小物狩りは初心者の基本です。
翌朝、女将さんに銀貨1枚を渡し、契約の延長をお願いした。思いの外、喜んでもらえたみたいで嬉しかった。今後も、仔鹿の分はサービスするから延長はいつでも言ってほしいってさ。ありがたい。
さて、今日の予定は、冒険者ギルドに寄って、依頼の確認をしてからの狩りだな。小物が増えてるっぽいから、間引けるだけ間引いて行こう。害獣駆除は、見つけ次第狩る。これ、鉄則。
「服屋の婆さんに毛皮と、薬屋の婆さんに角と薬草類を持って行って。ついでに肉屋のおっちゃんにも、肉の買い取りしてもらえるか聞いてみるか」
仔鹿を連れて、ギルドに向かって歩く。相変わらず見られているが、初日ほどの勢いはなさそうだ。
「それにしても、まさに始まりの村って感じの村だよな」
各種装備の揃う環境があって、村人たちの様子を見るに、周囲の魔獣も強くなさそうな村。ゲームのスタート時点というのがしっくりくるくらい、村の条件が揃ってる。初日の仔鹿との出会いエピソードは、完全なるイレギュラーだったけど。
「この環境で、採取や小物狩りの経済循環が起きてないってのが、謎だよな」
他の村から薬を買いに来る人がいるくらいだ。その村から飛び出してきた夢見る冒険者の卵が、この村には居るはずなんだ。こういった採取や小物狩りは、そいつらにとって一番確実に稼げる手段なんだがなぁ。
通りを歩いている冒険者らしき人たちを見ても、お世辞にも、レベルは高そうに見えない。身のこなしが素人くさい。あんなんで戦えんのか。
「とりあえず、ギルドだな」
まぁ、その辺のことは追々考えよう。
ギルドに入ると、予想はしていたが人が多い。前に来たときは、片手ぐらいしか居なかったが、今日は50人ほどだろうか。歩くスペースがないというほどではないが、仔鹿が邪魔だな。ちょっと、端っこで待っててもらおう。
おそらく、あそこの人の群がってるところが掲示板かな。そこから紙を剥がしてカウンターに持っていくようだ。登録証も渡してるから、何かしらの手続きがいるっぽいな。
「こんにちは」
「ん?あ、この間の」
登録をしてくれた受付嬢さんだ。
「何かお困りですか?」
「んー、依頼を見ようと思ったんですけど、あそこに入る勇気がなくて」
「この時間帯は、いつもあんな感じですよ。皆さん、少しでも良い依頼を受けようと必死なんです。護衛依頼や高額の依頼は、この時間でなくなっちゃいますから」
そう言うもんなんだろうな。今の俺には関係なさそうなんで、知らんけど。
「この争奪戦が終わった後だと、常設依頼か採取系の少額依頼しか残らないんです」
「常設依頼ってなんですか?」
「常設依頼というのは、ギルドが買取の保証をして常に出してる依頼ですね。地域によって内容は違いますが、この村だと大鼠と角兎の討伐になりますね」
お、なんか良さげな情報きた。
「その常設依頼ってのは、皆んながしてる様な手続きみたいなのっているんですか?」
「いえ。常設依頼は持ち込みが可能なので、依頼を受けてなくても大丈夫ですよ。それ以外の依頼は、受注の処理がされてないと、依頼達成のカウントがされないのでご注意くださいね」
ふむ。なら、今後はこの時間帯にギルドに来る必要はないかもしれないな。
「採取系の依頼っていうのは、何があるんですか?」
「基本的には、薬屋さんが出してる薬草の採取ですね。後は、食用の木の実やキノコなどでしょうか」
なるほど。薬草類は、採れたらそのまま持ち込んでも良いか。木の実とかは、依頼を気にせず採れたら買取に出す方が効率が良さそうだな。
「ありがとうございます。ちょうど、角兎を狩りにいこうと思ってたので。あそこに突っ込まなくて良さそうで、助かりました」
「そうだったんですね。お役に立てて良かったです。討伐証明のカウントは、魔石でカウントさせてもらいます。角兎の魔石は小さいので、無くさないように気を付けてくださいね」
おっと、魔石がいるのか。んー、仔鹿の食べる分と分けるか。ちょっと話し合いが必要そうだな。
