で、買うのか買わないのか
グラウドは人族の男だ。
妻を亡くしたが、娘を一人、のこしてくれた。
娘はまだ幼い。将来を考えるとまとまった金が要る。そう結論を出した。
そこで、妻の姉夫婦に娘を預け、町に稼ぎに出た。
そして今、3年が経つ。
グラウドは、里の娘のところに戻る事に決めた。
まとまった金も貯めることができた。
娘はもう6歳。数か月後の春から学校に通う。その前に一度帰ってやりたい。
加えて、グラウドは先日右肩と右脚を痛めてしまった。つまり今まで通りの力仕事を続けることは難しい。
このまま町に残るより、今ある金を成果として持ち帰ろう。そして娘の傍にいてやろう。
なお、手紙のやりとりは頻繁で、それによると娘には魔法の才能があるらしい。
春から娘は魔法使いを目指す学校に通う。
本人は、すごい魔法使いになってお父さんたちを楽させてあげると意気込んでいる。苦笑を覚えつつも、可愛らしく頼もしい。
グラウドが帰る事も手紙で先に知らせてある。
土産を楽しみにしていろと書き記した。
里では手に入らない、娘が喜ぶものを買って帰ろう。
***
グラウドは、町をくまなく歩き、土産の品を探した。
3年会えなかった後の土産だ。選び抜きたいし、生涯大事にして貰えるほどのものを与えても良い。
身体を壊したから、もうここまで稼ぐことはできないはずだ。これが人生で一番良い贈り物になるかもしれない。
グラウドは何度も考えて、娘への土産の最大金額を3000セピアと決めた。
これは、グラウドの3ヶ月分の給料にあたるが、他の者にとっては半年分、人によっては1年分の賃金に当たる。
さて高級店まで覗いてみたが、娘本人と3年も離れて暮らしたせいか、グラウドには何を買い与えて良いのか全く見当がつかない。
数日そのように探し回って途方に暮れた。
これほど見つからないなら、いつか娘と町に出た時に欲しがるものを買った方が良いのでは。
そう思い至り、とりあえず町を去ることにした。
***
稼いだ大きな町を出て、里までの間で通る、ある街道でのことだ。
定期的か知らないが、行商人たちが集まり、即席の市場が開かれていた。
町かと思うほどに人が集まり賑わっている。
様々な種族が集っていて、人族の方が珍しいようだ。
なお、きちんと意思疎通を図るため翻訳機まで設置されているので売買に支障はない。
グラウドは道を物珍し気に歩いた。
様々な品が売られている中、ふと不思議に目が留まる。
他の店は客が何人かいるのに、その店は誰もいない。
気付いた店主が声をかけてきた。
「気軽に見ていっておくれ。土産なんかに丁度いい一級品ばかりだよ」
店主はグラウドの状況を見て取ったようだ。魔女のようにも見える。
グラウドは、娘について思い、役立つ品があるかもしれないと足を止めた。
「説明が欲しいなら尋ねておくれ。全部、珍しい品々だよ」
グラウドは地面の上に広げられた黄色と橙色で編まれた布の上に並んでいる品を眺める。
大体のものが用途不明だが、一つ気になる。
真っ直ぐな棒の先に、扇のように板がついているが、板は棒に垂直に3枚。それらは上半分を橙色、下半分を黄色に塗られて、その中央に朱色の円が描いてあり、その朱色を白い線が囲っている。
つまり、扇ではなさそうで、魔女が売る品なら魔法の杖かもしれないと期待があった。
「これは?」
「魔法の杖さ。買おうか迷うなら謂れを聞いておくれ。その後に値段を言うよ。うちの品はそうやって売るんだ。それ聞いてから、買うか買わないかを答えておくれ」
「分かった」
そういう形式の店らしい。グラウドは頷いた。
「では語ろうじゃないか」
店主がそう言った途端、周囲がギョッとしたのが分かった。
見回すと、皆が驚いてグラウドを見つめている。
なんだ。
信じられない、その店の話を聞くのか本当に、という様子?
