番外編 リチャード・グレンの回想4
ひたすら王太子に八つ当たりされる僕の立場に同情した先輩方が、日々の仕事の打ち合わせと称してアニーと王太子が毎日二人で会えるようにセッティングしてくれたのに、どうやら全然手ごたえが無いらしく王太子の機嫌は直らなかった。
「もう! 普通に告白してしまいなさいよ! 行け!」
アナライア姫がじりじりして、しょっちゅうハッパをかけているのだが。
「でもアーニャの態度が冷静なんだよ……。ぜんぜんうっとりも切なげにもならないんだ! 会話も仕事の話しか出来ない雰囲気で口説くきっかけもなかなか……。もうアーニャが仕事熱心すぎるのが悪い。これならまだイストにいた時の方が雰囲気が甘かった……。今うっかり告白なんかして、しかも王太子だなんて言ったら、絶対に身分違いとか荷が重いとか言われて断られるに決まっている」
となんだかんだと落ち込む王太子。
その割には確実に既成事実を積み上げてはいるんだよね。そういうのは得意なくせに。
自ら撒いた噂が発展して、今や世間は王太子(仮)の熱愛とプロポーズがいつかという話題で持ち切りだ。
でもアニーもよくよく見ていると、いつもアルストラ王太子の方を目で追っていたりして、結構気にしていると思うんだけどな。実はアニーも彼のことが好きなんじゃあないの?
もう早くくっついてくれないかな。
王太子もとっとと告白すればいいのに。
アニーは単に仕事モードなだけじゃあないのかな。
少なくとも彼女の溺愛演技にいちいち動揺してその都度僕に八つ当たりするのは本当に止めてほしいものだ……。
それでも少しずつでも距離を縮めて仲良くなるように頑張ればいいのに、アニーの反応の薄さに痺れを切らしたこの王太子は、ある日とうとう悪手を打ってしまったのだった。
関係者全員があっけにとられた。
「アルス! それはマズいだろうよ! お前、彼女にしてみたら他の男に嫁に行けって言われたことになるぞ」
アーサー先輩が叫んだ。
「わかっている……わかっているんだよ。でも、アーニャがイストに帰るって話をするから……。どうしても帰したくなかったんだ……」
頭を抱えて後悔するアルストラ王太子。
「しかし彼女も了承するとはねえ……。まあ、良かったんじゃあないの? つまりは王太子妃になるって言ったんでしょ? 良かったね、結婚できるよ、従兄弟殿。少なくとも身分で断られることはなくなったね」
アナライア姫が慰めになっているか微妙なことを呆れた目で言った。
「そう、それだ。だから計画の順番を変えてとりあえずは外堀を埋めることにした。婚約発表はできるだけ早くする」
「ええー、いいのそれ……?」
アナライア姫のそのセリフは王太子補佐官五名の全員の本音だった。みんなが微妙な顔になる。
だけど。
「せっかく言質をとったからな! このチャンスを逃したら彼女が逃げるかもしれないじゃないか。またイストに帰るなんて言われる前に婚約だけでも確定したい。計画としては早まったが、既定路線には変わりない。まずは先に養女手続きだな」
早速動き出した王太子のタフさにはただただ驚くばかり。
「……まあ、頑張って。仮の婚約者さん。あそこまで盲目とは思わなかったわ。びっくりよ。結婚式までには公爵の件が解決しているといいわね」
アナライア姫が僕の肩をポンポンと叩いて、同情を込めた目で僕を見たのだった。
ええー、僕、影武者のまま結婚式を挙げるかもしれないの……?
しかしその王太子の婚約発表で、ようやくスローデル公爵の方も慌ててくれたようだった。
公爵としても、暗殺が失敗して令嬢が輿入れ出来なければ一気に王権から遠ざかることになるからさすがに焦ったんだろう。やっと僕たちは公爵の「敵意」の証拠を掴む事が出来たのだった。
時間をかけて間者を大量に忍び込ませていたかいがあったというものだ。
さあ、攻撃をしかけよう。
そう我々が思った矢先の出来事だった。
アニーが訪問した伯爵家で毒を盛られてそのまま拉致されたのだ。
あんなに護衛で固めていたのに!?
補佐官の僕たちはショックを受けた。
そしてアルストラ王太子が見たことが無いほど激怒した。
僕はあの人が怒鳴るのを初めて見たよ。
毒に関しては侍女に化けた毒の専門家であるアナライア姫がなんとかしてくれたと思いたい。彼女より毒に詳しい人物なんてきっと国内にはいない。ただ、その後アニーと姫が一緒に拉致されたのは失敗だった。人質に取られたようなものだ。攻撃の失敗はそのまま二人の命に直結するだろう。
こちらの警護の裏をかかれたということは、情報が漏れているかもしれなかった。つまりはこちらの計画も漏れているかもしれないということだ。
即刻の計画の見直しと、練り直し、そして対策が必要だった。
幸いなのはアニーが倒れた時、すかさずアナライア姫がその場で姫とアニーの『龍環』をまわりに示したということだから、とりあえずは手荒な事はされないはずだ。
『龍環』を持つ者を許可無くむやみに触っても反逆罪になる。
せいぜいが監禁するのが関の山だろう。
ただ何日無事か……。
日に日に王太子の焦燥が濃くなってゆく。
ただ救出するだけでは逃げられる。決定的な証拠とともに確実に公爵の身柄を押さえるのが絶対だった。
我々も寝ずに打てる手を洗い出して、急いで打ってゆく。
緊張の日々が続いた。
「アーニャ……無事だろうか」
王太子が何度も呟くが、誰も慰めの言葉を持っていなかった。
僕は一緒に拉致されたアナライア姫も少々心配だったけれど、まああの姫のことだ。アニーよりはたくましく過ごすかな。アニーも一人よりはあの図太い姫と一緒で良かったと思いたい。
ひたすら計画を練って指示を飛ばしていた王太子がとうとう若干錯乱して、
「スローデル、八つ裂きにしてやる……見てろよ……」
とブツブツいいながら物騒な目つきをし始めた頃、とうとうそのスローデル公爵が動いたとの知らせが入り、一斉に全ての計画が発動されたのだった。
王太子がそのまま駆け出して行く。
そして我々もそれぞれの役割を果たすべく、散ったのだった。
王太子が無事連れ帰ってきたアニーの姿を見て、僕は心からほっとした。
なんだか顔は赤いが元気そうだ。
しかもなんだか王太子と仲良さそうにしていたから、そっちもなんとかハッピーエンドだと思いたい。
公爵が無事逮捕されたから、きっと僕も影武者としての使命は終わるだろう。
「はあやれやれ。無事終わったな……」
思わずそう呟いたら、突然後ろから声がして驚いた。
「あら、まだ終わっていないわよ? 今度はあなたとアルストラの交代をしないといけないでしょう? また私の出番が来たわね! さあ、顔をいじるわよ? それとも今度は太る? その方が早いかしら。アルストラの方はまた昔のあなたみたいに私が化粧して人相を今のあなたに似せるけど、そのアルストラにそっくりな『リチャード・グレン』が存在しては駄目よね~?」
そう、そこにはニンマリと笑うアナライア姫が立っていたのだった。
彼女は変身の天才だ。今回の交代劇も、もしかしたら彼女無しでは出来なかったのではないだろうか。でも。
「アナライア姫、あなたも、よくご無事で……」
僕はかつての壮絶なダイエットを思い出して、思わず遠い目をした。
今度は一体何をされるのだろうか。もう怖さしかないんだけど……。




