後日談 アナライアの話2
不機嫌な顔だこと。
せっかく整った顔だというのに、眉間に皺、そしてすわった目と引き結んだ口元。
もう太るのは嫌だと言うから、髪色を戻して超短髪に切って日焼けをしてもらった。そして髭をたくわえる。
さらにちょっと痩せてもらう。健康的な感じから、ちょっと過労でやつれた感じにしたかったから、下剤で二日ほど頑張ってもらった。なぜか目つきが悪くなったので、さらに良し。
いい感じじゃない?
私としては、これで随分前と雰囲気が変わったと思うのだけど。
前は溌剌とした白い肌に染めた黒い髪。今は軽く脱色した本来の茶髪と髭、日焼けした肌、そしてちょっとこけた頬。
ふふ逆転~。
緑の目だけは変えられないけれど、白目を充血させる薬はあるわよ?
そう言ってみたけれど、即座に拒否されてしまった。
もう、どうせやるなら徹底的にやった方が効果が高いのに。
しかし最初に会った時には大人しくなすがままだったのに、三年も経つと随分図太くなったというか、偉そうになったというか。
仕方がないから双方の納得のできる妥協点で手を打つことにした。
「肌は化粧で日焼けの感じを増幅するから、このクリームを使ってね。だんだん薄くしていく予定だから随時新しいのを渡すわ。だから遠慮なくばんばん使ってちょうだい」
そう言って茶色のクリームの入った容器を渡す。
目の前の不機嫌な顔のリチャード様は、一応お礼を言いながら受け取った。
「でも、こんなに見かけを変えなくても、どうせ誰もこんな身分の低い人間には目もくれないと思うんですよ」
と彼はブツブツ言っているが。
「何を言っているの。誉ある王太子補佐、しかも外国人なのに異例の出世。そしてアルストラが今まできっちり仕事をしたから仕事の評価も上々。そんな人が功績をあげて国費で留学して帰ってきて最初の表舞台なのよ。注目されるに決まってるじゃないの」
そう。そういう設定になった。
スローデル公爵のボロボロ出て来た不正を暴いた功績の一部をリチャードに振り、褒美としてサウス国に三か月の間国費で留学したことになったのだ。
まあ実際に留学したのは一か月だったけれど。
残りの二か月は何をしていたかというと、もちろん入れ替わりのための引継ぎだ。ボロが出ないように入念にすり合わせたらしい。
そして彼は三か月の留学で、サウス国の影響を強く受けて多少言動が以前と違う人になって帰って来た、という流れにする。三か月では多少無理があるかもしれないが、仕事がそれ以上空けられなかったという事情のためこれで押し切る。五人で回していた仕事を四人で回すのは一か月でもどうやら大変だったらしい。まあ公爵の件の後始末もあったしねえ。
王太子? あっちは元々そういうのは得意だからね、上手く誤魔化すだろう。多少おかしいと思っても、熱愛を実らせて浮かれているとでも思わせておけばいい。それに面と向かって異を唱える人なんていない。
王族なんてそんなもの。黒を白だと丸め込めなくてどうする。
ちょっと異国かぶれの見かけになって、リチャード様の方は本当に別人のようになったからまあこんなものでしょう。あとは半年から一年かけて本来のリチャード様に少しずつ戻っていってもらえば完成だ。
では、私も心置きなくまた研究と息抜きを兼ねた侍女生活に戻るとしますか!