グラウドは首を傾げた。
そんなグラウドを気にせず、店主がとつとつと話し出す。
「この品にも深い歴史がある。とても人には遡れない、とてつもない昔から始まるのさ・・・」
***
大昔。ある世界で。
魔族と人間は常に戦争を繰り返していた。
そんな中で、人族の幼い男が、魔族領に迷い込んだ。
時の魔王は、それを見つけ、気まぐれにその者を拾いあげた。そして魔王の城にて飼った。
シェルという名を持ったその子は少年に育ち、恩を感じる魔王を父と慕った。
とはいえ、魔王をはじめ魔族という生き物は、親子の情など持たないのものだが。
シェルは、勝手に父を慕い、魔族の女に失恋など覚えつつ成長した。
成長するほどに、シェルが魔族であったなら良かったのに、という、嘆息の声は大きくなった。
魔族は魔王の直接の庇護下にあるシェルを認める一方、人間であるために丸ごと認める事もまたできなかった。
ある時、魔王は人間のシェルを疎ましく思った。シェルに魔王の城から出て行き、人間のところに戻るようにと命じた。
シェルは、与えられている自室に引きこもり、数日、悲しみによる涙を流した。
その後に、父は人間の自分を気遣いそう命じたのだ、と心の中を想像し己を納得させた。
本当のところは、魔王が何を考え決断したのか誰にも分からない。ただ、魔王はシェルに1つ選別の品を渡した。
それが何かということもシェルには分からないが、小さな粒だ。大事にお守りのように身に着けることにした。
こうして、シェルは魔王の城から去った。
特に誰からも見送りなどされなかった。
***
人間の町で暮らす前に、シェルは倒れた。
人間たちは勇者を育て上げており、シェルは人間でありながら魔王の手先だとして勇者一行に倒されたからだ。
本当は、女神官がシェルの浄化、つまりシェルに根付く魔族を慕う気持ちを消そうとした。
捕まったシェルは暴れて抵抗した。自分の気持ちや根底を塗り替え洗脳するぐらいならこのままでいっそ殺せと叫び、暴れた結果、シェルは女神官の息の根を止めた。
それだけでなく、勇者と剣士も殺していた。
シェルは魔族の城で育った結果か、勇者よりも強い人間だった。
だが、シェル自身も深い傷を負った。死ぬことは避けられない。
息絶えている勇者一行を眺めながら、魔王からの選別の品を握りしめて、シェルは笑みながら死んだ。
自分のまま死ねると安堵したからだ。
***
月日が流れた。
死体は獣たちが食いつくした。しかしシェルの身体を食べる獣はいなかった。きっと毒になったのだろう。
シェルだったところに、植物が生えた。
日を追うごとに成長し、その周辺を暗闇で覆った。
魔王が選別にと渡した粒。それは人間の死体を苗床にする植物の種だった。
その種が発芽し、シェルを糧に成長したのだ。
植物は、ある晩、ついに実をつけた。
その実は、シェルの姿そのものだった。
シェルは目を開けた。そして、自分の置かれている状況を把握した。
幽霊になっているようだ。
いや、普通の幽霊ではないらしい。これはどうも魔族のようだ。
シェルは、残っていた自分の身体を取り込んだ。
結果、自由に動き、空を飛ぶこともできるようになった。
***
魔族になったシェルは、生まれ育った魔王の城に戻ることにした。
魔族の身体は便利で、あっという間に城にたどり着き、壁をすり抜けて魔王に会えた。
魔王はシェルに気付いて、
「魔族になったか」
と満足そうにニヤリと笑った。
「好きにすると良い。お前の部屋は残してある」
シェルは嬉しくて答えたかったが、残念ながら話すことができない。
魔族になれたのは良いが、この身体は、ものに触れることもできない。すり抜ける。
だが嬉しくて、シェルは城の中を飛び巡った。
人間の時には分からなかった部屋も見た。城の奥深さに驚くばかりだ。
そして自分の部屋を思った途端、瞬間移動したらしく、自分に与えられた部屋に戻っていた。
中は全て、以前と変わりがなかった。胸の中がじぃんと熱くなる。嬉しい。懐かしい。
そして、シェルは重要な事に気が付いた。
この部屋のものなら、普通に触れることができる。
人間だったころのままだ。
驚き、懐かしい品々に触れていたシェルのところに、シェルが失恋した女魔族が訪れた。
「魔族になったの」
と呟きが聞こえて、振り返った時には扉は閉まり、扉が開けられないように封印された。
壁をすり抜けることができるシェルには封印など関係なかったが、暴挙について抗議せねば。
話せないシェルがそれでも詰め寄ると、
「なんだ。話せないの」
女魔族は残念そうに呟いてから理由を述べた。
「あんたが魔族になって戻ったって皆が知ってるわ。魔王様はあんたを唯一の息子と認めたの。あんたを狙うヤツが入らないように閉じたのよ。あたしの力にかけて、並大抵のヤツには突破できないわ。あんた自身は、扉なんて関係ない生き物になったじゃないの」
親切心からの行いだったようだ。シェルは嬉しくて笑った。
女魔族は出て行こうとしたが、つきまとってみる。
以前は、「人間などお断りだ」と振られた。だが魔族になった今は?
