最悪な出来事
最悪。そんな言葉は使わないようにしていた。
最近の若者は気軽に使ってるみたいだが、そんな簡単に最悪なんて言葉を使うべきじゃないと思う。
今までいろいろなツライことに耐えてきた。就職氷河期と呼ばれ、1人100社は当たり前の就職活動を勝ち抜き、理不尽な上司のパワハラ、時間と金を無駄にする接待、家族のために、自分のためにと耐えてきた。正直辛かったが、まだ俺より不幸な奴がいるはずだと思って、最悪という言葉だけは避けてきた。
だけど。
いやだからこそ。今この時は使わせてもらいたい。この状況を最悪と言わずになんといえばいいのか。
仕事はクビになり、家族には通帳持って逃げられて、挙句の果てには車にひかれて入院をしている。
もう一度言おう。最悪だ。
最悪とは思いつつ、それでも自分から死ぬ気にならないんだから、人間ってのはずいぶんポジティブみたいだ。
もしくは自分に勇気がないだけか。俺の場合はこっちのほうが正しい気がする。
ただ最悪からも学べることはあるらしい。最悪って状況は人の判断を狂わせる。
入院中の俺の目の前にあるのは、古ぼけたランプ。ランプって言っても灯りじゃなくて、よくおとぎ話に出てくる魔法のランプみたいなやつだ。名前は知らないが、本格的なカレー屋で出てくるルーを入れるやつに形は似てる気がする。
なぜこんなものが病室にあるのかって? 俺だって知りたい。
いや知ってはいるんだが、あまり認めたくないというか……
さっき話した通り、会社も家族も繋がりが無くなって、その直後に入院したわけだから誰も見舞いに来てない。だけど一人だけこの部屋を訪ねてきたやつがいるんだ。
最初はいつもの無愛想な医者だと思ってたから、ずっと本を読みながら会話してたんだ。だけどふと目を向けてみると、どこのかわからない民族衣装みたいなのを着た変な女が立っていた。
そいつはカタコトの日本語で俺の周りに負のオーラが立ち込めてるって言うんだ。そんなこと言われなくてもわかってる。散々な目に遭ってるからな。
で、そいつが言うにはこのランプが幸運をもたらすっていうんだよ。
……いや、わかってるって。俺だって実際こういう状況になるまではさ、幸運の壺とか買うやつの気持ちがまったくわからなかったよ。
でもな? 藁にもすがるっていうかさ、ここまで落ち込んじまうと、もう自分の力ではどうにもできない気がしたんだよ。だから金で解決できるんだったら、それでもいいかなって……
だからわかってる! わかってるから今こうして後悔し始めてるんじゃないか!
でも後悔したって金が返ってくるわけでもないし、とりあえず幸運が来ることを信じて肌身離さず持ち歩いてるんだが……一向に幸運はやってこない。
ふと思い立って魔法のランプのように擦ってみた。その時、運命は動き始めたんだ。
魔法のランプと聞いて誰もが思い描く、典型的な形をしたランプの横側を擦ってみると、口先から煙が出て、不思議なことにあまり広がらずに、俺の前に大きな塊を作り出し、徐々に形を成し始めた。
そしてそれは人となった。
「よっ! お初っ!」
やたら元気なおばさんだった。
「……あ、あんた誰だ? どっから入った?」
「どっからも入ってないよ。そこから、出てきたんだよ」
謎の人影は俺の手元にあるランプを指さしていた。いやいや、そんなまさか。
「お前さんだって自分の目で見てたろ? 煙が集まってその中から私が出てくるのを」
確かに見ていたが、まさか本当に?
「じ、じゃあまさか……あんたはランプの精か?」
「ランプの精! ランプの精ときたかあっははは!!」
おばさんは腹を抱えて笑っている。バカにされてる気がしてなんだか腹が立ってきた。
「ランプから出てきたら普通ランプの精とか魔人とかだと思うだろ。違うっていうなら、あんたは何者なんだ?」
「あーいやいや、機嫌を損ねたなら悪かった。悪気があったわけじゃないんだ。あまりにもベタでね」
素直に頭を下げてながらも腹を抱えている。忙しないおばさんだ。
「で? 結局何者なの?」
「占い師さ」
占い師? と眉をひそめておばさんを改めて見る。言われてみれば確かに、夜の駅前とかにいそうな紫のヴェールみたいなのを被った格好をしている。あとは水晶を持っていればもうテンプレだ。
「そう。占い師。呼び出してくれたあなたの、ラッキーアイテムを占います」
「……待ってくれ。ランプから出てきてまでやることが、ラッキーアイテムを占うだけなのか?」
「占うだけだなんて! そのラッキーアイテムを身につけることで、あなたは命を救われるのです」
胡散臭さが増してきた。急に喋り方も変わってきたし。どうやって追い返そうかと考えていたとき。
「あなたは社会にも家族にも見放され、そして運にも見放されたから今ここにいる。そうでしょう?」
「……あんた、どこまで知ってるんだ?」
「奇しくもあなたが仰ったとおり、ランプから出てくる程度の存在ですから。見ればわかります」
まさか、本当に人間じゃないのか?
「人間ではありませんよ。やっていることは人間の占い師と同じようなものですが」
心を読まれた!?