いろいろと教えてくれた受付嬢さんにお礼を言い、ギルドを出る。はぁ、生き返る。職業柄、仕方ないとはいえ、むさ苦しすぎる。
「それじゃ、行こうか」
そう声をかけると、仔鹿が嬉しそうに跳ねる。足取りが軽やかだ。窮屈な思いをさせてたからな。今日は存分に楽しむと良い。
門に向けて歩きながら、途中で肉屋による。おっちゃんに声をかけると、良いのが狩れたら持って来いと言ってくれたので、帰りに寄ろう。
門番さんに挨拶をして、森に向かう。たった数日前のことなのに、森の中が懐かしく感じた。仔鹿も嬉しそうだ。
森に入って少し進むと、仔鹿が角兎を見つけた。河原付近を歩いてる時には見つけるのに苦労した気がしたが、森の内側は話の通り繁殖してるみたいだな。
風向きに注意して、射程範囲まで近づいていく。角兎は、食事中みたいだ。気づかれないように移動して、射線を確保する。矢をつがえ、呼吸を整える。すっと周りの音が消え、角兎までの間にラインが通るのが見えた。余計な力を入れないように弓を引き、矢をラインに乗せるように放つ。矢は、吸い込まれるように角兎の首元に刺さった。
「ふぅ。難しいな」
慣れないせいか、かなり神経が消耗する。繰り返すしかないが、無理はできない。ここは安全なゲームの中じゃない。帰りの備えも考えないといけない。
「今日は、調整って感じかな。元々、長居をするつもりはなかったけど、これは予想以上に厳しいな」
仔鹿が角兎の側でこっちを見てる。いつもは、さっさと血抜きをしていたから、不思議そうだ。
「今日は、ちょっと実験だ。狩った魔獣がどうなるのか見てみよう」
角兎に刺さった矢を抜いて血を拭う。特に問題なさそうだったので、矢筒に入れておく。
さて、どれくらいで消えるのか。流石に1時間とかかからないと思うが、どうだろう。仔鹿を撫でて、その毛並みを堪能しながら、様子を見る。
「ん?ちょっと透けてきた?」
何となく、角兎が透けてきた様に見える。それは時間が経つに連れはっきりとしてきた。
反対側がうっすら見えるくらいに透けた時、角兎の全体がほわっと光って、光が消えた場所に小石にしか見えない魔石と角が落ちていた。
「へぇ、これがこの世界のドロップか」
ゲームっぽいな。ちょっと、テンション上がる。
魔石も角も、特に処理が必要なさそうなくらい綺麗な状態だ。これって、肉はどうやってドロップすんだろ。そのまま落ちるんなら、狩った後に何か敷いておいた方がいいかもしれないな。
「さて、次に行こうか」
仔鹿に魔石がいるか聞いてみたが、いらないみたいなのでしまっておく。お腹がいっぱいなのかな。
それから、もう数匹狩って置いておいてみたが、魔石以外のドロップ品は出たり出なかったりみたいだ。肉屋のおっちゃんが、たくさん狩る必要があるって言っていたのは、こういうことか。落ちるかもわからない、ドロップ率も低いとなると確かに大変かもしれない。
「消えるまでの待ち時間は長くないけど、じっとしてるのも効率悪いよな」
狩ったら袋に詰めて次を探すようにしようかな。肉は、どんな感じで出るかわからんが、汚れたらそれはそれで綺麗にすれば良いか。どうせ、剥ぎ取り分は河原に行って綺麗にしなきゃいけないし。
それから数時間、角兎を狩り続けたが、なんというか多い。繁殖しているっていうには、増えすぎじゃないかというくらいに多い気がする。素人の俺が、大した苦労もなく見つけて狩れているのがありえない。
齧られた薬草らしきものも、あちこちに見られる。この辺りで、無事な薬草を見つけるのも大変そうだ。
「んー、既に20匹くらいになるんだけど、まだあちこちにいるんだよな。どうしよう、これ」
剥ぎ取りしてないから、荷物が嵩張るということもないのだが、狩りすぎるのも考えものだ。餌がなくなって、大型の魔獣が村付近に来ることも考えられる。まぁ、この繁殖力を見るに当分先の話だろうけど。