女魔族は今度は邪険に扱うことはしない。
話すことも触れることもできないが、存在は認められたらしい。それだけで嬉しい。
***
魔王様の息子、側近の一人の女魔族と懇意の者、という認識の中、シェルは静かに暮らした。
静かにというのは、話もできず、自分の部屋のもの以外触れられないせいだ。
それでも認められて存在できるのが嬉しかった。不満はなかった。
***
ある時。魔王の城が襲撃された。
シェルも出たが、攻撃もできないせいかシェルは相手にされず、他が戦い死んでいく様を見るしかなかった。
あの女魔族も首と胴を切り離されて殺された。
シェルは城の中で茫然と漂う。
大広間に、魔王と、たどり着いた人間が転がっている。
人間の息の根は魔王が止めた。
だが。
「おい」
もう虫の息の魔王の声に、シェルは近づく。
「お前に、この城の全てをやろう。お前が王だ。好きにしてろ・・・」
それが父である魔王の、最期の言葉となった。
シェルは、声の出せないまま、縋れないまま、魔王たちのために大泣きした。
***
シェルは城に引きこもった。
長年を過ごすうちに、シェルは様々なものに触れることができるようになっていた。
城のあちこちに残る遺体を集め、それぞれを弔った。女魔族も切り離された首と胴などをつなげてやった。
全てできる限り埋葬したが、父である魔王だけは手を出せなかった。
埋葬して片付けてしまいたくなかった。残しておきたかった。
人間の方は早々に片付けたが。
城の中を行き来して長い時を過ごす。
書物も読む。
ある時、シェルは己の能力に気がづいた。
どうやら今の自分には、思いを残して死んだ者を幽霊、仲間にすることができる様子だ。
シェルは期待に震えながら試し、成功した。
シェルは、魔王、女魔族、他の出来る限り全てを幽霊として蘇らせた。
皆の姿が城の中にある。幽霊同士なので触れ合う事もできた。
シェルは喜んだ。
ただ、残念なことに、魔王たちは、ただの薄っぺらい欠片だった。
意志や思考が浅く、会話はできるがちょっとしたものだ。
その場から動く事もできない。
だか、生前の姿で、一番馴染みがあっただろう場所に浮かんでいる姿で、満足するべきだ。
皆に見守られている気分になれる。幸せだ。
***
シェルはこの城の主になった。
だから、この城の中のものに触れられる。昔、自分の部屋のものなら触れられたように。
つまり、自分のものは、動かすことができるのだ。浮かしたり隠したりもできると分かった。
一方で、とても残念なことにも気が付いた。
シェルは魔物だが、自分の性質に酷く疎いのだ。
だから、皆を復活させた後、どうなるか。そんなことは知らなかったから、自分で見て気づかなければならない。
魔王含めて、シェルが蘇らせることができたのは、ほんのカケラ。
それらは時を経るほどに、薄まって消える。
力が小さい者から溶けていく。
シェルは泣きながらそれらを見た。
最後、父である魔王の幽霊が消えた時、シェルは打ちひしがれた。
「また、一人だ」
声も出せるようになったのに、答える者は誰もない。
***
長くずっと城に籠っていた。
外の世界に興味はない。
長く続いたある日、青天の霹靂、思わぬ来訪者が現れた。
突然宙から落ちてきたのだ。驚いた。
少女だった。
気を失っている。
人間、のようだが、何かが変だ。
シェルは注意深く観察し、目を覚ますのを待つ。
やっと気づいた少女は周囲を見回し驚き怯え、シェルにやっと目を留めた。
「突然宙から落ちてきたんだが、きみは誰で、何をしに来た」
「え、わたし、お使いを頼まれて、家を出て、歩いてたのに」
話がよく分からない。
慎重に確認した結果、どうも別の世界から落ちてきた者だと分かった。
