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捨てられた令嬢は、いつの間にかに拾われる  作者: 吉高 花 (Hana)
番外編

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番外編 リチャード・グレンの回想1

補足なのか蛇足なのか非常に微妙なところですが、番外編になります。

お話の裏側がどんな感じだったのか、おまけ的に覗くのもまた一興かと。

【ネタバレ注意】

本編より先に読むと全てが興ざめになりますので注意です。

 

「首席、リチャード・グレン」


 自分の名が呼ばれて、僕は返事をして立ち上がった。


 この瞬間のために僕は六年もの間、死ぬほど努力してきたのだ。

 胸を張って檀上に上がる。


 僕を馬鹿にした級友たち、そいつらの目の前で、僕は首席の証の金時計を受け取った。


「小国出身のよそ者」

「でぶっちょのガリ勉」

「貧乏人」

「田舎へ帰れ」


 もう耳にタコができるほど浴びせられたその声を、もう聞かなくて良くなるのは本当に嬉しかった。

 僕は首席でこのセルトリア王立学園を卒業する。


 ここを首席で卒業すれば、国籍も容姿も関係なく、王宮で役人としての将来が保証される。僕はどうせ故郷に帰っても子爵家の三男だから、相続できる土地も財産もない。

 ならばこの大国セルトリアで出世してやる。


 そう決めてから、僕はひたすら勉強の六年間を過ごしたのだった。

 貴族の子弟しかいないこの学園では僕は最下層の立場だった。だからこの国の上位貴族の子弟たちの恰好のいじめの的になった。しかし、退学になるわけにはいかない。僕はこの学園を卒業してこの国で職を得ると決めたのだから。

 僕は歯を食いしばってやり返すのを我慢した。なんの反応も返さない僕に興味がなくなった大半の奴らから、次第に放っておかれるようになったのは幸いだった。


 ストレスで驚くほど太ってしまったが、しかしそれが何だというのだろう?


 生まれながらの既得権があるやつらにはわかるまい。

 僕は自分の足で立たねばならないのだ。



 かくして卒業式が終わった後の僕の所には、早速立派な身なりの王宮の役人がやって来たのだった。


「リチャード・グレン、首席での卒業おめでとう。君は王宮でセルトリア王家にお仕えする気はあるかね?」


 もちろん即答だ。そのために頑張ってきたのだから。

「もちろんです。誠心誠意お仕えさせていただきます。よろしくお願いします」


 そう、僕は王宮で働けるということしか頭に無くて、一体どんな仕事が待っているのかなんて、その時は全く考えていなかったのだ──。



 初仕事の初日に守秘義務の契約書にサインをした。

 思えばあの守秘義務の契約書にサインをした瞬間から僕の運命は決まっていたのだろう。


 サインをしてそのままの足で連れていかれた部屋には、とっても偉そうな若者が座っていた。座っているだけでなにやらただ事ではない雰囲気のある人間。それは。


 セルトリア王国王太子、アルストラ・ディグルス・エル・セルトリアその人だった。


 その高貴な人は僕を見ると立ち上がって、その足取りも優雅に僕の目の前まで歩いて来るとにっこりして言った。


「リチャード・グレン、初めまして。これからよろしく頼む」


「……は?」


 そう、この時にはもう僕の仕事は既に決まっていて、何も知らないのは僕だけだったのだ――。



 僕はすでに書類上は王太子補佐官になっていた。王太子より若いのに大出世だ。他に補佐官のメンバーは四人。ほとんどが過去の王立学院の首席卒業者で、しかも将来有望かつ優秀な、国内貴族の中でも選りすぐりの若者たちだ。

 そうそうたるメンバーの中で、はじめは僕のような外国の貴族の端くれなんかではまた差別でもあるかと思ったが全くそんなことは無く、みんな感じの良い人たちだった。むしろ、


「いやあ非常に優秀かつ緑の目の奴が来てくれて本当に良かったよ! 計画を立てた時にはそんなに上手くいかないんじゃないかと皆で心配したんだが、いい人材を確保できたのは幸運だった。悪いな、お前のことは皆で全力で守るからな! どーんと構えてせっかくだから贅沢しろよ?」


