折角なので狩りをしよう。
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朝、目が覚めると夢だったなんてことはなく、普通に森の中だった。
ぐっと体を伸ばして、眠気を払う。熟睡はできないけど、ある程度疲れは取れてる。魔力も確認してみるが、回復してるっぽいな。よしよし。
「おはよう」
仔鹿に挨拶をして、川の水で顔を洗う。山の湧き水並みに冷たい。
昨日の残りの木の実を仔鹿とわけて朝食にし、焚き火の燃え滓の処理をして、旅を続ける。
改めて森を見てみると、何処となく違和感がある。見渡す限りの高木と低木が入り乱れ、下草が地面を隠す森は、まさに人の手の入っていない森という感じだが、植物の違いからくる違和感が大きいのかもしれない。流石に、さっき奥にちらりと見えた人面付きの幹を持つ木は、地球になかったからな。ははは。
しばらく歩いて食料を調達した後は、河原に戻る。正直、森の中より河原の方が歩きやすい。木の実を探すために森に入るしかないが、視界の確保のためにも、それ以外は河原を歩きたい。
もう一つの目的は、日が高く暖かいうちに水浴びをしたい。贅沢を言えば風呂に入りたいが、無理なものは仕方ない。夜の水辺に行くほど命知らずではないし、朝の時間に入れる程度の水の冷たさではない。入れるのは、昼間の暖かい時間帯だけなのだ。
「俺が入らないと気持ち悪いっていうのもあるけど、匂いは消しておくに限るよな」
この世界の四季がどうなっているのかは知らないが、今の気候は春が終わって夏になる手前くらいだろうか。水浴びをして、乾くまで素っ裸でいても風邪は引かないし乾くのも早いだろう。おいそこ、野生児とか言わないように。
「つっめてぇ!さっさと洗って、上がろう」
仔鹿、よく平気な感じで入れるな。流石、野生。
しっかり洗って、さっさと出る。軽く水気を払って河原に寝転ぶと、太陽の熱を吸収した石が温かい。日の光に温められ、風に乾かされながら微睡んでいると、仔鹿も上がってきた。おいおい、そんな近くでぷるぷるしたら、水が飛んでくるじゃないか。たく、しょうがない奴め。
近くで横になった仔鹿と、少しの間、日向ぼっこを楽しんだ。
のんびり河原を歩きながら、手に持った木を削っていく。因みに、今持ってるこの木は3つ目だ。
『強化』をした枝の槍の威力が上がったので、木のナイフが出来ないか試作中。『作成』で作れないのかって思った諸君。俺も思った。だが、『レシピ』には何某のナイフという固有名詞があり 素材が違うと発動しない欠点があったらしい。ポーションの時は、たまたま素材があってたから発動しただけみたいだ。という訳で、地道に手作業をしていたりする。
一本ナイフができると、仔鹿がそれより硬い木を持ってくるので、出来たナイフでまたそれを削っていく。削り終わった頃には、前のナイフはボロボロになっているので、今晩の薪にでもなってもらおう。
「ん?」
3本目のナイフが出来て、『強化』の作業を終えた時、体に違和感があった。何だろ。別に、怪我をしたわけではない。
それは、本当に些細な変化だった。こんなサバイバルじみた環境じゃなければ、たぶん気づかなかったかもしれない。ほんの少しだけ、踏み出す力が強く、聴こえる音が大きく、見える景色が鮮明になった。たとえ、気のせいで済む範囲の誤差であっても、変化があった。減っていた魔力も、気持ち回復している気がする。
「全体的な能力の向上か。このナイフのせいじゃないと思うし」
アイテムによる強化だと、大抵が攻撃力や守備力といった一部の能力値を上げるだけだ。
「となると。ステータス。あー、上がってるわ」
ステータスを確認すると、レベルが1になっていた。マジか。
「これは、あれか。生産作業でも、経験値が増える感じか。たまに、ゲームにもそんな設定あったな」
失敗しても経験値のつく甘い設定のゲームもあったけど、基本は成功させないと経験値がつかなかった。この世界がどうなのか知らないが、成功させる方がいいだろう。とりあえず、生産でもレベルが上がるなら助かる。
「さて、ナイフも出来たし。今日は、早めに夜営して、明日は狩りをしようか」
仕上がったナイフを『強化』すると、その辺の木の枝なら簡単に切れるものになった。これなら、狩った後の獲物の解体にも使えるだろう。
河原で夜営の準備をし、せっかくなので作っていた罠も仕掛けてみる。この世界の生き物に通用するか知らんけど、かかれば良いなくらいの気持ちで置いておく。
夕食をとり、焚き火の調整をして、明日に備える。
「おやすみ」
さて、初の狩りは上手くいくだろうか。仔鹿が怖がらなければ良いが。
