後日談 アナライアの話6
ジニーの話の何がそんなに楽しかったのか聞いてみたら、
「彼の話を他の人から聞くのは新鮮で楽しいわね」
とそれはそれは嬉しそうに言われてしまいました。
ええ……なんなの、惚気なの?
たしかジニーは「王太子はちょっと」という話だったと思うんだけど。
まあ、いいか。思っていたよりもこのアニーも彼にベタ惚れだったということだ。い、良いんじゃないかな。
え? 羨ましくなんて、ないんだからー……。
さて気を取り直して、お次はお客様ですよ。
侍女頭を巻き込んでいるから、当然お茶出し係に立候補です。
こまごまとメイドの仕事をしているうちにどうやらお客様がいらしたようですね。
二人でしずしずとお茶のワゴンを押して、王太子の応接室に入室です。
ほうほうどうやらお客様はロード侯爵のようですね。スローデル公爵がいなくなった今、めきめきと頭角を現しているという噂の人です。今日は何しに来たんだ?
アルストラが私を見て少々睨んできているようだけれどさっくりと無視。私に気を取られてアニーには気付いていないみたいなので良いですね。
ロード侯爵はやたらとお高そうなキンキラな服装ででっぷりとした体を包み、応接室のソファに沈み込んでいる。そして時間が無いのかお茶を出している間にも、ひたすらしゃべり続けていた。
「あまり昔の制度を軽んじるのもいかがなものかと私のような年寄りは思うのですよ。今の王族が少なくなってしまった理由、それはまさに側室制度の廃止ではありませんか。私は心配しているのですよ。王太子殿下も将来王におなりになられるのですから、諸国の王にならって側室を設けられても、何も困ることはありますまい」
どうやら王太子に側室を設けさせようとしているらしい。たしかこの侯爵にも年頃の娘がいたはずだ。
今の王家には側室いないからねえ。でも今はアニーが聞いているのよ。ちょっとタイミングが悪かったかなー、なんて思っていると。
アルストラが憮然とした顔で、
「必要ない。私には妃は一人で十分だ」
と即座に却下した。
やだー怒ってるー。すごい威圧オーラで侯爵を見ているよー。
しかしロード侯爵もそれは想定内の反応だったのかひるまずに続ける。
「しかし過去の歴史を振り返ると、お妃さまがお世継ぎをお産みにならなかった例もたくさんあるのですから、念には念を入れておいて損はありますまい」
わあおう、ちょっと今はやめて? そのお妃さまが今ココにいるからね?
ちらりとアニーを窺うと、どうやら表面上は動揺してはいないようだ。
落ち着いた手つきでてきぱきと片付けをしている。うん、流石だね。強いわこの人。
そしてもうちょっと聞いていたかったけれど、とうとうどこにも仕事が無くなってしまった私たちは渋々部屋を退出した。
なんだか思っていた以上に危険な話題だったわね。
「ええっと……大丈夫?」
思わずお茶のワゴンを押していたアニーに聞いてみると。
「何が? ああ、側室の話? そんなのどこの王室にもある話だし、ああいう貴族は必ずいるものよ。でも彼が必要ないと言ってくれたのを聞けてとても嬉しかったわ。なるほどあれが『狸おやじ』ね」
おう、ちょっと目がすわっているけれど、どうやらダメージは無いようだ。
「だからあの『狸おやじ』の娘が私に強気にいろいろ言って来ていたわけねえ。ふうん?」
って、アニー、本当に強いわね。そしてどうやら色々吹き込んできていたのも誰だか見えたわね。
「ありがとうアナ。私、今のディグの言葉で彼の気持ちがわかったわ。勝手に不安になっていては駄目ね。私もちゃんと応えなければ」
にっこり。
うん、しっかりしているね。アルストラもよくこんな人を見つけ出したわね……。
私はこの時のアニーの様子を見て、今後間違ってもこの将来の王妃を敵にまわすのはやめようと思ったのだった。将来この人がアルストラを味方につけて、アルストラと同じ武器を手に入れて使い始めたら……いやあ~怖いわ~……。
そして次の日、アルストラの予定を確認した私は笑ってしまった。
どうやらロード侯爵は、このために昨日来ていたらしい。
ほうほうなるほどー?
本日の王太子殿下のご予定は、午前は恒例の朝議と補佐官との打ち合わせ、あと執務。
だけど午後はずっとロード侯爵主催の「王太子殿下のご婚約をお祝いする会」という建前のパーティーだった。たくさんの貴族の令嬢と令息を集めての大規模なガーデンパーティーだ。
なんだこれ。よく出る気になったなアルストラ。
どうせ何かと面倒なしがらみでもあったのだろう。大変だね、王太子っていうのも。
そしてアニーも出るのね、婚約者として。じゃあ午後はローズはいないと。
ふんふん、もちろんついて行くよね~? アーニャ様の侍女として!
