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第三話「赤いコートの女の子」⑨

「住むと言っても、せいぜい一年くらいになりそうなんだけどね……永住ってことはないよ。なにせ、ここもそのうち取り壊して、一度更地にして、一軒家にするってのが決まってるんだそうな……。どのみち、ここに住めないとか言っても、元の家に俺の居場所はもう無いしねぇ……。何らかの実害でも被らない限りは、ここに住まざるを得ないし、立場上、俺がビビってここを引き払ったら、他の従業員に示しが付かないからねぇ……だから、ここに住まないって選択はない」


 ……要するに、選択の余地なし。

 さすがに、こうも色々立て続けにってなると、さすがの俺も認めざるを得ない。

 

 けど……むしろ、腹が立ってくる。

 なんで、そんな訳の判らん存在に、俺がビビったりせにゃならんのだ?


「そうか……消えゆく定めの昭和の遺物。分室もそんな感じだったけど、ここもそんな感じだしね……。けどまぁ、アレはどうも害意は無いみたいだよ。ただそこにいて、自分に気づいてくれる者に存在をアピールしてる。そんな感じなのかな? ……実を言うと、今も彼女はあそこにいるんだけど、君にも見えるかな? どうも、今はこっちに関心ないみたいで、ぼんやりと立ってるだけみたいなんだけど……外から来る者にだけ反応してるのかな。もしかして、心霊スポットによくいる警告役……なのかな? と言うかあんな、はっきりと見えるなんて、私も驚きだよ……」


 そう言って、灰峰姉さんが誰も居ない廊下を指差す。

 

 思わず、背筋がゾクッとする。

 でも……目を凝らしても、相変わらず、何も見えない。

 

 薄暗い蛍光灯の明かりがぼんやりと光り、むき出しのコンクリの床と、サビだらけの黒い手すりを照らしているだけ。

 

 けど、「それ」は今もそこにいて……じっと佇んでいる。

 

 俺は黙って、首を横に振る。

 

「そうか。けど、君がここに住んで、アレになにかされるとか、そんな心配はしなくていいだろうね。実は、さっきアレは君の前に立ちふさがるような感じで、階段のすぐ上にいたんだけどね。君がずんずん歩いてくるのを見て、あの子、飛び退くように慌てて道を開けてたんだよ。まるで触られたくないって感じでね。その動作がやたら自然だったから、私も思わず、勘違いしてしまった」


 よく解んないけど、嫌われてるのか? 俺。

 ふと思い立って、ずんずんと誰も居ない廊下を進んで、突き当りまで行って戻ってくる。

 

「どう? どうなった?」


 まぁ、見えないのが居るのなら、敢えて突っ込んでいけば、あの時みたいに触れた感触くらいはするだろう。


 そう思ったのだけど、結局、何も感じなかった。


 灰峰姉さんも呆気にとられたように、ポカンとしてる。

 

「驚いたね……君が近づいたら、あの子……溶けるように消えてしまったよ。君と何度か心霊スポット行ったけど、君がいると、何故か寄り付かなくなったりして、不思議に思ってたけど。君は、なにか超強力な守護でも憑いてるか。何らかの加護でも持ってるのかもね……。そう言う事なら、事故物件だろうがお化け屋敷だろうが、問題にならないんだろうね。案外、君の親御さんもそう言う類の加護持ちなのかも……。普通、事故物件って大抵の人が実地見学の時点でなんとなく、ヤバイって気付いて避けるもんなんだ」


「……色々心当たりあるなぁ。それ……なるほど、加護か」


 いくつかある九死に一生スペシャルな出来事を思い起こす。

 

 それに相模外科以来、何度かあちこち心霊スポットに行ったけど、ことごとくハズレだった。

 あの時のような確実な存在感を持ったような「何か」と遭遇することは、あれっきり一度もなかった。

 

 もっとも、灰峰姉さんと一緒の場合、本当にヤバイ場合はちゃんと警告してくれたり、さり気なく撤収するように誘導してくれたりするので、問題も起きなかったってのもあるだろうけど。

 

 加護については、心当たりは無いこともない。

 