 と、何もわからずにポカンとしている僕に、補佐官の中でもリーダー格らしいアーサー先輩が言ったのだった。

 アーサー・ロベルタ。有名な公爵家の嫡男だ。普段の僕では会話も出来ない殿上人だったが、彼が温かく迎えてくれたのは本当に嬉しかった。



 そして、僕の仕事が始まったのだった。

 なんと王太子の影武者という……仕事が。


 事情は分かった。スローデル公爵の目を欺き、王太子が動きやすくなるように。


 この国の王族は昔から一族の中で血で血を洗う権力闘争をしてきている一族だ。

 そんな王族の血を引く公爵が、その権力欲を肥大化させているらしい。


 もちろん命の危険はあった。でもそれは王太子補佐官として働くならば、それほど大きな違いは無いように思われた。補佐官は王太子と運命共同体なのだから、どのみち王太子が失脚すればそのまま補佐官たちも道連れだ。一緒に働く同僚はみんな良い人たちだったし、王太子補佐官といえば将来王の側近として高い地位を独占するエリート中のエリート。しかも長年一緒に働くうちに、補佐官たちははまるで兄弟のように結束が強くなる。この国の全ての男たちの憧れの地位だ。


 本来ならばどんなに能力があっても外国の、しかも子爵家の三男という低い身分の人間にはまず近付けない地位の人たちの仲間になれるという栄誉に、少々の命の危険など僕にはたいした問題ではなかった。


 もちろんもしかしたら影武者という仕事が終わったら放り出されるのかとも思ったのだが、王太子として行動する経験値や知識が僕の価値にプラスされるのでそのまま補佐官として一生を捧げろとの話をされ、そのために、元々補佐官になれるくらいに優秀な人間を選んだのだとも言われては、僕に断ることなどできるだろうか?


 大出世だ。少々リスクの高い数年を過ごせば、本来ならば望めなかった高い地位が待っている。

 僕は全力で取り組むとあの日誓ったのだった。


 まさかその結果、幼馴染のアニーに嘘をつくことになるなんてあの時は全く想像もしていなかったけれど。




 僕と王太子アルストラ様は、出来るだけ矛盾の無いように入れ替わるために、それからはずっと一緒に行動することになった。


 アルストラ王太子は自信家で頭も良く、見栄えもする男だった。

 こんな人間に僕はなれるのかと最初は心配したのは仕方がないだろう。


 まず最初に始まったのは僕の壮絶なダイエットだ。

 まあ基本は専属の人がメニューを考えてくれるのでそれに従うだけだけれど普通にきついし、その上たまに怪しげな薬で大変な目にあったりすることがあって、その度に激やせした。


 後からどうやら毒の研究に余念がないアナライア姫の人体実験に使われたらしいとわかって、戦慄した。王太子に容姿を似せるための化粧法を教えに来てくれた時のアナライア姫は、一見可憐で華奢な女性に見えたものだが……。

 度々凄く良い笑顔で僕に飲ませた薬だか毒だかわからないものの効果を聞いてくるのは勘弁して欲しかった。


 僕は学んだ。あの姫は危険だ。近づいてはいけない。


 だけれどその結果僕は見事に短期間での大幅なダイエットに成功し、後に王太子に擬態した僕が実はリチャード・グレンではと疑う人間なんて誰もいなかったのだから結果オーライ……なのか?

 アーサー先輩や他の補佐官の人たちが痛ましいものを見る目で僕を見ていたのは、気のせいだと思いたい。



 そして普段の生活はというと。

 常に王太子殿下と二人で行動し、ひたすら情報交換の日々だ。

 お互いの子供のころからの友人知人、家族の話、仕事の話、考え方や思考の癖、果てはちょっとした行動の癖までもが入れ替わらないといけない。



 しかし思い知ったのは「王太子」という職業だった。

 大変すぎる。


 いやあ、子爵家の三男という立場は、本当に気楽なものだったのだと思い知った一年だった。王太子としての品格と挙動が身に着くまで、長い時間をかけての地獄の特訓になってしまった。なんでこのアルストラ様は息をするように出来るんだろう?


 その上で常ににこやかに誰にでも愛想よく接し、その裏で私利私欲でゴマをすりに来た人間を看破し、言質をとられないように、不公平にならないように慎重な言動をとる。判断を仰がれれば即座に最適解をたたき出してその責任をとり、食べ物に入った毒や物理的な攻撃には常に警戒し、世間的に自分がどう見えるかを常に計算し、そして全ての動作や行動は優雅でなければならない。


 こんな生活を一人で完璧に回すなんて大変すぎる。


 補佐官たちが集めた情報を精査して、時には必要な話し合いや相談をしなければ、政策だろうが命令だろうが、一人で背負いきれるものではない。

 円滑な王太子としての公務は王太子と補佐官5名によるチーム戦だった。もしくは運命共同体。



 そんなチームでの動きにも慣れて、僕が偽王太子を演じる事もすっかりプロ級になったころ、その異変は起こったのだった。

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このお話がフレックスコミックスさんから

コミカライズされました!

捨てられた令嬢は、いつの間にかに拾われる 表紙
構成は 兎原シイタ先生、作画は 采池たく也先生です!
とっても素敵に描いてくださっているので、ぜひこちらも見てみてくださいね!
どうぞよろしくお願いします!
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