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第三話「赤いコートの女の子」⑥

 二階へと続く階段を登っていく。

 

 サビサビでボロいから、所々穴が空いてて、下が見えてるし、歩く度にギシギシと鳴って微妙に揺れる……違う意味で怖い階段だった。


 もっとも、新聞配達であちこちの家やアパートやらを巡っていると、廃墟一歩手前みたいな所にも関わらず、人が住んでるなんてのは、割と平気であったりもする。

 ここは、まだマシな方だった。


 途中、灰峰姉さんが二階の方へ目線を送ると、俺のすぐ後ろの右側を歩いていたのに、左側……俺の背後を歩くように位置を変えた。


 その行動に軽い違和感を感じつつ、階段を上り切って、二階の廊下を進もうとする……。

 

 背後で灰峰姉さんが小声で「こんばんわ……」と誰かに挨拶するのが聞こえた。

 ちらっと振り返ると、灰峰姉さんが階段を登りきったところで、立ち止まって、笑顔で会釈するところだった。

 

 それは、灰峰姉さんとしては珍しい、よそ行きの笑顔で、至って自然な様子ではあった。

 

 その先に……。

 

 ――誰かが、いたならば――。

 

 

(……ちょっと待って! この人、何やってんの?)

 

 その目線の先には何もない……薄暗い廊下には、俺と灰峰姉さんの二人しか居ない。

 

 今、姉さんは、誰に挨拶したの?

 

 今にも見えない誰かと世間話でもし始めそう……そんな様子に、思わず背筋がゾワッとして、早足でワザと足音を立てながら、突き当りまで進むと、いそいそと部屋の鍵を空けて、ドアを開けたまま、灰峰姉さんが来るのを振り向かずに無言で待つ。

 

 冷や汗とも脂汗とも解らない汗が額を伝う……。

 

 灰峰姉さんも、慌てて走り寄ってくると玄関に飛び込んでくる。

 

 もう一度、玄関から二階の廊下をチラッと見てみる。

 

 ……誰も居ない。

 それだけ確認すると、バタバタとドアを閉めて、施錠する。

 

「……うぉぉおおっ、エンドレスダブルニーでハメ殺しとか……あんた、それでも人間かよっ!」


「ゲーセンならともかく、スーファミだしー。ハメ禁止とか言ってなかったじゃん! 調子に乗ってたとこを、大好きなベガ様でハメ殺された気持ちはどうよ? ヒャッハーッ!」


「む、むかつくーっ! 与志水……覚悟しろよな! 俺のハメべガの本気見せてやるわ!」


 部屋に戻るなり、騒々しい。

 居残り組は、高校生の山久と、チャラ男の与志水、それに徳重の三人だった。


 こいつらは、外で何があったとか知らない……安定の平常運転の様子だった。


「なぁ、お前ら、そろそろ麻雀やろうぜ……麻雀! お、姉さん戻ったか、これでメンツ揃ったか?」

 

 スト2大会が最高潮にでもなってる様子で、ちょうどベガにハメ殺された山久が悔しそうにコントローラーを叩きつけてるところだった。

 

 徳重は……麻雀をやりたくてしょうがないらしく、すでにこたつの天板をひっくり返して、緑のマット状態にして、麻雀牌を並べて、準備万端の様子。

 

「……見延くん、いきなりどうしたんだよ。そんなに慌てて……それより、今の子見た? あんな可愛い子、従業員に雇ってたんだね! 割と年も近かったみたいだけど、ガン無視して通り過ぎるとか、ちょっと酷くないかい? むしろ、紹介して欲しいくらいなんだけどさ!」


 なんだかテンション高めの灰峰姉さん……実は、この人、女の子が好きって公言してるような人だったりもする。

 

 つまり、いわゆる百合属性の人。 

 そこら辺もあって、男には興味ないと断言してるのだけど……。

 

「灰峰姉さん、すまん……俺には、あの階段の上に誰も居ないように見えた。姉さんはいったい何を見た?」


 中の連中に悟られないように、小声で自分が見た事実を告げる。


「……何をって、赤いコート着た広末みたいな可愛い子が……」


 その言葉に、清溝のおっさんの言葉が蘇る。

 

『赤いコート着たショートカットの若い女……』

 

 俺はもちろん見たことないのだけど……脳裏に赤いコートを着た素朴な雰囲気の女の子のイメージが湧いてくる。

 何より、灰峰姉さんには、ここに何がいるとか、そういった類の話は敢えて一切してなかったのだ。

 

 俺の反応から、自分が見たものがこの世ならざるものだったと理解したようで、灰峰姉さんも真面目な顔になる。

 

「姉さん……もう一回、外を見てくれないかな……まだ「彼女」はいるか?」


 言われて、灰峰姉さんがドアを少し開けて、外を見る。

 並んで、俺も外の様子を見るのだけど、そこには無人の廊下が広がるだけだった。

 

「……影も形もないね。下に降りたか、或いは、自分の部屋に引っ込んだ? いや、他の部屋のドアが開いた気配はなかった……何より、私にだけ見えていて、見延くんには見えてなかった。そして、君の所の従業員にそんな子はいない。となると、アレはこの世ならざるもの……そう言うことかい? いや、あれほどはっきりと見えるなんて……言われないと解らなかったよ。でも、その様子だと、何か心当たりがあるみたいだね」