侍女仲間の間では私は、「変わり姫」であり「引きこもり姫」でもある王弟の娘、アナライア姫のお気に入りの侍女ということになっている。だからあまり見かけないのも「変わり姫」に拘束されて別行動させられている、ということになっているため、たまにふらっと侍女の姿でウロウロしても、あら久しぶり~手が空いたのね~程度の反応になって大変都合がよろしい。
王位継承から遠い姫は、王宮内での立場が軽くて行動も比較的自由だ。
病のために継承権を放棄して寝込んでいる王弟とその家族を、情け深い王が王宮で丸ごと面倒を見ているという言わば居候という本来ならちょっと肩身の狭い立場だけれど。
でも王には子供はアルストラ一人だけで姫はいないので、居候な割には王にも娘代わりにとても可愛がっていただいている。
それに父が倒れたのはもう私が幼い頃だから、その時から私は王宮でアルストラと兄妹同然に育った。
結果、私は王と王太子に多大な影響力を持つ人間として一目置かれている、はず。
だから肩身は狭くないのよね。絶世の美女として、国民の人気も高いしね。国民の人気は大事です。
え? 美女? そこのところは、まあ、その、化粧と変装技術の勝利です、はい。
なにしろ趣味の侍女兼メイド仕事を続けるには、アナライア姫だとバレるわけにはいきませんからね。でも侍女姿の時に厚化粧なんて出来ないから、自ずとアナライア姫として表に出る時に厚化粧になって、別人を演じることになるんですよ。そんな長年の努力の甲斐もあって、私の技術は非常に向上しました。
ええはい、趣味を続けるために必死ですが何か?
そして今日もお仕着せに身を包み、同僚と仕事の合間に馬鹿話をしながらくるくると働きます。
そしてメイドの楽しみと言えば、なんといっても食事の時のおしゃべりですね。
「リチャード様が帰って来られたわね! なんだか精悍になっていて、かっこいいのよ~」
おや今日のお昼ごはんの話題はリチャード様ですか。
「見た! 日焼けしてますますかっこよくなったよね! 思わず見とれていたら、私に気付いてにっこり笑いかけてくださったのよ!」
勢い込んで話すジニーは、イケメン大好きな上昇志向の上級メイドだ。目標はずばり、玉の輿。
「でもリチャード様は外国人だし貴族といっても家督は継がない立場だから、どこかいいお家のご令嬢と政略結婚するんじゃないの? 後ろ盾が必要でしょ。間違ってもメイドと恋愛結婚なんてしないから諦めな」
常に冷静な同じく上級メイドが言う。
「そんなのわからないじゃない! 王太子殿下だって恋愛結婚する時代よ? 王太子補佐官だったら将来は重責に着くのはほぼ決まっているんだから、爵位は無くても立場はある。私はぜんぜんそれでいいのよ~。そしてイケメンだったらもう最高です」
ジニーも負けてはいない。目が爛々としている。
まあ他の補佐官たちはみんないいところの貴族の坊ちゃんばっかりだし、近づきづらいというのはわかる。リチャード様はその点では近づきやすいというか、親近感が湧くのだろう。
最近までは美男子で名高いアルストラが化けていたしね。
しかしあのいつも私といると不機嫌な男が、他の人の前では愛想が良いんだから呆れるわね。
そして何故かメイドや他の令嬢たちに密かに人気なのにも驚くわ。
「アンナは? リチャード様素敵だと思わない?」
「思わない。私はむしろアーサー様派だわね」
思わず即答してしまった。ジニーが「ええー?」と不本意そうな顔をするけれど、だって、ねえ?
私といる時は大抵私を警戒しているか小言を言うか、それとも恨みがましい目で見てくるかだからね……ときめくような瞬間など無いわ。
取り敢えず一番身分の高い人を上げておけば可能性が絶望的なので平和に過ごせると計算してみた。職場で余計な争いは出来るだけ避けたい。
公爵家の嫡男とメイド、うん、ないない。我ながら安心安全な人選である。
しかし私の変装技術の粋を集めた結果の今のリチャード様、結構好評のようで嬉しいわね。自分の作品が褒められて悪い気はしない。思わずニヤニヤしてしまう。
まさかこんなにきゃあきゃあ言われるようになるとは思わなかったけれど。
なんてまんざらでもない気分で楽しくお昼ご飯をいただいていたのに。
「悪いがそこのアーサー派のお嬢さん、そう君、アンナ、ちょっといい?」
すっかりご機嫌で食べていた食事を思わず吹き出すかと思ったわよ。危なかった。
「なんでこんな所にいるんですか、リチャード様」
思わず半目で睨んでしまう。あなたはもっと上の階層に居るはずではないんですかね。
でも今の私は侍女兼メイド。立場は圧倒的にあっちの方が高いのだった。しくしくしく。
そして仕方なく、後ろで響き渡る無言の悲鳴をビシバシ背中に感じながら、私は食事を中断してリチャード様に連行されたのだった。