 俺は、実家の裏山にある日吉神社の分社の氏子でもある。

 

 日吉神社と言うのは、山王様とも言われている。

 

 山の神様の総元締めと言われる神様なのだけど、うちの実家の方では、その裏山自体を神域として、死者をその山の墓地に葬ると言う山岳信仰が色濃く残っている地域でもある。

 

 曰く、人の魂は山から降りてきて生まれ出て、死ぬと山に還る。

 

 山は神の化身にして、神の領域であり、死者の魂の住む領域。

 

 そう言うシンプルな信仰ながらも、我が家を含めて、一帯に住む人々は代々、亡くなるとその裏山に葬られるのを常としていた。

 聞いた話によると、1600年台……関ヶ原の戦いの頃の墓すら残っていると言う話なのだから、その歴史は半端じゃない。

 

 その日吉神社と称する神社も、はるか昔からそこにあって、明治の頃の廃仏毀釈で色々な神社を体系だってまとめ上げたどさくさで、そう言う事になっただけで、実際は何を祀っていたか良く解らない……そう言う得体の知れない古い神社でもあるのだ。


 そして、岡山の実家……その家は、屋敷神と呼ばれる小さな祠が家の周りに点在していて、ある種の結界を構築しているように見えた。

 

 庭の造りもわざわざ西側に築山を作って、山の稜線の延長線上……龍脈と呼ばれる土地に建っている。

 風水でみると何もかもが計算し尽くされた最高の立地条件、まさに一等地と言えた。

 

 曾祖父さんが建てたお屋敷で築100年以上経っていて、それ以前、何百年も前から代々、その土地に住んでいると聞いていたけど、先祖に風水や魔術に精通した者が居たのは、間違いなかった。


 そして、奇跡のような自分や他人のファインプレイで乗り越えた命の危機の数々。

 偶然というには、あまりに出来すぎていて、俺を守る目に見えない何か……そう言う存在がいる事を俺は密かに確信していた。


「まぁ、私からは……これ以上、何も言えないなぁ。けど、そう言う事なら、きっとここに住んでても、問題ないだろう。……向こうにとっては、さぞ迷惑な話だろうけどね」


 相手が灰峰姉さんじゃなかったら、こんな話、とても信じられない話だっただろう。


 けど、彼女の能力は本物だった……信じるには十分値する。 

 とは言え、向こうの方から避けていってくれたり、無意識に蹴散らしてるってのは、さすがに何とも言えない話だった。


 けど、考えてみれば、あの時の相模外科……高藤は身体の半分くらいをモロにぶつけられてたのに、俺は軽くかすめた程度。


 ひょっとして、向こうは俺を避けようとして、俺にかすめていって、高藤にはもろにぶち当たっていったのかもしれない。

 

 俺達の位置関係を考えると、明らかに真っすぐ進んでなくって……なんで? って、疑問に思ってたのも確かなのだ。

 

 俺がこの世ならざるものから忌避されるような存在なら、あの時ぶつかっていったのが変な動きをしてたのも、ついさっきまでそこに居た赤いコートの子が逃げるように消えたってのも、納得は出来る。


「なるほど、少しは安心したよ……まぁ、いいや。話はそれだけかい?」


「そうだね。いつものことなんだけど、結局、良く解らないってオチかな。そろそろ、戻ろうか……。皆不安がってるし、流石に今夜は冷える。そうだ! 今度、皆で鍋でもしないかい?」


「いいね、鍋……。そう言うのも悪くないね」


 そう言って、俺も灰峰姉さんと一緒に部屋に戻る。

 

 まぁ、何の解決もしてないけど、俺自身がこの世ならざるものの干渉をあまり受け付けなかったり、無意識に追っ払ったり出来るのならば、別に恐れるに足らないって気がしてきた。

 

 ……スト2組をよそに、小角ちゃんが何やらノートに落書きをしてる。

 

「これって?」

 

 小角ちゃんの描いた落書き……コートを着たショートカットの女の子の絵。

 キラキラな少女漫画風のタッチなのだけど、なんとなく見覚えがある気がした。

 