「先ほども言ったでしょう? その程度の存在なのです。ちなみにまだ20代ですからね?」
なるほど。おばさんと思ったことを根に持たれている。とりあえず心が読めることは信じざるを得ないようだ。
「あの、心を読むことは出来るのですが、出来れば会話で進めたいのですが」
最初とだいぶキャラが違う気がする。占いモード的なのがあるのだろうか。まぁ俺としてはこのくらいの方が喋りやすくて助かる。
「あ、あぁ。すまない」
「いえ。それで早速ですが、あなたのラッキーアイテムをお伝えしてよろしいですか?」
とりあえず聞くだけはタダだと思い聞くことにした。
「教えてくれ」
「あなたのラッキーアイテム。それは、ツノです」
……ツノ?
「それは、サイとかの頭にある、ツノってこと?」
「はい。そのツノです」
やはり詐欺か。
「さっきあんたは命を救うラッキーアイテムって言ったよな? ツノが命を救うってどういうことだ? ツノを身につけるってどうやるんだ。ツノが幸運を呼ぶとか聞いたことないぞ!」
「勘違いをされているようですが、幸運を呼ぶとは言っていません」
そうだったっけ。
「はい。命を救うためのラッキーアイテムがツノなんです。そして身につけるというのは、こういうことです!」
そう言いながら占い師は、俺の頭に向かって何かを叩きつけた。
「うわっ。なにすんだ」
「これがツノです。あなたの命を救います」
鏡を見ると自分のおでこからツノが生えていた。取ろうとしたけど、接着剤か何かついていたのか取れない。
「おい! これはずせよ!」
「外したら今夜、死にますよ?」
「……は?」
むしろツノをつけてるせいで、レアもの扱いされて医者に実験とかされて殺されそうだが。
「ラッキーアイテムっていうのは期間が決まっていて、今夜のラッキーアイテムがツノなんです。それがないと、あなた今夜死にます」
「ちょっと待ってくれ。もっと分かりやすく説明を……」
「している暇はないんです。まぁ説明をしてもしなくても、あなたのツノはしばらく取れないでしょうから命は守られるんですけどね。あぁ、なんていいことをしたんでしょう私は!」
もはや会話ではなく、独り言のように喋り始めた占い師。その体がすこしずつ煙に変わり始めた。
「お、おい待てって! このまま消える気か!?」
「残念ながらお時間ですので。命を助けた私のことをお忘れずに。最後に一つだけアドバイスを」
「いや、だから待てって!」
占い師は男の言葉を無視して、最後のアドバイスを告げた。
「強く生きるんですよ」
全くアドバイスになっていない言葉を残して、占い師は煙となって再びランプの中へと戻っていった。
「……わけがわかんねえよ」
この後何度か擦ってみたが、占い師が再び現れることはなかった。
結局ツノも取れないので、仕方なく布団を頭までかぶったまま、眠りについた。
どのくらい寝ただろう。あたりの騒がしさで目を覚ました。今何時だ。布団をかぶっているせいですぐに時間がわからない。
時計を見ようと布団から出ようとしたとき、突然布団をはぎ取られた。
「う」
なんだ? と見やると、ベッドの傍らには布団をはぎ取った人が立っていた。ただし、通常の人間とは異なる特徴が一つ。
「なんだ、潜入組のやつか」
目の前の人間にも、ツノが生えていた。鏡で見た俺のとそっくりのツノが。
「こんなとこでサボってると隊長に怒られるぞ。見つけたのが俺でよかったな」
ツノ人間は素敵な笑顔で、体を起こした俺の肩を叩いた。
なんなんだ。何が起きてるんだ。
「い、いったい何の騒ぎなんだ?」
「おいおい寝ぼけてんのか? 作戦決行は地球時間2019年5月18日深夜1時って決めてあったろうが」
作戦? 地球時間?
「潜入組が攪乱して、俺ら突入組が制圧するって作戦だったのにお前ときたら。うまく楽しやがったな」
笑顔で小突いてくるツノ人間。制圧ってまさか……
「もうほとんど制圧も済んでるから、いよいよここでの生活が始まるな。文化を学ぶためにこの星の言葉で話すってのもいいんだけど、皆殺しってのは俺としてはあんまり……な」
皆殺し……? 不穏な単語を聞いたせいで全身から汗が吹き出てきた気がする。
「文化を学ぶのに皆殺しってのはなぁ……いや、わかってるよ。国王が人見知りで、他の惑星と交流持ちたくないって駄々こねてるってのが真相なんだろ? 国王の意見じゃ仕方ないよな」
そんな理由で……
「さて、そろそろ戻らないと。祝いの宴をした後に、みんなで惑星探索だ」
ツノ人間は部屋を出て行った。
しばらく呆然としていたら、先ほどのツノ人間が戻って来て、無理やり連れて行かれた。
連れて行かれた先に、ツノのない人間は一人もいなかった。当然、今まで出会ったことのある人間は一人もいなかった。
どうやら占い師の言うとおり、ツノをつけていたおかげで俺だけ命は助かったらしい。
こうして俺は突如、人類最後の生き残りとなった。
地球人だとバレたら、俺は殺されてしまうのだろうか。
ツノはしばらく取れないと占い師は言っていたが……
あぁ、やっぱり最悪なんて言葉は使うものじゃないな。
昨日より、今日のほうがよっぽど最悪じゃないか。