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第三話「赤いコートの女の子」④

「……とまぁ、こんな感じで町田街道に戻れるのさ。と言うか、姉さん……やけに落ち着かない感じだったけど、どうしたよ? なにか気になるものでも、あった?」


 町田街道に戻ると、辺りも明るく車通りも激しくて、一気に騒々しくなる。

 振り返ると、灰峰姉さんもちゃんと付いてきてて、心なしか青ざめた顔をしていた。


「いや……あのガード、ヤバかった。なんて言うかな……たまり場になってたんだ。悪気はなかったんだろうけど、変な所通らないでくれよ……」


「そんなんだったの? 確かにあのガードいつも、入ると妙に圧迫感あったけど。抜け道としては結構、使えるんだよなぁ……」


「確かに、町田街道を横断しないで行けるってのは、便利だろうけど……。いいかい? トンネルってのは、たまり場になりやすいんだよ。と言うか、ここって、近くに火葬場か何かない? この辺、たまに焦げ臭くなったりしないかな」


「焦げ臭いかぁ……最近は、焚き火とかあまり、やらなくなったけど。確かにたまにそんな感じの匂いがするね」


 灰峰姉さんの言う焦げ臭い匂い……一応、心当たりがあった。

 生ゴミを燃やしたときみたいな生臭さと焦げ臭さを混ぜたようなイヤな匂い。

 

 昔は、家庭ごみを庭で焚き火で燃やすとかよくやってたので、そう言うのも珍しくもなかった。


「その匂いがする時は要注意だよ。と言うか、ここらへん……ヤバイところばっかりじゃないか。良くこんな所に住んでいられるね……それとも、今日は日が悪いのかな? ちなみに、さっきの電話ボックスは先客がいて、使用中だった……言ってる意味は解るね?」


 使用中だった……そう言われて、思わずゾッとする。

 俺は何も見えなかったけど、姉さんには見えていた……まぁ、いつものパターンだ。

 

 ……弟の言ってた噂は、ガチな奴だったってことか。

 良かった中に入ったりしなくて……。


「……灰峰姉さんと一緒にいると、そう言う話しょっちゅうだけど、俺はそこまで解んないからねぇ……。でも、あのガードの坂を下った先に公園があるんだけど、そこは昔、結核の隔離病棟があったって話だよ。それに火葬場も併設してたって話も聞く」


 結核患者用の隔離病棟。

 

 今でこそ、結核なんて抗生物質一発であっさり治る、割とどうということもない病気なのだけど。

 ほんの一昔前までは、不治の病と言われていた。

 

 結核病棟ともなると、入ったら最期。

 決して、生きて帰れることのない死の病棟と言えた。


「私は、昔火葬場によく行ってててね。そこに行くとお金が落ちてるから、拾いに行ってたんだけど。冷静に考えたら、それって死人に持たせる三途の川の渡し賃ってヤツだったんじゃないかって。実はここらって、どこからともなく、その火葬場の匂いがしてね……そう言う事なら、この匂いは……この世ならざる匂い……なのかな?」


 何ともバチ当たりな話もあったもんだ。

 けど、言われて空気の匂いを嗅いでも、そんな匂いはしない。

 

 言いたいことは解るし、あの匂いが火葬場の匂いだと言われれば、解らないでもない。

 

「今はもう、火葬場なんてないし、公園があるだけだよ。ただ裏手には恩田川の源流みたいなのが流れてたかな……一度、仕事帰りに休憩に寄ったけど、なんとも落ち着かなくてね……。あまり、近づくべきじゃないってのは、何となく解るよ」


 その公園は、後年うちの嫁さんが何も知らずに子供を連れて行って、昼間なのに、なんだか人の声がして、妙にざわざわしてたとか、そんな話をしてたりもして、ゾッとした……なんて後日談がある。

 

 割と最近まで、その公園は残っていて、周辺には住宅街が作られてたのだけど。

 どうやら町田街道につながる新しい道が出来るらしく、今度は橋脚やらを作ってて、その公園も一度更地にして閉鎖中らしい……。


「なるほどね……。ここら一帯に色濃く漂う死の気配はそう言うことか。それに地名も滝の沢とか水にまつわる地名が付いてる……となると、ここらは雨が降ると水が集まる谷間みたいな地形になってる……。そう言うところって、色んなモノが流れ着くからね……。でも、今夜は特別だよ……夜中に仕事してる君なら解るだろうけど、たまに夜の闇が濃い夜ってないかい?」


 言われて、思い当たるフシはあった。

 