大鼠らしきものもよく見る。鼠というがあれだ、大きさは違うがチンチラっぽい見た目なので、気持ち悪くはない。あれなら、狩るのも良いかもしれない。
「一先ず、休憩にしようか。そろそろお昼だ」
少し開けた場所を探し、お昼休憩にする。この世界には、お昼という概念がなく一日二食が基本のようだ。俺は、腹が空くから食べるけど。
仔鹿も、その辺の草を食んでいる。離れすぎないなら、散歩してきても良いぞ。気を付けろよ。
軽い足取りで出かけていく仔鹿を見送り、角兎を放り込んでいた袋の整理をする。魔石は小さな袋に入れ、毛皮は畳み、角は別の袋に入れる。残念ながら肉のドロップは無かったようだ。
「午後は剥ぎ取り用の獲物を狩るか」
数匹狩って、剥ぎ取りをして、河原で処理をしてから戻れば、ギルドが混む前に着くだろう。むさ苦しいのは極力避けたい。
「それにしても、ドロップ品って品質が高いって言ってたけど」
これが高品質とは、どういう事だろう。状態は綺麗だが、角は途中で綺麗に切り取りましたという感じで短いし、毛皮は背中の綺麗なところだけ切り取りましたという感じで小さく長方形に整えられている。ただ、全体的に剥ぎ取りしたものより量が少ないし、品質と言ってもそんなに変わる様には見えない。
「ドロップも確実というわけじゃなく、量も少ないっていうのが狩る人のいない原因かな?」
常設依頼の収入がどれくらいかにもよるが、原因の一つかもしれない。では、剥ぎ取れば良いのではとも思うが、技術が廃れてるっぽいからな。ギルドで講習とかしないんだろうか。
さて、そろそろ狩りの続きをしたいのだが、仔鹿が帰ってこない。散歩に夢中になって迷子になってなきゃ良いが、仔鹿は賢いから大丈夫だろう。
「河原に向かいながら狩りしてれば、追ってくるかな」
探しても、こちらが迷子になる気しかしないので、仔鹿頼みなのが情けないが。愛想を尽かされたとか、無いよな。きっと、大丈夫なはずだ。
ちょっと不安を感じながら、見つけた角兎を狩っていく。時々、角を使って攻撃してくる個体もいるが、弓の間合いの方が遠いので問題ない。初めての時はびっくりしたが、今日一日で慣れてきた。
とりあえず、血抜きと内臓の処理などをして、肉を葉っぱに包んでしまいながら河原に向かう。やっぱり、河原付近より森の中の方が獲物が多いな。
剥ぎ取った毛皮と角と魔石を洗い、毛皮は日のあたるところに干しておく。今日は、これが終わったら帰ろう。仔鹿、まだかな。
「ん?」
洗った魔石をしまおうと袋を開けた時、なんとなくドロップの魔石と剥ぎ取りの魔石では色が違う気がした。袋から1つ取り出して比べてみるが、少し剥ぎ取った方の魔石の方が色が濃い。
「ドロップした時の光り方が、作成や強化した時の光り方に似てたけど、ドロップ品に変わる時に魔力が消費されてるってことかな?」
だったら尚更、剥ぎ取りした方が効率が良さそうだ。
「お、帰ってきたか。おかえり。楽しかったか?」
仔鹿が帰ってきた。良かった。
「ん?魔石が食いたいのか?」
仔鹿が魔石をじっと見つめているので、1つ出してやる。
「ん?食いたいんじゃないのか?」
出してやった魔石を食べる様子もなく、仔鹿がじっと見つめてくる。なんか言いたそうだな。なんだろ。
仔鹿が脇に転がっている魔石をチラリと見るのに、気がついた。
「もしかして、こっちが良いのか?」
さっき出したのは、ドロップの魔石。仔鹿が見ているのは、剥ぎ取った魔石だ。剥ぎ取りの魔石を出してやると、嬉しそうに食べ出した。
「ドロップ魔石より剥ぎ取った方が美味いのか?」
肯定する様に仔鹿の尻尾が揺れる。剥ぎ取りの方が美味しいらしい。やっぱり、あれかな。ポーションとかと同じ様に、色が濃い方が魔力の含有量が多いとか、そんな感じかな。
まぁ、仔鹿が要らないと言うなら、ドロップ魔石をギルド用にしよう。剥ぎ取り分は、仔鹿のおやつだな。
仔鹿が魔石を嬉しそうに食べるのを愛でながら、毛皮が乾くのを待った。
ポーションにしても、魔石にしても、色の濃さ=質の高さ