ロード侯爵家の王都の館は広くて、その広大な庭に巨大なパーティー会場が作られていた。
そしてそこには「あわよくば王太子の側室になって将来の王の母に」な令嬢たちとその両親と、どうやらその令嬢たちに「アーニャ様を落としてあわよくば婚約を白紙に」とでも言い含められたのではと疑うような見目麗しい青年たちが集っていた。
王太子とその婚約者のアーニャ様が到着すると、さっそく二人は別々に引き離されて取り囲まれる。
アーニャ様の侍女の私と王太子補佐官のリチャード様が、その様子を会場が見渡せる少し端っこの方からのんびり見学していた。
「楽しそうですねえ」
隣に立つリチャード様が言う。
「そりゃあ楽しいでしょー。見て、あの光景! 最高に着飾った令嬢たちに囲まれる冷めた目のアルストラと、美麗な青年たちに囲まれてチヤホヤされているアニー! アニーが一見嬉しそうにほほ笑んでいるのがアルストラとは対照的ね」
いやあ貴族の方々にとって私たち使用人なんてそこらの木と変わらないので、思う存分見学し放題だ。
令嬢たちがほほ笑みながらアルストラに媚びを売り、青年たちがアニーに美辞麗句を並べ立てる様を思う存分堪能する。
一見華やかで美しい光景なんだけどねえ。それぞれの胸中を考えると、笑えるね。さながら戦場とでも言いましょうか。
「昨日のアーニャ様とのお茶会の後、殿下の機嫌が直っていたようですが、何をしたんですか? どうせあなたが何かしたんでしょう? ぜひ理由を教えていただきたいものです」
「え? それはもちろん企業秘密ー。そうそう手の内なんて明かせません。それより見て、あのハイエナたちの空しい努力」
特にロード侯爵令嬢は本日のホストとして張り切っている様子。まああの態度、ご自分の美貌に自信がおありのようですね。でも私の見たところ、とてもお化粧の腕の良い侍女がいるというだけだ。素顔は普通じゃない?
そして彼女には残念だけどアニーって美人だし、そうでなくてもアルストラは別に面食いというわけではないのよねえ。
あら、勝てる要素が無いわね? ふふ残念ねえ。
そんな感じで内心ニヤニヤと眺めていたら、どうやら早々に王太子略奪作戦から脱退したらしい令嬢が一人、こちらに歩いて来た。彼女はまっすぐに私の隣に立つリチャード様の所に来て言う。
「ごきげんよう、リチャード様ですわよね? 突然話かけるなんてはしたないとお思いでしょうが、申し訳ありません。でも私、サウト国のお話にたいへん興味がありまして、ぜひかの国のお話をお聞きしたいと思っていたのですわ。リチャード様はサウト国に留学なさっていらしたのですよね」
んん? たしかどこぞの子爵の令嬢だったような? そしてどうやらそのうっとりした顔、興味があるのはサウト国ではなくて彼自身だと雄弁に語っているような?
おおっと、狙われているよ、リチャード様。さすが将来有望かつ私が技術を駆使して素敵演出している青年。ほほう?
「そうなのですか? でも私は今職務中ですので、お話は出来ないのですよ、申し訳ありません」
そしてすげなく断るリチャード様。
「まあ、それはお仕事の邪魔をして申し訳ありません。では、今度我が家のお茶会にお招きしてもよろしいでしょうか」
食い下がる子爵令嬢。
「嬉しいお話ですが私は補佐官として昼夜働いていますので、なかなかお招きにあずかる時間がなくて残念です。ですがサウト国にご興味があるようでしたら、良い留学仲間をご紹介することは出来ますよ」
「ああ、いえ、そんな……」
だーかーらー、目的はそっちじゃないってばー。まあわかってはいるんだろうけれど。
すごすごと退散していく子爵令嬢。いやいや、あなたも本気ならもうちょっと粘れないと、令嬢同士の殿方争奪戦に勝てないわよ? 頑張ろう?
「リチャード様、もてもてねえ?」
にやにやと隣を見て言ってみる。
「いえいえ、モテているのは私ではなくて私の肩書ですからね。せいぜいクビにならないように励まないと」
「あらその割には王家の姫への態度が悪い気がするのだけれど?」
「おやそうですか? でもまさか王家の姫が侍女のお仕着せなんて着てこんなところにいるはずはないので、問題ありませんね」
「言ってくれるじゃないの」
まあ、うららかなお日様と一見和やかなお茶会の風景の中、あえて喧嘩する必要もないから流してあげるけど?
だって私は麗しい青年たちに囲まれてほほ笑むアニーの方を、しきりに気にするアルストラが眺められればそれで満足ですから。
隠しているつもりかもしれないけれど、長い付き合いの私にはバレバレだ。楽しいね!