川の流れる音や薪のはぜる音を聞きながら、目を閉じる。あー、早くベッドで休みたい。
翌朝、準備を整えて罠を見にいくと、見事に壊されていた。この世界の生き物にとって、この罠は貧弱すぎたようだ。
気を取り直して森の中を歩いていると、改めてここが異世界なんだと思い知らされる。時折聞こえてくる獣の争う声が、もはや怪獣大戦争さながらの壮大さで響いてくる。姿も見えないし、仔鹿も警戒はしているが逃げ出すそぶりがないので、距離が離れてるんだと思う。離れててこの音量は、恐ろしいとしか言えない。
「それにしても、獲物になりそうなのがいないな。もうちょっと奥に行かないと駄目か?」
森に入ってしばらく歩いているが、獲物らしき生き物に出会わない。あまり奥に行くと川に戻るのが大変なので、散策できる範囲が狭いのもあるかも知れない。
もうしばらく探して見つからなければ、今日は諦めて人里探しに切り替えよう。
「ん?どうした?」
不意に仔鹿が立ち止まる。少し先の茂みをじっと見つめているので、何かあるのかも知れない。仔鹿の真剣な様子に、俺も気を引き締める。
しばらくじっとしていると、茂みががさがさと揺れて何かが飛び出してきた。反射的に、その首元に手にした木の枝の槍を投げつける。よし、当たった。良かった。
目の前には、先ほど仕留めた兎がいる。額には、俺の掌サイズの角が生えてる。これ、あれだ。角兎とかホーン・ラビットとか言われるやつじゃないかな。『レシピ』でそれっぽい名前を探す。
「あった。角兎が正解か。角は薬用、肉は食用、毛皮は服飾用ね。結構、実用性のある兎なんだな。見つけたら狩っておいても良いか」
とりあえず、血抜きのために首を落として、手頃な木の枝に引っ掛けて吊るしておく。田舎の爺さんに、雉や猪なんかの生き物の解体方法を教えてもらってて良かった。現代人に必要ねぇとか思ってて、ごめんよ、爺さん。役に立ったよ。
血抜きしてる間に、額についてる角を根元から剥ぎ取る。血抜きの終わった体を内臓を傷つけないように開いていき、毛皮を剥ぎ取り、食べやすそうな部位を切り分ける。ナイフの切れ味が問題なくて良かった。
「ん?なんだ、これ」
角兎を解体していると、心臓のあたりから小さな石のようなものが出てきた。後で、洗って調べてみよう。
小石を脇に置き、角兎の不要な部分を穴に埋める。放っておくと危険なものを呼び寄せる場合があるから、こういう処理は必要だって、爺さんも言ってたしな。
とりあえず、血の匂いを落とすのに川に行こう。毛皮に角と肉を包み、立ち上がる。そうそう、さっきの小石も持っていかないとな。
「あれ?ここに置いてたはずだけど、何処いった?」
置いてた場所に小石がない。近くを探しても落ちてなかった。間違って、一緒に埋めちゃったかな。
きょろきょろと周りを探してると、ぽりぽりと近くで音がした。って、仔鹿さん、お口がもぐもぐしてますが、もしかして食べちゃったのかい。
俺の視線に気づいた仔鹿が、きょとんとした顔で小首を傾げる。くっ、可愛い。
「腹、壊すなよ」
体に悪いものは食べないだろうと思うが、あれがなんなのか分からないので、少し様子を見てこう。
気を取り直して河原に向かう。水浴びをし、念のためにシャツとズボンも洗っておく。服を乾かしてる間に火を起こして、棒に刺した肉を焼いていく。焼いてる間に、毛皮と角を洗い、血を落とす。
「こんなもんかな」
洗い終わった毛皮と角を干し終わると、ちょうど良い感じに肉が焼けていた。良い匂いがしてる。
焼けた肉にかぶり付くと、じゅわっと肉汁が溢れてくる。うまい。塩も何もないが、生臭いということもなく、しっかりとした肉の味がする。
肉を食べながら仔鹿を見ると、水浴びから上がった後の毛繕いをしている。数日一緒にいて分かったことは、仔鹿もかなりの綺麗好きらしいといこと。良いことだ。
「ん?お前、傷痕どうした?」
よく見ると、ハゲが減っている気がする。朝まではあった気がする。なんでだ。
「さっき食った小石か?」
仔鹿の尻尾が肯定するように揺れる。小石を食べたおかげらしい。
「体に悪いものじゃなかったなら、良いか。さて、そろそろ乾いただろうし、移動しようか。良い匂いさせすぎちゃったし、少し距離を稼ごう」
乾いた服を身につけ、鞄と毛皮と角を持つ。毛皮と角は、鞄に突っ込む気にならなかったので、角を毛皮に包んで脇に抱える。さて、行こうか。
それからは、午前中に森で食料を確保し、昼に河原で休憩、午後は川原をくだり野営をするというサイクルで旅を続けた。因みに、角兎から撮れる小石は、仔鹿が欲しがるのであげた。お陰で毛並みは綺麗になってるので、良しとしよう。
『レシピ』は意外と融通が聞かなさそうですね。
小石の正体は、ご想像通りかと。