「……店の従業員が見てるんだよ。そのまんまのやつをね。赤いコートを着た広末みたいなショートカットの若い女が、壁から出てきて、ニコニコと微笑んでたって、ここに、そいつが出るって話は聞いてたんだ」


「なるほど、私もその話は初耳だ。そうなると、君の家の従業員と、私が見たものは同一の可能性が高いね。それにしても、まったく接点のない者同士がほぼ同じものを見てるとなると、間違いなく「それ」はそこにいるね。いやはや、噂ってのは馬鹿にできないね……ここ、本物じゃないか。まったく、そんな所を貸り切って従業員寮にするとか、君の親御さんには恐れ入るね」


 清溝のおっさん……パチと競馬と酒を呑むことを生き甲斐にしてるような人なんだけど、酔っぱらいのほら話にしては、妙にディティールが細かすぎるとは思ってはいた。

 

 灰峰姉さんは、これまでも何度かあったこの世ならざるものとの接触で、本物だと言う確信があった。

 

 清溝のおっさんの話なんて、与太話のたぐいだと思ってたのに、こんな形で事実だったと、証明されるとは……と言うか、俺……これから、ここで毎日、寝泊まりするんだけど……。


「お、おかえりなさい。お二人ともそんなとこで、話し込んでないで、はよあがりんさい」


 玄関先で、話し込んでた俺たちに気づいた山久がこっちに来て、話に混ざってくる。


「山久……君は、お婆ちゃんかい? それに何、家の中でコートなんか着てるんだか」


 山久……思いっきりダッフルコート着て、暑苦しそうな格好をしている。

 まぁ、暖房と言っても、台所に古いだるまストーブがある程度。

 

 なお、燃料切れで、今の所全く役にはたってない。

 今は、初冬……12月上旬とは言え、夜になると、温暖な町田でもそれなりに冷え込む。


「見延さん、この部屋……めっちゃ寒いっすよ。夜とか、大丈夫? それと、お二人さん……広末がどうのって……何の話なんすか?」


 灰峰姉さんと視線を交わし合う。

 どうも、部分的ながら、会話を聞かれていたような様子。

 

 でも、せっかく引越し祝いに来てくれたのだから、ビビらせて、興ざめさせるのも考えものだろう。

 

 基本的に、見えないやつにとっては、目に見えないからこそ、怖い……それ以外の何物でもない。


 見えないし、感じないけど、そこにいる……そう言われて、恐怖を覚えないヤツはそうそういない。

 だからこそ、その存在を肯定は出来ないし、振り向けばそこにいるかもしれない……そう感じて、想像し、恐怖する。

 

 けど、見えるヤツにとっては、それは得体が知れないという事は変わりないのだけど、そこにいることは解るし、いないなら居ないとはっきりと解る。


 つまり、想像力の入り込む余地がないのだ。

 だからこそ、無闇に怖がったりすることはない。

 

 いくら否定されようが、居るんだからしょうがない……それが見える側の認識なのだ。

 

 世界の認識の違い。

 

 ……見えるヤツには、見えないヤツの気持ちってのは、なかなか理解できないし、逆もまたしかり……なのだけど、それはつまり、そう言うことなのだ。


 山久は見えない普通のヤツ……この手の話をすると半端じゃなく怖がる。

 あまり、聞かせたい話じゃないのは、確かだった。

 

 徳重も何か感じていたのか、神妙そうな様子で出て来る。

 

「コスプレの話だろ? 今度、灰峰姉さんがコミケで披露するって話してたじゃん」


 助け舟のつもりなのか、徳重が妙なことを言い出す。

 

「……そうそう、灰峰姉さんが、今度広末のコスプレするって話してたんだよ! アイドル大好きだもんね……姉さん」


 考えた末に出てきたのは、こんな斜め上な話だった。


「んなっ! 私は、確かにアイドルは大好きだけど、あんなチャラチャラした格好するなんて……」


 ちらっと見て、話し合わしとけとアイコンタクトを送る。

 不承不承ながら、姉さんも納得したらしく、そのまま押し黙る。


「ほぅほぅ、灰峰姉さんがコスプレと……確かに、灰峰姉さんには色気が足りないって、俺も常々思ってはいたんですよ……なかなかに興味深い話ですなぁ……。なんなら、霞嬢にでも話通しときましょか? 彼女なら、衣装とかも嬉々として用意してくれると思いますわ」


「だろ? と言うか、留守の間なにか無かった?」


「……隣が騒々しくて、参りましたわ……。ここの住人って、見延さんとこの関係者が大半なんスよね」


「ぼちぼち、皆部屋に戻る頃だからね……ん? 隣?」


「壁の向こうっすよ。ちょっと騒ぎすぎたからなのか、いきなり壁ドンとかやられて、ちょっとビビりましたわ。小角ちゃんがいたら、泣いてたかもしれないっすね。彼女、ああ見えてかなり臆病だし……」


 ……隣は空き部屋って、言うべきだろうか。

 

 徳重が目配せする……彼もなにか感づいてるみたいなんだけど、空気を読んで、話を合わせて誤魔化してくれた。

 そんな様子が見て取れる。

 

 この様子だと、徳重も色々解った上で、穏便に済ませようとしてくれてるようだった。

 粗暴な見かけながら、意外と気も使えるし、空気も読める……この男は、そう言うヤツだった。

 

 ちょっと迷ったのだけど、もう黙っとく。

 

 ここ、どれだけ何があるんだか……。

 もしかして、人外魔境とかそんなんじゃないのかって、思い始める。

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