シェルは城の書物などからの知識を持って答えた。
「人間たちは、魔族を殺すために別世界のものを呼び出すという。きみはそれで巻き込まれたのかもしれない」
「家に帰りたい」
嘆き悲しむ彼女に哀れを覚える。
シェルは首を傾げ考えて、思いついた。
「ここには僕しか住んでいない。きみを呼び出した原因は僕ではないから、つまり原因は城の外だ。探しに行くなら僕もついていこう。一人で暇を持て余していたところだ」
「良いの?」
少女は尋ね、シェルは頷いた。
やっと話せる相手が出来たのに、早々と手放すのは惜しいから。
***
シェルは、少女と城を出た。
城の外に出たのは人間だった時、追放された一度きり。世界は今、どうなっているのだろう。
「待って。試してみたいことがある」
シェルは前置きしてから、出てきた城を振り返り、念じた。思い通りにそれは消えた。
驚く少女をよそに、シェルは別の方を向き、念じた。思った場所に、城が現れた。
「やっぱり。この城は僕のものだから、僕の思い通りに動かすことができる」
「すごいね」
「そうだね。これで道中の寝床には困らないな」
「すごい」
シェルは嬉しくて笑った。全てから離れることなく、少女と今の世界を見に行ける。
***
城の外の世界は、シェルからみて酷くおかしかった。
人間の町も一つもない。もちろん人間もいない。
空は渦を巻いていて、奇妙な唸り声が響いてくる。
「僕が城を持ち運び出来る身で良かったと思う」
「うん、本当にシェルには感謝している」
今日も、適当な場所に城を出して設置し、城の中で休む。
「ねぇ、この世界ってどういう世界なの?」
「それが、僕も引きこもっていたので分からない。僕が知る範囲ではこんな世界では無かったんだ。どうも人間は昔に滅んでいて、末端の魔族が世界を支配しているようだ」
数か月を経て至った結論だ。
魔王の城で暮らせるほどの力も無い魔族たちが、この世界を牛耳ったらしい。
そんな末端に、人間は負けたのか。どちらにしても、人間は一人もいない。
そんな中で向かうのは、色々考えて、メイリと名乗る少女のためになる『何か』が見つかるのでは、と期待する場所。昔の人間の遺した遺跡の数々だ。
***
遺跡の一つにたどり着いた。
渦巻く雑念たちは、シェルが通ると両脇に退く。シェルの方が強いのだろう。
向こうは世界を牛耳った癖に、魔王の城には踏み込むこともできない格下なのだ。
「見て、メイリ。何かをした後が残ってる。新しい感じだな」
「ねぇ、ここから私、帰れるの?」
「どうだろう。残念だな。ここできみが帰ってしまったら」
「・・・だけど、帰りたい」
「分かっているよ。一人は寂しいから、つい。でも戻りたい気持ちも分かるつもりだ」
話しながら、シェルは周囲を掴んで格下の魔族たちを引きずり出した。
何かの儀式が行われた後がそのまま残っている。多分、エネルギーを必要なだけ突っ込んだらまた発動するだろう、そう思う。
エネルギーに多くの生贄が必要だ。周囲を手当たり次第に掴んで、遺跡の中心に突っ込んでいく。
遺跡が光り出した。シェルを儀式の実行者だと認めたようだ。
途端、行いを阻止しようと、様々なものが姿を見せてシェルたちに襲い掛かってきた。
退けられるが、数が多くて途切れなくて煩わしい。
シェルの隙をついて、メイリが襲われそうになってヒヤリとなる。
「あぁ、末端のくせに煩すぎる。良いかい、末端なら僕に従え。僕は魔王の息子であり、その城を継いだんだ。つまり今では僕が魔王だ、つまり・・・」
言いながら気づいた。
つまり、この世界の頂点は自分であり、つまりこの世界は自分のものだ。
そう、この視点は重要だ。
なぜなら、
