気になったら行ってみよう。
しばらく歩いていると、少し先にぽっかりと木のない空間があった。
なんだろ、あそこがすごい気になる。確実に、なんかある。ってか、居る。危険ではないと思う。これまでの人生、友人たちから受信機と言われるほどの信頼を得ている俺の勘には、幾度も助けられてきた。決して、悪口ではない。
その勘に従って、歩いていく。辿り着いたのは、森の中にある陽だまり。柔らかそうな下草の生えた場所に横たわる目の前の生き物は、あれだ、田舎で見た仔鹿に似てる。ただし、色はおそらく白。目は黒いから、アルビノではないだろう。なぜ、色が曖昧なのかと言うと、至るところから流れる血のせいだ。見つけた白い仔鹿は、なぜか傷だらけだった。
放って置くと死んでしまうだろうが、仔鹿も必死だ。めっちゃ警戒していて近づけない。つぶらな瞳が、警戒心剥き出しに見つめてくる様は痛々しく、心が締め付けられる。
「えっと、大丈夫か?って、大丈夫じゃないよな。でも、このまま見なかった事には出来ないし。だからといって、動物の治療なんてした事ないし。んー、動物にポーションって効くのかな?」
とりあえず、ポーションをポケットに突っ込む。俺が少し動くたびに、仔鹿の耳が警戒して動いている。様子を見ながら、仔鹿が逃げようと体を動かそうとする度に、一度、動くのを止める。それを繰り返しながら、両手を上げて、害意がないことを示しながら、低い姿勢で少しずつ近づいていく。手を伸ばせば触れられる距離になっても、仔鹿は逃げなかった。逃げる体力がないのかもしれないけど。
「大丈夫だ。お前を傷つけたりしない。これ、ポーション。効くかわからんが、試してみないか?」
仔鹿の目の前に、ポーションを出して話しかける。言葉が通じるのかは知らないが、なんとなく警戒が薄れたように感じる。
ゆっくり、ペットボトルの蓋を開けて、仔鹿に匂いを嗅がせる。これで嫌がらなければ、大丈夫だろう。野生なんだし、体に悪影響のあるものは嫌がると思うし。
特に嫌がるそぶりもなかったので、一番大きな腹部の傷にゆっくりと少量ずつかけてみる。使い方が合ってるかは知らん。飲むだけでも良いのかもしれないが、なんとなくこの致命傷だけはダメな気がした。
「お、治ってきてるな。良かった」
ポーションをかけた傷が淡く光ながら癒えていく。劇的ではないが、ゆっくりと確実に傷が癒えていく様は、まさにファンタジーって感じだ。
ある程度癒えたところで、残りのポーションを仔鹿に飲ませる。器がないので、俺の手で勘弁して欲しい。
素直に飲んでくれる仔鹿の様子を見ていると、仔鹿の体全体が先ほどの傷のように淡く光り始めた。光が消えた後の仔鹿を見ると、たくさんあった傷も癒えているようだ。流石に毛までは生やせないのか、所々に禿げが出来ている。なんか、見た目が可愛そうだな。
「傷は治ったな。体力は、大丈夫そうか?」
傷の治った仔鹿が立ち上がる。多少ふらついてるが、何度か足踏みをしたりして動作確認をしてるうちに、しっかりしてきた。しかし、何に襲われて倒れていたのかは知らないが、仔鹿じゃ何度も逃げるのは難しいだろう。となると、ある程度成長するまで一緒に行動した方が安全だと思うが、問題は仔鹿が来てくれるか。
仔鹿を見ると、逃げるでもなくこっちをじっと見ていた。何かを待っているように見えるのは、気のせいだろうか。
「えっと、一緒に来るか?」
そう声をかけると、仔鹿は一声上げて頭をすり寄せていきた。どうやら、一緒に来てくれるらしい。良かった。
とりあえず、仔鹿も綺麗にしてやりたいし、念のためにポーションの追加も作りたい。なので、川に戻りながら、キュア草を探して採取していく。仔鹿も見つけるのを手伝ってくれた。良い子だ。
川についたら、俺はポーション作成に取り掛かる。その間に、仔鹿は水浴びに行った。洗い残しがあれば、後で洗ってやろう。まずは、ポーション。目を閉じた方がやり易いので、目は閉じる。
「んー、これくらいか。いや、もう少し。ここだ!よし、出来た」
色の濃さも透明度も同じくらいなので大丈夫だろう。
さて、仔鹿の方はどうなったかなと思って顔を上げると、目の前に純白の仔鹿が横になってこちらを見ていた。集中していて気づかなかった。現代人に気配察知のスキルは皆無だと言うのを思い知った。気をつけよう。
「綺麗になったな」
そう声をかけると、仔鹿の耳が嬉しそうに動く。立ち上がって、甘えるように頭を寄せてくるので、撫でてやる。尻尾が揺れてる。かわいい奴め。最初の警戒心が嘘のように懐いてくる。いつまで、一緒にいてくれるかわからんが、嫌われんようにしよう。