 当時の俺は、免許をとらせてもらってから、もっぱら家業の手伝いが本格化して、ほとんど毎日のように仕事で朝早くから活動して、昼間は寝てると言うのが常だった。

 

 夜の街を毎日車で走り回っていたりすると、些細な変化にも気がつくものなのだけど。

 闇が濃い夜と言うのはたしかにあった。

 

 そう言う夜は、虫の音すらも静かで、人通りも少なくなる。

 街灯の明かりの照らす範囲も、心なしか狭まるような……そんな夜があるのは、なんとなく気付いていた。


「……あるね。嫌な感じの夜は確かにたまにある。確かにこの時間でこれじゃ、深夜にもなるとかなりキテそうだね」


 空を見上げると、薄っすらと星空が広がり始めていた。

 都会の星空なんて、いつもまばらにしか見えない。

 

 月は見当たらない……確か、今夜は新月か三日月。

 昨夜も明け方近くになって、か細い月が浮かんでるのを見た覚えがあった。

 

 なるほど、妙に暗いと思ったら、そう言うことか。

 こう言う夜は、月明かりが無いから、暗さが増す……けど、それ以上になんと言うか闇が濃い。

 

 さっき、ガード下を潜りながら、そんな事を思ってはいた。


「うん、それが解るなら、それでいいと思う。君は無意識にヤバイのを避けてるみたいだからね。いいかい? 君の直感は恐らく正しいと私が保証するよ……。なんとなく嫌だと思ったら、その直感には従うべきだと思う。さっきも電話ボックスに入ろうとして、私が何も言うまでもなく躊躇ってただろ?」


「おっしゃる通り。なんとなくあの電話ボックスには入りたくなかった……なるほど、ああ言うのが危機回避の直感なのか。けど、ぶっちゃけ、旭興荘ってどうよ? 灰峰姉さんから見て……正直に言ってくれて構わんよ」


「うん、思ったよりは、普通だったね。何か気配はするんだけど、ぼんやりしてて解りにくい……徳重辺りは何か感づいてるようだったけど、口に出すまでもないと思ってるんだろうね。さっきの話だと、相場ガン無視で割とガチな感じの事故物件……そう思っていいみたいだね」


「ご名答……姉さんに隠しててもしょうがないから、正直に言うけど、家賃安いのはそう言う事なんだ……あのアパートで死人が出てるのはどうも事実らしい。でも、あの部屋に関しては、前に住んでたヤツも、二年くらい住んでて、結局、何もなかったって言ってたしなぁ。店の古株従業員が色々言ってたけど、あんまり気にしないほうが良さそうではあるね」


 清溝のおっさんが言うには、赤いコートを着たショートカットの若い女の幽霊が出る……そんな話を聞かされていた。

 

 何かを訴えたり、怒ったりするのではなく。

 ただニコニコと微笑みながら、姿を表して、ペコリと頭を下げると、すぅーっと居なくなってしまう。

 

 話だけ聞くと、訳がわからない。


 テレビで当時、アイドルとして有名だった広末涼子を見て、この子に似てる美人だったぞ……とか、言ってて、他の従業員に白い目で見られてたものだ。


「そうだね……。そう言う事なら、これ以上は黙ってるとするよ」


「なんか、あるの?」


「うん、解らないなら、それでいいと思う。私も、確証が得られてるわけじゃないからね……。君が問題にしてないなら、おそらく、問題ないんだろう。それより、このコンビニかい? コミュニティーストアとはまた、渋いコンビニだね」


 もうコンビニの目の前まで来ていた。

 必然的に、話は打ち切り……そう言うことだった。


「まぁね。ちなみに、昼間は看護婦さんや医者やら、市民病院の関係者でごった返すけど、夜になるとお客もほとんど来なくなるし、全体的に品薄になる……なかなか、微妙なコンビニじゃあるよ」

 

 灰峰姉さんも電話を済ませて、コンビニで適当に食料やら飲み物を買い込む。

 

 ペットボトルコーラやら、ポテチやらおにぎり、カップラーメン。

 貧相ながら、若者にとっては、定番の買い物。

 

 ビールやら日本酒やらは、先に須磨さん達が買い込んでたし、俺はアルコールに強くないから、基本的にあまり飲まない。

 冷蔵庫があるわけではないので、なま物のような日持ちしないものは買わない。

 

 二人で、無言のまま、町田街道沿いを歩く。

 暫く歩くと、須磨さんと小角ちゃんが向かってくるところに、鉢合わせた。

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