「この世界は全て僕のものだから、僕の思い通りにできるんだ」
強い意志を持って口に出した途端、ピタリと襲撃が止んだ。
世界を思い通りに動かすことができる。そうシェルは実感した。
城の中を自由にできたように。城自体さえ自由にできたように。
シェルにはそういう性質がある。
魔王とは魔族の王であり、その父を継いだのは自分であり、魔族が統べたこの世界、全てを統べるのは頂点にいる自分なのだ。
世界は全て僕のものだ。
途端、パァと光が柱のように立ち上がった。
エネルギーが満ちて、儀式が成立したのだ。
様子を見る。大丈夫だと確信を持った。それに、見届けるつもりでもいる。
「メイリ。寂しいけど、お別れだ。元の世界で元気に暮らして」
「ありがとう。シェル」
儀式が失敗するはずがない。
メイリが呼びこまれた術は末端の魔族の行いのはずだ。人間はもういないのだから。
その末端さえ、呼び出し先こそ失敗したらしいが、メイリ自身は呼び出せた。
そして今、格上のシェルがその儀式をなぞって再び実行した。そのシェルは、今やこの世界の頂点に立つ。何でも願い通り。メイリをきちんと元の世界に送ることができる。
この世界全てが、自分自身という実感がシェルに沸き起こる。
上空に、メイリの暮らすべき、別世界が近づくのが分かる。
シェルは改めて思う。
今や、この世界全ては僕のもの。
名実ともに、この世界丸ごとを自分のものにできている。
同時に、シェルがメイリとの離別を惜しんでいた。つまり、この世界全てがメイリとの離別を惜しんだ。
メイリはそれを感じたらしい。目を丸くしてシェルを見た。
「この世界に残ってくれない? 僕はこの世界の頂点で、何でも思い通りに動かすことができるよ」
シェルは自分の長所だとアピールした。
「困ったなぁ」
とメイリは言った。
「私、元の世界に無事に帰りたいけど、シェルと離れるのも嫌だなぁ。放っておけないっていうか。お世話になったのは私の方なんだけど」
「じゃあ、きみの世界に僕を連れていって欲しいんだ」
「良いけど、できるの?」
「やってみる」
シェルは頷き、メイリの住んでいた世界を意識で捕らえる。
自分のものになった世界を重ね合わせる。
自分の世界がメイリの世界に溶けていく。つまり、メイリの世界も自分の世界。
感覚がさらに広がる。融合していくなかで、あ、と思った。
しまった、やりすぎたな、と。
シェルは笑った。
驚いて自分を見ているメイリを見る。
「成功したけど、僕は、神様みたいになってしまったよ」
「よく分かってないけど、私が原因になったのねっていうのは分かった。私、どうしよう」
「元の世界に戻って、一度人生を終えてから、また会いに来てくれないかな。僕は大きくなりすぎて、きみの世界の一つなんて小さくなれないみたいだ。外から見守ってる。神様みたいに」
「分かった。とりあえず、一度戻るね」
「困ったことがあったら呼んで。力になるから。僕の名を呼んで」
「うん。ありがとう、シェル!」
***
シェルは見守った。間違いなく、世界の神と呼ばれるに相応しい状態だ。
世界は思い通りに動かすことができる。けれど中で生きるメイリのために、大きく動かすなんてことはしない。彼女が平穏に過ごすのを見守っている。
メイリが助けを求めて祈ればすぐに応える。メイリが喜んでくれる。
いつかまた会える、そう希望を持ちながら彼女が生きていく様子を見守っている。
***
メイリが世界の中の一つとして死んだ。
シェルは、メイリを自分の傍に呼び出した。
「どうだった? できれば、次は僕の傍で過ごしてほしいんだけど」
「うん、良いよ。すごくお世話になったし、シェルに感謝してる。神様になったシェルのお嫁さんって事で良いのよね」
