第三話「赤いコートの女の子」⑧
「おお、あそこから逆転とか、灰峰姉さんやるねぇ!」
「くっそっ! 1Rストレート勝ちで、2Rで小足コンボ決めて残り一ゲージまで追い込んで、絶対勝ったと思ったのに……普通、あそこから巻き返すかなぁ……」
小足払いからの竜巻でコカせて、目の前に迫って、起き上がりにしゃがみ小足連打を仕掛けると見せかけて、問答無用で投げに行くか、起き上がり技の空振りからの投げ狙いと言う二択アタック!
幾多の強者を狩ってきた俺の必殺コンボ! なのだけど、そこで、まさかの完璧なタイミングでの起き上がり大昇竜を決められてしまった!
しかも、折り悪くそこで一発でピヨって、飛び蹴りアッパー昇竜食らって、撃沈。
これで、一気に流れが変わって、以降ボッコボコにされたのだった。
ワンミスで負ける残り1ゲージの攻防……こう言う崖っぷちになると、灰峰姉さんは異常なまでの勝負強さを発揮するのだ。
「ふふふ、君のやり口は良く解ってるんだ。起き上がりの攻防……起き上がり投げを狙いに来たところで、大昇龍……思わずキメてしまったよ!」
ぐぅの音も出ない完敗だった。
「ああ、なんとなく解ってきた。君らって、どっちも超攻撃型なんだよな。普通、ガードするってとこで攻め込んでくるから、こっちも対応しきれない……」
「そうなんだよなぁ……山久相手だと、にらみ合いとかなって、割と読み合いが熱いのに、こいつらゲージ真っ赤でもガンガンに攻めてくるからなぁ……」
「ああ、確かに君らって、ガード硬いんだよねぇ……。それに引き換え灰峰姉さん……技もガンガン決まるんだけど、全然怯まないのよ……すっげぇ、攻撃的な上にメンタルが硬すぎる」
「そこら辺はお互い様かぁな……。下手に動きを読もうとするから、翻弄されるんだよ……。彼は実際のところ、何も考えてないんじゃないかな? ガードしてる暇があったら、昇龍拳? 私はそんな感じだぞ……守ってばかりじゃ、勝てない……当たり前じゃないか」
「まぁ、そんなもんかな。戦いは主導権だと思うぞ……」
「いやいやいやっ! 俺らの方が正統派だっての! でも、見延の投げカウンター……。あれ、ホントどうなってんの? 絶対投げたって思ったのに、こっち投げ返しとかされてるし……スーファミでも一緒とか、意味わかんねーよ」
「そいや、鉄雄さんもアレ食らって、崩れてたしなぁ。UFOのチャンピオン撃破した時も、投げカウンター食らって、焦ったとこを一気に潰してたんすよね……」
ワンフレーム1/60秒の早押し勝負。
それが当時のスト2投げ合戦の世界だったのだけど。
当時の俺は、その投げのタイミングを極めていて、地域トップクラス相手だろうが、競り勝ったりしている。
ちなみに、UFOってのは当時町田にあったゲーセンの名前。
100連勝超えで、もはや誰も止められない状態のチャンピオン相手に乱入して、鉄雄や山久が返り討ちに合う中、まさかの勝利をもぎ取ったのが俺だったのだ。
どっちも投げが入る……そう言うタイミングともなれば、8-9割で競り勝つ……。
俺のプレイスタイルの強みはまさにそれで、灰峰姉さんもそれを熟知してるからこそ、投げ合いにだけは持ち込まない。
投げを封じられると一気に弱体化する……その欠点を姉さんは、幾度ともなく繰り返された対戦で熟知しているのだ。
……それが俺の天敵にして、ライバルたる所以だった。
「なんか、リュウの投げって、内部パラメーターでの優先度が高いって話だから、それなんじゃないかな? まぁ、俺と投げの勝負ってなったら、負けはないね」
「……私は、そんな投げ狙うより、昇竜拳ブチ込む派だからね。見延の攻略法って、とにかくゴリ押し……トリッキーなー動きに惑わされずに、動きをよく見て、マイペースを維持すれば、結構勝てるんだよ」
「それ以前に、姉さんって、メンタル鋼過ぎる……。なんか知らんけど、こう言う脳筋アタッカーには弱いんだよなぁ……柳のほうが余程楽だっての」
「誰が、脳筋アタッカーだっての……でも、そんなもんか……ははっ!」
そんな調子で盛り上がってると、唐突にチャイムが鳴る。
続いて、ちょっと慌てた感じのノック。
バタバタと玄関に回って、ドアを開けると青い顔をした小角ちゃんと、やたらと後ろを気にしてる須磨さんが駆け込んでくる。
「や、やぁっ! お帰り、早かったね! どうかした?」
嫌な予感しかしないのだけど、努めて平静を装うのだっ!
