俺に告白してくれたのもシオリからだったし、デートや食事の場所を提案してくれるのもいつもシオリからだった。


 今日もシオリの発案で、電車で30分ほどかかる駅で開催されている夏祭りに出掛ける予定だった。時間は16時。まだシオリは現れない。駅のホームは人であふれかえっている。俺たちと同じように、夏祭りに行く予定なのか、浴衣姿のカップルや親子連れの姿も多かった。


「おまたせ~!」


 聞きなれた声に振り返ると、浴衣姿のシオリが微笑んでいた。シオリの浴衣姿を見るのは初めてであることに今更気が付いた。自分が浴衣なんて粋なものに縁が無かった為か、余計にシオリが浴衣姿で来る事が想定出来なった。現に、俺は面白みのないジーパンとTシャツにスニーカーだ。

 シオリが着ていたのは赤色に鮮やかな黄色い花の模様がプリントされた浴衣。とてもかわいくて華やかでシオリに似合っていた。俺はシオリが彼女である事を、駅にいる人達全員に自慢したい気分になった。


「じゃ、行こうか」


 俺はそんな思いをおくびにも出さず、シオリに言った。不器用な俺は自分の気持ちを伝えるのが苦手だ。でも、今日は思い切って愛のセリフを伝えてみるのも良いかも知れない。うん。今日の祭りでは最後に花火が上がるみたいだし、普段の感謝と愛情をシオリに伝えるには絶好の機会だ。俺は密かに決意した。


「タカシ君、あの電車みたいだよ!」


 クリーム色の車体に青色の横線のラインが入った電車が、ちょうどホームに入ってくる所だった。念の為、電車の行き先表示を確認する。


「そうだね。早く乗ろう。走れる?」


 下駄を履いているシオリを気遣い声を掛ける。


「大丈夫だよ! これ歩きやすいやつだから」


 シオリはそう言って俺の手を握った。俺は頷き、しっかりとシオリの手を握ると早歩きで電車に向かった。電車は乗車率8割というところだろうか。冷房が効いている為か居心地は悪くなかった。ヒンヤリとした空気が気持ちよい。車内にも浴衣姿の乗客が多く、行き先が合っていることを示していた。


 残念ながら席は空いて無いようだ。


(つら)かったら俺に寄りかかってていいからな」


 俺の言葉にシオリは、嬉しそうに頷いたが、残念ながら寄りかかっては来なかった。そして、電車の扉が閉まり――ゆっくりと動き出した。 と、同時に車内に、聞き覚えのあるアナウンスが流れた。


『次は~『ゾンビ駅~』『ゾンビ駅』です。ゾンビが乗ってきますのでご注意ください~』


 初めは、聞き間違えかと思ったが周りの乗客達も「え?」「なになに?」「ドッキリ?」など、小声で話しているから、聞き間違いでは無さそうだ。


「今『ゾンビ駅』って言った?」


 シオリも不安そうな顔で確認して来た。


「うん。俺もそう聞こえたけど……」


 今日はエイプリルフールじゃなかったよな。何かイベントの企画か何かか? 最近では駅と色々な会社がコラボして萌えキャラを作ったり、小動物の駅長を祭り上げて写真集を作る時代だ。『夏のホラー電車』なんて企画があってもおかしく無さそうだ。最近は暑くなるとすぐに、こういったミステリー特集をやりがちだ。


 ただ、『ゾンビ』はまずいんじゃないのか?

 車内には子供連れも多い。子供がゾンビにトラウマになってしまっては賠償責任的な問題になるのではないだろうか? それともとにかく話題になれば何でもよいのだろうか? 電車会社が炎上系狙いの動画配信者みたいなことするだろうか?


「あ。でもさ、最近大阪にある遊園地もハロウィンには『ゾンビ仮装行列』みたいなのやってるね」


 俺の混乱した思考を読み取ったかたのように、シオリが言った。シオリは、こうやって俺の考えを口にすることがある。初めはエスパーか愛の力かと思っていたが、単に俺の考えている事が顔に出やすいだけなのだろう。


「そうだね。案外、令和(れいわ)の子供達は、怖い物に耐性があるのかもな」


 おどけて答えてみたが、


「でも、私は嫌だわ~。怖い話とかお化け屋敷とか昔から苦手だもん」


 と言って、シオリは眉をしかめる。


「今の放送だけだったらいいけど、今のアナウンスだと本当にゾンビに扮装した人が乗り込んできそうじゃない? やだなぁー」


 最後の言葉は少し語尾を上げ、甘えた口調だった。こうやって頼られるのは悪くない。俺はドアの右上を見て、乗っている車体が何号車なのかを確認した。

 