 脳裏に幻視した素朴な雰囲気の若い女の子。

 

「……なんだか、可愛い子だね……。と言うか、これってもしかして……?」


 灰峰姉さんが他のメンツの目を気にしながら、小声でつぶやく。


「さっき、廊下にいた子描いてみた……見延、知ってたの? なんなの……あれ? あんなにはっきりと見えるなんて……」


「いや、俺は見たこと無いし、何なのかも解らん……。別に、何かされたとか、そんな話も全然聞かない。姉さんとも色々話したんだけど、どうも挨拶するだけの至って無害な存在なんじゃないかって……。それに、どうやら俺は嫌われてるらしくてね……。今しがた、図らずも追っ払ってしまったらしい。灰峰姉さん、どうよ? これ……小角ちゃんが見たのって、こんな感じだったらしい」


「ああ、よく似てるね。とにかく、笑顔が可愛い子だった……一体どんな背景があって、彼女はあそこにいたんだろうね? 多分、一時的に離れただけで、そのうち舞い戻ってくるんじゃないかな……。あの感じだと、いわゆる地縛霊とかそう言うの……なのかな? それにしても、なんで人を見ると挨拶してくるんだか……意味が解らないよ。あれだけ、はっきりと見えるとなると、相当強い存在なんだろうけど……」


 ……通りすがる住民や関係者に、誰構わず、笑顔で挨拶する幽霊。

 

 もしかしたら、見えない人だろうがお構いなしなのかもしれない。


 冷静に考えると、結構シュールだ。

 なにかこの世に未練があるとか、怨念とか……そう言うんじゃないの? 普通。

 

 来る日も来る日も、ただ来る者へ、笑顔で会釈……ええ子やん。

 

 ちょっと悪いことをしてしまったかもしれないと、少しばかり反省する。

 

「さぁねぇ……。見えない以上は、いないも同然だからね……俺は、もう気にしないようにするよ。だから、小角ちゃんも無闇に怖がったり、他の人を脅かしたりとかは止めてね」


「……そっか、そんなもんか。見延ってタフだと思ってたけど、やっぱ普通じゃないね。でも、お店の人……こんな所に住んでて、良く誰も騒がないね」


「新聞配達やるのに、夜道や幽霊が怖いとか言ってたら、商売にならんよ……。まぁ、あれじゃない? ひょっとしたら、座敷わらしみたいなもんなのかもね……そう考えれば、別に怖がるようなもんじゃないような気がしてくるよ」


「座敷わらしか……確かに、或いはそう言うのかもしれないね。まぁ、いつもそうなんだけど、ああ言う手合は結局、何がしたいのか、良く解らない事が多いんだ……前に話したけど、うちにいた子供の幽霊もそんな感じだった。少しずれた世界にいる者達……人が現世に残した影のようなもの……なのかも知れないね」


「そんなもんなんだね……。見えるアタシらが騒がなきゃ、見えない人にとっては、居ないのも同然。怖がっても仕方がない……のかな? ねぇねぇ、話とか出来たりしないかな? アタシ、灰姉と一緒で見えるんだけど、ああ言うの……いつも怖がって逃げちゃってるんだけど……怖くないなら、話聞いたりとかしてあげたいって思うんだけど……」


「無駄さ……。あれらと話が出来るとは思えないし、するべきでもない。あれはどうも、訪れる者に機械的に反応してる……そんな感じだった。実際、意志があるように見えたのは、見延に対して見せた動きくらいだ。多分、見延に触られると向こうが一方的にダメージ受けるとか、居づらくなるとか、そんなんじゃないかな? 見延君は、八王子城を覚えてるかい? あの時、向こうは明らかに君を敵視してた……だから、逃げろって言ったんだけど。なるほど……あれは、むしろ向こうがヤバイのが来たって、過剰反応してたのかもしれないね」


 ……灰峰姉さんと行った夜の八王子城。

 多摩地域の心霊スポットでも、最凶とも言われてる心霊スポットだ。

 

 そこに、灰峰姉さんと二人きりで、深夜に訪れた事があった。

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