「照れる。うん」
「良いよ。ふへへ」
こうして、世界を統べる力を手にしたシェルは、妻になってくれたメイリにも力を与えた。
対等の方が良いと思ったからだ。
こうして、仲良く一緒に世界を見守る事になった。
一緒にいてくれる存在が出来て、とても嬉しいとシェルは思う。
***
とても平穏に幸せに暮らしているはずだ。
とはいえ、メイリが傍に来たことで、シェルに直接願いを告げる者が世界の中にいなくなった。
少し詰まらない。
メイリ以外と接する機会が一切ない。メイリにとっても同様だ。
ある時この件の解決に、メイリがシェルに提案した。
「じゃあ、こうしましょ。ここに一本の杖があります」
「うん」
メイリが手の中に不思議な杖を作り上げていく。
真っ直ぐな棒の先に、三枚の板。色を付けて、模様も入れる。
「これを、世界の中に落としちゃうの。それで、これを手に入れた人は、私たちに祈って、私たちの力を使うことができるのよ」
「争いの種にならないかな」
「ならないわ。だって、どのぐらい叶えるかは私たちが見れば良いのだし」
「そっか。そうだね、やってみよう。楽しい願いを言ってくれると良いな」
「そうね」
こうして、世界の神の力を手に入れられる杖が生み出され、世界の中に落とされた。
***
「・・・そして、この杖がそうなのさ」
出稼ぎから戻る男、グラウドの口が開いたままふさがらない。
話が長い。
そして。
あまりにも眉唾物すぎないか。作り話。詐欺だろうか。
「嘘だろう?」
と指摘すると、
「く、っふふふ」
と露店の店主、つまり魔女が笑う。
「ああ。さすがにね。だが聞きなよ。これは複製だ。この逸話は随分昔からのものでね。つまり本物の杖は、とっくに発見されていて、今でも由緒正しい場所で管理されている。あまりにも影響が強すぎるからね」
まだ続きがあったとは。
グラウドは茫然となる。
「だけど、神々の恩寵だ。使わないというのもねぇ。神々だってガッカリなさるよ。そこでこれも随分昔の話になるが、本物を模して、5つの魔法の杖が作られた。模写とはいえ、充分強い。お願い事が通りやすいんだろうね。そりゃ、本物に比べると威力はないが、本物なんて使うべきじゃない。昔、大きな湖を一瞬で干上がらせたらしいよ。危険すぎる。あたしらには、せいぜい模写程度で十分だ。お湯を沸かしたり重い荷物を浮かべたり、ケガをあっという間に直したり。それだけでも奇跡だ。さて、この杖だが、前の持ち主から託されて、あたしが相応しい縁の相手に売ろうってところに現れたのがお客さん、あんたさ。勿論、使いこなすのには練習がいる。杖の主と認められるようにね」
魔女はグラウドの様子を眺めた。
「どうだい。他の店には無い品だよ。例えば、これから魔法を使おうって女の子には、生涯かけて良い相棒になるだろうよ。値段は、本当はもっと高い値をつけられるんだけどね、オマケしよう。3000セピアで良い。さて、口上は以上。伝説ある魔法の杖、3000セピア。さぁどうだい、お客さん」
魔女がじっとグラウドの瞳を見た。
予算が上限3000セピア。幼い娘。人生に一度になるかもしれない上等の土産。娘の魔法の適性。
見抜かれている?
ゴクリ、とグラウドは唾を飲み込んだ。
グラウドは少し震えた。
本物? 偽物? 宝? 詐欺?
娘の将来。最高の贈り物? 輝かしい娘の未来? もしくは、大金をドブに捨てることに。
「巡り合いは今だ」
魔女が言った。
「で。買うのか、買わないのか」
周囲も、固唾を飲んでグラウドがどちらか、真剣に見つめている。
決断を迫られている。
グラウドは、返事のために口を開いた。
「で、買うのか買わないのか」 -了-
***
あなたならどちら。「買う」「買わない」