 5号車。普通電車は確か10両編成だから、5号車はちょうど中間地点だ。普通に考えたら、先頭車両か最後尾車両から乗ってくるような気がする。車掌が切符を確認するときも、端から回るだろうし。いや、もしかしたら公正(?)を期すため真ん中から乗車してくるかも知れないし、そもそもゾンビ役が一人とは限らない。


 どこから乗ってきたとしても怯えるシオリを守ってやらなければ……。俺は密かにそう決意した。もちろん、シオリに今まで以上に好意を持ってもらうための打算100%の考えでだ。


「『ゾンビ駅』に到着致しました~。くれぐれもゾンビにはご~~~ちゅういくださぁぁぁぁい」


 さっきよりも、間の抜けたようなアナウンスが聞こえると、電車は駅に到着した。祭りのある駅は次の次『花石川駅』だ。お馴染みの開閉音が鳴る。俺は興味本位でドアから車外を見た。俺たちが乗った駅が『小林田駅』だから次は『山地駅』のはずだ。降車した事はないが、いつも通り過ぎる駅の風景が見える。駅名標も『山地駅』になっている。さすがに標識を『ゾンビ駅』にすることは出来ないか。


それでも、本来の駅名を告げずに『ゾンビ駅』なんてアナウンスするなんて、降り損ねた人がいたらどうするのだろう。俺はまたしても、鉄道会社のモラルと訴訟の可能性を危惧した。


 元から降りる予定だったのだろう。数名が何の問題も無く降車し、キョロキョロと周りを見回していた。やはり『ゾンビ駅』というアナウンスが気になっているようだ。


「タカシ君、あれじゃない?」


 その時、シオリが俺にささやくように声をかけた。

 シオリの視線を追うと、なるほど――右側ホームに、ゾンビに扮した人物が佇んでいる。すぐ隣の4号車に乗車するようだ。目を細めて見ると、赤いチノパンに白いシャツを着た20代くらいの若者だった。遠目で見ても褐色の肌と赤黒の顔はかなり目立つ。


(ゾンビ役のバイト料っていくら位なんだろう……)


 そんな事をぼんやりと考えた俺は、妙なことに気が付いた。

 先にホームに降りた5号車の乗客達は、あのゾンビを見なかったのだろうか? 

 俺が見る限り驚いたり騒いだりしている様子は無かったが……。


「出発しま~~~す。閉まるドアとゾンビにご注意ください~~」


 俺のそんな考えをよそに、車内からいつものアナウンスが流れるとドアは音を立てて閉まり、すぐに電車は発車した。


「うぉ!」

「やだぁぁぁ」

「きゃー」

「マジ!? ホンモノみてぇ!!」


 隣の4号車から、悲鳴とも歓声ともとれる声が響いた。俺たちの乗った車両の乗客達も何事かと、首を伸ばして隣の車両を見ようとしている者たちもいる。


 シオリは相変わらず不安そうな顔を隠さない。。


「もうちょっと奥に行こうか」


 シオリがホッとしたように頷いた。

 4号車に乗った中身は役者か素人かは分からないゾンビに、付き合う義理は無い。このまま、車両の端に移動して行こう。それなりに混雑している車両だからもしゾンビが5号車に移ってきても、6→7→8→9→10号車と移れば、目的地の『花石川駅』に着くだろう。6号車からは悲鳴が聞こえて来ないからゾンビが乗ったのは恐らく4号車だけだ。

 仮に他の車両にゾンビが乗っていたとしても車両間を適当に移動していればいいだけだ。リアルなゾンビメイクを間近で見てみたい気もするが、恋人の精神安定の方を尊重するべきだろう。


「ごめんね。私、作り物って分かっててもホラーとかスプラッター系、本当に苦手で……」


 またしてもシオリが俺の心の声に返答した。


「大丈夫だよ。少し混んでるから転ばないように気を付けてね」


 俺達の考えを察したのか、乗客たちが通る場所を開けてくれた。どちらかというと、皆、ゾンビが出現した反対車両の方に興味津々のようだから、俺たちが移動した分だけ4号車に近い方に移動できるのでこう集うなのかも知れない。


 異変を感じたのはそれから数十秒ほどしてからだ。

 ゾンビが乗ってきたらしい4号車が妙に騒がしい。いや、ゾンビが乗ってきたのだろうからそれなりに騒がしくなるのは分かるのだが、なんと言うか『殺気立った騒がしさ』だった。

