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「…んん…」
眩しい陽の光で目が覚めた。
窓の隙間から溢れる光が気持ち良い。
陽の傾きからして朝6時程だろうか。
起きよう、そう思い身体を起こ――
「おっ……も」
――せなかった。
…そうだった。
そういえば昨日幼女と出会ったのだった。
すうすうと心地良さそうに寝息を立てている。
一先ず、一息つく。
どうしたものか。まず状況を整理する。
15歳の誕生日である昨日、森が炎に包まれた。
魔力を封じられた彼は何もできず、誰も来ず、突如現れた幼女が魔法を使い、鎮火してくれた。
そして親も見当たらないのでこの離れに連れてきて一緒に寝た。
ざっくりだがこんな具合だ。
何が起こったのか把握しようにも把握しきれない。うーむ、と頭を抱えてしまう。
まずこの子の親を探すべきか、はたまた習わし通り娶らねばならぬのか。
それを判断するのはアリスティドではなく、神父であり村長である父の役目なのだが。
だから、今アリスティドが出来る事はなにもないし、目の前にいる幼女はとてもとても小さい。
いくら村の掟とはいえ…この子を巻き込んでしまって良いのだろうか。
考えようにも頭が追いつかず、混乱する。
こういう時は、だ。
「もう一眠りしよう」
この子も気持ちよさそうに寝ているし、まだ迎えも来ないしきっと大丈夫だろう。
目蓋がとろりと重くなり…
「おやすみなさいまし〜…」
「そんな事良い訳ないでしょう!」
「った」
ポコン、と殴られた。
折角もう一眠り出来そうだったのに。
眉間にシワを寄せながら目を開ける。
「早く起きなさい、アリス」
「なーんだナディアじゃないか」
「なんだとはなんですか、なんだとは!」
この少し、いや、割と気の強そうな女性は、アリスティドの幼馴染み。アリスティドより2つ歳上の17歳と若いながらも、王都に呼ばれるほどの魔術の実力の持ち主だ。
なにかと世話焼きで、こうして試練中のアリスティドの魔力を一日封じ込める役も買って出てくれた。
そして、その解除も彼女の役目である。
「ナディアが来てくれたって事は、村に戻れるんだよな?」
「そうよ」
話をするべく幼女を起こさないよう、半身だけ起こし、念の為確認する。
そしてもう一点。確認しなければならない事がある。
「村のみんなは無事なのか?」
そう、昨日のあの火事。
何が発端だったかは判らない。が、流石に夜が明けたら皆気付くだろう。
それ程に燃えていた。
下手したら村に火が燃え移っているかもしれない…可能性は0ではない。
ナディアがこうして来てくれたので、心配する事でもないのだろうとは思う。
それでも、念の為に確認はしておきたかった。
「…ナディア?」
返事はない。
やはり想像以上に燃え広がってしまったのだろうか。
彼の幼馴染みは目をきょとんとさせてこちらを見ている。
「……なんのこと?」
「……え?」
両者がお互い何を言ってるんだコイツ、という顔をして対面していた。
「「………え?」」
状況がイマイチ飲み込めず、相手がなにか言うのを待っていたのに何も言わないものだから、次の発声が揃ってしまう。
話を最初に切り出したアリスティドから次の言葉を紡いだ。
「昨日、恒久の森が燃えたよな?」
「燃えてないわよ」
が、バッサリ切り捨てられた。
恒久の森というのは、昨日燃えた森の名称。
古くから村と生き続けた故、いつの間にかそう呼ばれていた。そして、これからも呼ばれ続ける。
いくら恒久にそこにあろうと、燃えるものは燃えるし、アリスティドもこの目で確かに見たのだ。
その森が燃えて朽ちるその様を。
だがしかし、燃えていない、とナディアは言う。
ナディアの瞳は真っ直ぐにアリスティドの目を見つめていた。偽りはないだろう。
夢でも見ていたのだろうか。
だが、
燃えていた森を消してくれた幼女が、今目の前にいる。
まだ寝ているけれど。
アリスティドが幼女に目線を下にやると、ナディアが口を開いた。
「その子なのね」
「うん」
アリスティドの妻となる子、という意味である。
この子がいる以上、昨日の事は夢であった、なんて思えなくて。
だから、とても困惑した。
「どこから誘拐してきたの?」
「違うわ!!」
「え、だって、いくらアリスのお嫁様になる方だとしても、あまりに小さすぎると思うわ」
確かに、そうだった。
アリスティドは昨日で15歳。
そして彼女は見た感じ1、2歳と言ったところだろうか。
この時代では嫁入りする女性が若いのは珍しい事ではないが、それにしては小さすぎだ。
そして昨日の出来事が無かった事になっているのであれば、じゃあこの幼女はどこから湧いて出たのかと。
ナディアは愚か、村の皆もそう思うに違いない。
この試練ってこんなに大変なのか、とアリスティドは心の内で消沈した。
「…まあとりあえずアリスの封じた魔力を解除しましょうか」
本来私はその役目も兼ねてここに来ているのだから、と付け足して、ナディアは右手をアリスの額にかざした。
中指には綺麗な装飾が施されたルビーの指輪があり、それが朝日に負けない光を放つ。
額から魔力が流れ込むのが分かる。
やっと魔力が戻ってきた。
目を瞑りながらそれを噛み締めた。
普段あるものが、その手の内にあるのとないのでは、何かが足りないような気がしてしまう。
「………あら?」
ナディアが呟く。
どうしたんだ?と問おうとしたと同時に、戻ってきているはずの魔力が消えてしまった事に気がついた。
何故だ。
「うー!!!!」
アリスティドとナディアは、その声が聞こえた方を向く。
幼女が、2人の間に…
ナディアからアリスティドを守るように両腕を広げて座っていた。
可愛らしく顔をぷりぷりさせながら。