さて、そろそろ行こうか。人里までどれくらいの距離があるのかわからないが、進んでると思って歩くしかない。仔鹿と一緒に食べられる物を取りながら、川下に向かって歩いていく。途中、何かに気づいた仔鹿が警戒する様子を見せるので、素直に従う。流石、野生。お陰で目立った危険もなく歩くことができた。
はい、流石にその日のうちに人里にって言うのは、都合が良すぎたよね。反省。
川幅は少しずつ広がってるから、そのうち着くとは思うけど、とりあえずは夜営の準備。幸い、薪になりそうな枝はいっぱい落ちてる。これで、俺の職業が魔術師系なら着火の魔法とか使えたのかもしれんが、仕方ない。石打は苦手なので、古典的な摩擦する方で頑張ったよ。
食料は、森で採取してるので今日のところは問題ない。人里まで、どれくらいかかるのか不明だが、肉は狩りをすればなんとかなるだろう。道中に田舎の爺さんに教えてもらった罠を幾つか作ったし、先の尖った枝も何本か拾ったから、時々見かけた兎みたいなのでも捕まえれば行けるだろう。
「とりあえず、移動優先だったから放置してたけど、能力の確認しなきゃだよな」
今、わかっている事を整理しようか。『ステータス』では、名前、年齢、レベル、職業の確認。『レシピ』では、素材や完成品の確認。『作成』では、素材を使ったアイテム化。ただし、魔力量の調節は術者任せ。
「あとは、ゲームなんかの生産職の定番だと、武器なんかの強化とか改良とかできたんだけど、出来んのかな?どう思う?」
俺の質問に、仔鹿は小首を傾げた。可愛い。
「お前に聞いてもわからんよな。んー、なんか確認できる武器でもあればなぁ」
道中に、冒険者などが落とした武器などあれば良かったが、そんな都合の良いものは落ちてなかったしな。どうしたもんか。
「ん?どうした?引っ張ったら伸びるだろ。ん?木の枝?」
仔鹿が、先の尖った木の枝を持ってくる。これをどうしろと。
枝を見る。比較的真っ直ぐな枝の先が尖ったもの。見ようによっては、短槍と言えなくもない。いや、槍にしては細いんだが。
「これで試してみろってことか?」
仔鹿が、肯定するように鳴く。え、マジで。仔鹿、めっちゃ賢いやん。
仔鹿の賢さに驚いていると、早くしろとばかりに枝を押し付けてくるので、とりあえず試してみよう。
「作成では魔力を満たしてポーション作ったんだから、同じ要領でやってみるか。なんだかんだで、今のところ、定番が正解だから、強化。お、当たりかな」
『強化』の言葉に反応して、魔力が動き出すのを感じる。動いた魔力を持ってる枝に通していく。イメージとしては、全体的に中心の方まで満遍なく均一に魔力を通す感じ。ここだと思ったタイミングで供給を終える。見た目は、変わってない。
「成功してるはずなんだが」
とりあえず、強化してない枝を最低限の力で折ってみる。同じくらいの力で、強化済みの枝に負荷をかける。お、折れないな。よしよし。
次に、別の強化してない枝を近くの地面に刺してみる。数センチ刺さったくらいかな。同じように強化済みの枝も刺してみると、余裕で20センチくらい刺さった。威力も上がってるな。
「とりあえず、成功したみたいで良かった。一応、魔力不足と魔力過剰も調べとくか」
結果から言うと、過剰はポーションの時と同じように消えた。不足は、見た目は変わらないが、強度と威力ともに劣化した。失敗した物の再強化はできないっぽい。部分強化も試したが、できなかった。でも、矢尻のある矢のような幾つかの部品で出来てるものだったら、強化後に組み立てればいけるかもしれない。今のところ、別々に強化する必要性がないので問題ないだろう。
「とりあえず、こんなところかな。魔力の感じは、まだ余裕がありそうだけど、無理は良くないよな」
流石に、こんな夜の森で魔力不足は拙いだろう。そんなバカなことはしませんよ。
焚き火の薪を追加して、火を安定させる。仔鹿の耳が、たまに動くのをみるに、周囲の音を聞いているのだと思う。火の番は、田舎の爺さんとの野営で慣れてるとは言え、流石に気配が読み切れる訳ではないので、仔鹿も警戒してくれるなら、いくらか安心できる。
「おやすみ」
さて、明日は何処まで行けるだろうか。
『ステータス』では、名前、年齢、レベル、職業の確認。
『レシピ』では、素材や完成品の確認。
『作成』では、素材を使ったアイテム化。
『強化』では、強度や威力の強化。
ただし、魔力量の調節は術者任せ。