 

 叫び声や悲鳴や泣き声のような声も聞こえる。

 それでも俺は「悪ふざけしたゾンビ役もしくは乗客が何かトラブルを起こしたのかな?」と呑気に考えていた。そして、鉄道会社でこの企画を考えた担当者の処遇がどうなるのかを心配したのだ。


 5号車の乗客達も異変を感じ取り、4号車に視線を向けていた。


「おい! マジか!?」

「ねぇ、あれヤバくない???」

「本物の血?」

「嘘、テレビの撮影とかじゃなくて???」


 車内の人間たちの質問に答えるように、4号車を覗いていた若いカップルが騒ぎ出した。シオリがギュッと俺の腕を掴む。俺も精一杯、首を伸ばすが4号車側の様子は見えない。


「こっちに来るぞ!」

「やだ! やだやだやだ!! マジでヤダ!」


 カップルの女性の方は、ヤダ!を連呼しているがその場を動かない。自分たちが見ている物が本物なのか偽物なのか判断が付かないようだ。男性の方に至っては、「来るぞ! 来るぞ!」と言いながら、構えているスマホの撮影を止める気配がない。


 そんなにリアルなゾンビが乗車して来たのだろうか?

 確かに最近の特殊メイク技術は、かなり本格的だという話は聞く。さっき、遠目でみたゾンビも確かにリアルでまるで()()のようだった。しかし、車両ごと混乱させるのはさすがにまずいのではないだろうか? お年寄りが心臓発作でも起こしたらどう責任を取るのか。


 そして――4号車と5号車を繋ぐ連結箇所の扉が開いた。

 

 全身褐色の肌に、浅黒い顔の中年男性がうめき声をあげながら入ってきた。

 口からはよだれが滴り、眼球もいまにも落ちそうなほど不自然に飛び出している。見ただけで、吐き気がこみあげてくる醜態だった。

 

 侵入してきたゾンビは、あの赤いチノパンの若者では無い。小太りの中年男性だ。手をだらんと前に伸ばし、手首だけを折り曲げたテレビや映画でお馴染みのあのゾンビ達数十人が次々と入ってきたのだ。


 乗ってきたのはあの若者だけで、仕込みとして乗客にゾンビ役も紛れていたのだろうか? いや、ゾンビイベントなら、乗客は感染した役ということか? しかもこんな集団で乗車してきたら恐怖感も倍増だ。しかし話題性は十分だろう。シオリには悪いが俺もネタとしてスマホで撮影しておくか。俺がポケットからスマホを取りだそうとしたとき、甲高い悲鳴が耳に入った。 

 

 最初に車両に入ってきた中年男性が、カップルの女性を襲っていた。この『襲っていた』というのは、性的な意味での『襲う』ではなく、本当に襲っていたのだ。女性の右腕が中年男性に食いちぎられていたのだから。


 カップルの男性は絶叫しながらも、なぜかスマホ撮影を止めようとしなかった。が、ぞくぞくと入って来たゾンビの集団に飲まれるようにして、男性もすぐに姿が見えなくなった。車内は大パニックになった。


 しかし、ここまで来ても俺はこれが『大がかりなテレビや動画配信のドッキリ説』が頭の中に駆け巡っていた。もしかしたら、俺とシオリ以外は全員役者という説もある。生中継でどこかに配信されているのではないのか?


「車内でゾンビが大量発生しておりま~~す。お気を付けてくださ~~~い。なお、最後に残ったお客様には当社からスペシャルな特典がございま~~~す。年齢制限はございませんので、どなた様も張り切ってご参加くださ~~~い」


 あのふざけたアナウンスが、大混乱の車内に響いた。


「タカシ君、どうしよう?」


 顔面蒼白のシオリが縋りつくように俺の腕をつかんだ。


「と、とにかく後尾車両まで移動しよう」


 俺はシオリの手を引いて、6号車に移動した。

 6号車の乗客達は何事かと俺たちの方に視線を向けたが、まさか『隣の車両に本物のゾンビが現れて人を食いまくってます』なんて信じてもらえるはずが――いや、本当の事を言うと俺は出来るだけあのゾンビが本物だった時の保険に、俺たちが後尾車両に移動する間はあの惨劇の情報を教えたくなかった。教えれば、信じた乗客達が多かれ少なかれ混乱し、俺たちの移動を阻むかも知れないからだ。


 シオリも俺の考えに賛同なのか、ギュッと唇を噛みしめ黙って俺の後を付いてきた。

 それにしても、おかしい……

 いつもだったらとっくに、『花石川駅』に着いている筈だ。電車は確かに走行している。外も見慣れた景色だ。しかし、駅に着かないのはどうしてなんだ!?