「……はぁ、良かった。外、誰も居ないよね?」
小角ちゃんに言われて、ドアの外を見る。
薄暗い廊下……誰も居ないし、さすがに9時が近いので、物音もせず、静かなものだった。
この時間帯にもなると、店の従業員達も晩飯を終えて、朝の配達に備えての仮眠や休息のために部屋に戻ってくる頃で、アパートの各部屋も人の気配がし始めていた。
うん、普通だ……店の奴らも平常運転!
「ああ、誰も居ないよ……何かあった?」
……何かあったのは、間違いないし、何があったのかもなんとなく想像出来る。
他の連中も小角ちゃんのただ事ではない様子に、心配そうに出て来る。
なんとなくこの展開は、予想はしてたんだけど、案の定って感じだった。
ここで要らないことを言うんじゃない……そんな意志を込めて、小角ちゃんの目をじっと見つめる……もうこれ以上、非日常を持ち込むなっての!
「いやぁ、ちょっと貧血気味で……あはは……。あ、灰姉、ちょっといいかな?」
「ああ、私で良ければなんだけど……。ご指名の理由は?」
「……灰姉なら、話してもいいかなって」
そんな話をしているのを、隣で突っ立って見ていると、灰峰姉さんが非難がましい目で睨む。
ふと、振り返ると他の連中も何の話をするのか、固唾をのんで聞き入っている様子だった。
「やれやれ、君達。女の子同士の内緒話に聞き耳立てるとか、あまりいい趣味とは言えないよ? 散った散った!」
そう言われたら、俺達も踵を返すしか無かった。
と言うか、姉さん……ナイスフォロー!
俺はそろそろ限界なんだもんーっ!
玄関先でうずくまってる小角ちゃんと、灰峰姉さんと須磨さんが小声で、何やら話し込んでる。
「まぁ、小角ちゃんは灰姉さんや須磨さんに任せよう。続きやろうぜ!」
灰峰姉さんなら、上手く誤魔化してくれるだろう……。
とにかく、今はスト2大会を続行するのだ……今の俺にとってスト2は日常の象徴……と言えた。
缶ビールを開けて、グイッと飲む……ビールも一口目は美味いんだけど、それ以降はマズいだけ。
多分、このビールは半分程度空けて、流しにダーッと流すことになりそうだった。
山久のコップが空だったので、問答無用で注いでやると、嬉しそうに山久も一気にコップを空ける。
思いっきり高校生なんだけど、当時は高校の文化祭の打ち上げとかで、飲み屋で騒ぐとか黙認されてたような時代。
実際問題、うる星やつらのビューティフル・ドリーマーなんかでも、そんな描写をしてたりもする。
今とは時代が違う……言ってしまえば、そこまでだ。
山久も自分からは飲まないけど、人に勧められたら、むしろ喜々として飲む。
なんと言うか、自分ルールみたいなもんなんだろう。
小賢しいやつなのだ。
どうせ、コーラも、ペットボトルで買ってるし、ビールも日本酒もまだまだある。
つまみや食料も豊富に買い込んでるから、当面部屋から出なくても、問題も無さそうだった。
こうなったら、朝まで籠城だ!