「ギャー―――――!!」

「何? 何?」

「来るな! 来るなよ!!」

「何なの!? 何なの!?」


「急ごう!」


 俺は小走りになりながら、一気に後尾車両までシオリを連れて行った。

 恐怖と悲鳴に追いかけられているようだった。


 いくら何でもおかしい。

 おかし過ぎる。


「ねぇ、ボタンは?」


 シオリが車両に設置されている緊急停止ボタンを指さした。そうだ! とりあえずこれを押して車両を止めてもらえばいいんだ。停止さえしてしまえば後は窓ガラスでもぶち破ってでも、脱出出来るかもしれない。外部に助けを求めることだって!


 俺は優先席付近に設置された「非常通報機」と書かれた赤いボタンを押した。横には『非常の場合、通報ボタンを押してください』と記載してある。今以上の非常事態があってたまるか!


 しかし、ボタンを何度連打しても何の反応もない。


「畜生!」


 考えたら、この車両には数百人以上の乗客が乗っているんだ。当然停止ボタンを押そうとした乗客もいるだろう。さすがにイベントや企画で停止ボタンをOFFにはしないだろう。でも、だったらこの状況は一体全体なにがどうなっているっていうんだ!!


 とうとう、後尾車両の最終である車掌室前に辿りついた。確か車内アナウンスは先頭車両ではなく、後尾車両で行っている筈だ。しかし、車掌室には誰もいない……。揺れるのんきな景色だけが、現実感の無いのどかさで俺の目に映っているだけだ。


 悲鳴の連鎖がとうとう、ここ10号車まで来た。追い付かれるスピードが速くなるのは当たり前だ。ゾンビに襲われた乗客達が、またゾンビ化していくならネズミ算式どころではない速さでゾンビ集団ができあがってくるのだから。


 10号車の乗客達が目の前でどんどんゾンビ達に襲われていく。

 車内には血の匂いが充満し、窓ガラスには血しぶきの他に、どこの部位かも分からない肉片が飛び散っている。


 これは夢か。夢なら早く覚めてくれ。

 俺は祈るような気持ちで、増殖していくゾンビの群れをぼんやりと見つめていた。電車はまだ止まらない。


 このまま、俺もゾンビになるのか……・


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺は我に返り、シオリが隣にいることを忘れ、必死に車掌室のドアノブを揺する。


 とうとう、ゾンビ集団が眼前に迫ってきたのだ。シオリを固く抱きしめる。本当だったら今ごろ夏祭りに行っていた筈なのに……シオリだけでも俺が最後まで守ってやらなければ、いけない。そうだ。シオリは俺の最愛の彼女なんだから。俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は!!!!!


「タ……ガ……シくん……な……ん……」


 シオリが呟く。

 気が付くと、俺はシオリを力任せにゾンビの群れに突き飛ばしていた。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい


 俺は祈るようにひたすらシオリへの謝罪を繰り返し、頭を抱えた。死ぬのは怖い。俺は1分でも1秒でも長く生きて居たいんだ!――が、元乗客のゾンビたちが一斉に襲い掛かって来る。こんな人数に襲われて逃げられる訳がない。


 どうせゾンビになるなら……シオリを庇ってやれば良かったのかな……。


「シオリ……」


 目の前には、髪を振り乱した浴衣姿のゾンビ――シオリがうっ血して真っ黒になった顔を左右に揺らしながら、俺に迫ってきた。ダメだ……俺は目を固く瞑った。


 ――が、数秒待っても覚悟していた痛みは訪れない。

 

 俺はこわごわと目を開けた。


「どうして……」


 男のゾンビが俺を庇うようにおおい被さっている。シオリを含めたゾンビ達は男をどかそうと必死で噛み付いたり、手で押しのけようとするがゾンビの男はビクともしなかった。


 ……なんでだ? 俺はゾンビに知り合いなんていないぞ。なんでこのこいつは俺を助けるんだ。 

ゾンビは、赤いチノパンに黄色の英字シャツ――最初に乗ってきたあのゾンビに違いなかった。


 シャツの文字は『Never Give Up!』が返り血を浴びて赤茶色に汚れている。日本語訳で『諦めない!』か、一体何の冗談だ。


 俺を助けたゾンビは、その場で制止し俺をじっと見つめた。

 その時、電車内にあのアナウンスが鳴り響く。


「『人間駅』に到着しました~~~。どなた様もお忘れ物のないようご~~~ちゅういくださ~~い」


 ゾンビの口元がニヤリ――と笑ったように歪み、開いたドアの方を指さした。


「た、助かった……のか?」


 俺はフラフラと這いつくばいながらドアの方に向かう。

 最後の乗客になったから逃げられたのか……ホームに転がるように降り、辺りを見回す。そこは見慣れた駅のホームだった。


「や、やったーーーーー!!!!!」


 俺はホームの人たちが訝しげに見るのも気にせず絶叫した。アナウンスが言っていた『最後に残った客へのスペシャルな特典』とは、生き残れる事なのだろうか。シオリには悪いが俺はゾンビになるのはごめんだ。


 俺が! 俺が最後に生き残ったんだ!!!! 人間の姿のままで!!!!


 俺は歓喜に包まれたまま、自分の手の平を見た――違和感に気づいてしまった。




 手 が 腐 っ て き て い る……




 ゾンビに噛まれていないのになんで……!!


「なんでだよ!! 俺が、俺が最後に生き残ったのに!!」


 俺はあまりの理不尽さに、声にならない悲鳴を上げた。

 

 とその時、背後から人の声が聞こえた。振り向くと、俺がさっきまで乗っていた電車から、()()()()()()()が降車してきた。

 最初に5号車に乗り込んできた中年男が、汗をタオルで拭きながら俺に体当たりしそうになった――が、ぶつかる事は無く俺の身体をすり抜けた。

 その横をさっきゾンビに襲われていたはずのカップルが、平然といちゃつきながら通っていく。


 まるで何事も起きなかったかのように……

 

 なんでだ? なんで、あいつらが人間に戻って、俺の手が腐ってきているんだ。最後に生き残った特典って、まさかゾンビになる事が特典だって言うのか!? そんな馬鹿な話があるか!?

 乗客達は車内で起きた惨劇の記憶が無いのか、笑いながら改札へと向かっている。

 

 車内から見覚えのある顔――シオリが降りて来た。

 キョロキョロと辺りを見回しながらホームへと降りる。もしかして俺を探しているのか? 


「あ゛あ゛あ゛……」


 声帯まで腐ってきたのか、声が出せない……。

 シオリは目の前にいる俺に全く気が付く様子も無く、スマホを操作しながら人の流れに押されながら改札へと消えた。胸ポケットに入れていた俺のスマホが点滅した。シオリからだろうか? スマホを取ろうとした瞬間、俺の左手のひとさし指がズルリと落ちた。


 悲鳴を上げようとしたとき、自分に向けられている視線を感じ振り返った。

 赤色のチノパンに黄色い英字シャツが目に入った。

 俺を助けたあのゾンビの男――今は人間の姿をした男が、憐れむような顔で俺を見ていた。


「悪いな」

 

 男は一言だけそう言うと、振り返りもせずに改札の方へ消えた。


 俺も2人を追いかけようと足を動かした、鉛でも足に付いているかのように体が重い。


 まさか、()()()()()()()()がゾンビになるのか……


 こんなことなら……早く……噛まれてれば良かった……

 反対のホームに電車が止まった。

 

 向かいのホームの車内から、懐かしいあのアナウンスが聞こえた。


『次は~『ゾンビ駅~』『ゾンビ駅』です。ゾンビが乗ってきますのでご注意ください~』


 俺は俺のやるべき事を理解した。

 幸い頭の中は限りなくクリアだ。これなら大丈夫。

 電車に足を踏み入れる。

 俺の姿をホームで見て悲鳴を上げる人々と、仮装かなにかと思ってスマホを向ける人々と分かれているのが小気味良かった。この車内では俺の姿が見えているようだ。

 

 そして、電車の扉が閉まり――ゆっくりと動き出した。

 急げばもしかしたら夏祭りに間に合うかもしれない。突然消えた事をシオリに謝らなければ。



 ――さぁ、誰を最後に()()()()か……

最後まで読んで頂きありがとうございます!


作品傾向が違いますが、連載小説『勇者の娘なのに魔界四天王の寵姫にされました。さらに召喚士の力が目覚め魔界を救う!?』も読んで頂ければ幸いでm(__)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゾンビの感染を鬼ゴッコ的に使ってみせたところが面白かったです。 『人間駅』におりたほとんどの人が何があったか忘れているのも斬新でした♪ [気になる点] 最後近く、彼女からのスマホ着信のシ…
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