「やぁやぁ、ちょっと見延君を借りるよ」
しばらくすると、そう言って、灰峰姉さんがやってくる。
入れ替わりで、須磨さんとカラ元気っぽい小角ちゃんが参戦。
姉さんが、そのまま、無言で外に出ていくので、俺も付き合う。
「……姉さん、何の話かな?」
自然と視線が廊下に向く……薄暗い廊下。
何故外に出たし……。
廊下のドンツキには、二層式の洗濯機が置かれていた……夜中に、ここで洗濯とかしたくないな。
そんな事を思いながら、洗濯機に背中をもたれさせる。
灰峰姉さんも、ちらりと廊下の暗がりに視線を送ると、同じ様に洗濯機にもたれかかると、
じっと俺の目をみつめる。
「……とりあえず、このアパートのことかな。結局、ここで何があったんだい? 色々、ボカしておきたいってのは解るけど、そろそろ真相を聞きたい……もちろん、無理強いはしないし、君が分かる範囲で十分だよ」
灰峰姉さんが、核心めいた事を聞いてくる。
さすがに、これ以上はボカしておくことは出来そうも無かった。
「ここは、元々市民病院の看護婦寮として、使われてたって話はしたよね……。けど、理由は良く解らないけど、下の102号室で、看護婦が一人首吊って自殺してる……それ以降、出るって噂が立って、住民……住んでた看護婦もどんどん出ていって、市民病院からも看護婦寮としては使えないって、言われたらしくてね。部屋もしばらく、借り手がつかなくて、ガラガラだったんだけど……。うちの親が立地と家賃の安さに目をつけて、空いてた部屋を全部借り上げたんだ」
「……なるほどね。しかしまぁ、世の中には事故物件だろうが、お構いなしって神も仏も恐れない人達がいるって聞いてたけど、君の親御さんがまさにそう言う人なんだね……。確かにあの親父サン、ヤクザ相手でも渡り合えそうな人だったよね」
……うちの親父は、筋骨隆々でパンチパーマの見た目だけは、ヤクザみたいな人だ。
若い頃から、農作業やら筋トレとかで体鍛えまくってて、空手の黒帯有段者でもある。
実際は、子供思いで、猫大好きなおちゃめなオッサンで、パンチパーマじゃなくて、天然パーマってヤツだから、好きで強面やってるわけじゃない。
商売柄、店ではそう言う顔を見せようとしないし、実際ヤクザ同然の拡張団のボスに怒鳴られようが、涼しい顔をしてる位には、キモが座ってるし、キレると、名古屋弁と広島弁のハイブリッドのヤクザ口調で怒鳴る。
その迫力は、本職ヤクザが可愛く見えるくらいのド迫力。
おまけに、その営業マンとしての手腕は、業界でも関東トップクラスと言われるような凄腕で、本社から何度も表彰されてるような業界有名人でもあった。
お袋も、事実上の店の裏ボスと学生から、恐れられるような人で、スーパーの買い物ついでに500万の札束持って、銀行に預けに行って、銀行員をドン引きさせた……なんて、エピソードがあるくらいには、肝っ玉母ちゃんだ。
もっとも、この業界にありがちな後ろ暗い商売にだけは手を出さないと決めているので、ヤクザとの関わりも年末にお高い熊手を買う程度に留めて、商売自体は至ってクリーンな無借金営業。
従業員の待遇も、この業界にしては珍しいホワイト環境と言われ評判になるくらいには、良好な環境で人を使っていた。
「まぁね……。あの二人も新聞屋長いからねぇ……。ヤクザが怒鳴り込んできたりとか、そんなの普通だったから、普通の神経してないのは確かだね。ちなみに、隣の204はちょっと前まで、誰か住んでたみたいだけど、何かあって逃げるように引っ越してったって話でねぇ……。けど、山久は壁ドンされたって……現に、見ての通り、真っ暗で誰も住んでない……。参ったね、こりゃ……思ったよりも、色々ありそうだ」
「なるほどね。ところで、さっきの赤いコートの子だけど、どうもずっと階段の横にいるみたいなんだ。あれは、どう言う意味なんだろうね……。一階が現場となると、その自殺した看護婦とは関係ないのかな? ちなみに、小角ちゃんは気配を感じて振り返ったら、いきなり目の前にいて、目が合うなり、おじぎされて、速攻で部屋の前まで逃げてきたらしい。須磨さんは小角ちゃんの前にいて、振り返って見たらしいんだけど、何も見てない。まぁ、聞いた感じだと私が見たのと同じやつだね……。確認なんだけど、ほんとにここに住むつもり?」
それは、灰峰姉さんの警告だった。
基本的に、この世ならざる者相手にはどうすることも出来ない。
とにかく、逃げるか、黙って通り過ぎるのを待つか……そのどちらか。
灰峰姉さんはいつもそう言って、本当に危ないところには近付こうとしなかった。