33.後日談
正式な婚約式を明日に控え、リンデン伯爵夫人が私のお部屋へ訪ねていらした。
「アーニャちゃん、とうとう明日ね! 体調はいかが? 気分は? 緊張している? 明日だけは毒の勉強はお休みしてね。だいたい解毒薬もあるんですからね、そんなにはりきって慣らそうとしなくてもいいのよ?」
そう言ってくださるおば様は優しい。
でもどうやら毒とは今後もご縁がありそうで怖いですからね。多少は勉強をしておかないと。
「いやだ! 私の方が緊張してきたわ! なにしろ大役ですからね! 足がもつれたらどうしましょう!」
って、いやいや、元セルトリアの姫が何をおっしゃっているのやら。ただ私に付き添うだけですよ。歩ければ良いのです。
今の私の保護者はリンデン伯爵夫妻なので、明日の婚約式にはリンデン伯爵夫妻が私の両親として付き添ってくださいます。
「なにしろ大事な義娘の最初の晴れ舞台ですからね。最高のお式にしないと。もちろん、あの不吉な第二王子はこっちからお断りしましたからね! 結婚式ではなくても、婚約も大事な節目です。イストの王太子夫妻が出るのは当然よね~ふふふ~」
どうやらイストからの使者として第二王子が来ようとしていたらしいですが、おば様いやお義母様が手を回して断ったらしいです。
「どうもあのキャロルさん、とうとう音を上げたみたいねえ。お妃教育が進まない上にあの王子が愚かにもアーニャちゃんを引き合いに出して文句を言っていたみたいで、キャロルさんが『じゃあもうやめる! アーニャ様と結婚すれば』って言い出したらしいわよ? それで王子が面子を潰された! って、もう大騒ぎよ。情けない。おかげで王族の権威も人気も急下降で国王陛下がカンカンよ~」
あらまあ。
「まあ婚約解消の是非で揉めている間は動かないで欲しいな。あいつもいろいろ画策してはいるみたいだが全部空振りしているし。従叔母上が止めたとはいえ面倒になってこっちに逃げて来るなど迷惑だ。もういっそ今のうちに潰しておくか? アーニャ、君はどうしたい? 言ってくれればすぐに潰すよ?」
と、やはり部屋に来ていたディグがニヤニヤしている。なんかこの人やたらと詳しい情報を握っていない? イストの王宮内部はけっして透明じゃあないのよ? 一体どうやっているのやら。
……ディグ、笑顔が黒いですよ。
「まあお陰で私の娘夫婦を問題なく呼べたから、結果よかったわ。姉妹の対面も出来たしねえ。そうそう、アーニャちゃんのロシュフォードのご両親、どうしても式に出たいって陳情が来たからアルストラに相談したら、アルストラが親族席ではなくて一般席にって言うのだけど、本当にいいのかしら?」
「いいだろう? 今の両親はリンデン伯爵夫妻だし。本当に言う通り一目見たいだけなら一般席からでも十分君が見える。親族席で本当はあれは私の娘、とか私が本当の親、とか声高に触れ回られても困る。座っているだけならいいんだが」
あ、はい、やりそうですね。というか、絶対やるな。
たとえ何も言わないようにきつく事前に言ったとしても、ならばと号泣してアピールくらいしそうです。ディグはよくわかっていらっしゃる。なにしろ「こんな娘を持つ私、凄いでしょ」をやりたい人だ。絶対にあちこちに精力的に「漏らす」だろう、前みたいに。もうそれは勘弁してほしい。
一般席で結構です。はい。プライドが許さなくて来ないかもしれないけれど、まあそれもよし。
そうそう、そんな私にとても友好的なリンデン家ですが、やはりこの王家の関係者なだけあって、一筋縄ではいきません。
美術品が大好き過ぎてイストの美術界にその財力で君臨しているらしいフリード様は、あの指輪を確認した直後にどうやらあの『龍環』の製造法と私の保護及びセルトリアへの護送、という名の誘拐? の取引をディグに持ち掛けたらしいです。
しかもどうやらこのままイストに置いておいて王宮に通わせ続けたら、見初められてすぐに求婚者が現れるのではとか、第二王子に虐められてやけになって親のすすめる適当な人と結婚してしまうのではとか、あることないこと吹き込んで危機感を煽り、そして焦ったディグが交渉に応じるという裏話があったようで。何をやっていたの、この人たち。
腹黒過ぎて怖いわ。そんな人が義兄ですってよ。
まあ結局は「宝石の隠し固定法」だけしか教えてもらえなかったようだけれど、それだけでもイスト国の宝飾界としては大収穫だったらしい。君のお陰だよと、ほくほくとフリードお義兄さまからお礼を言われた先日でした。
そしてそんな腹黒義兄とイスト王太子妃である義姉の母、リンデン伯爵夫人はけろっと、
「どうせなら、この機会に家族が集合したいじゃない~」
とおっしゃって、結局その個人的なご希望がまかり通るあたり、最近はこの義母がイストの一番の陰の権力者ではないかと思うようになりました。
私にはもう遠い目しかできません。
と、その時突然扉が開いて、アナライア姫が飛び込んできました。あらまあ今日は客人が多いわね?
「あの公爵が使った毒、やっぱり新しい毒だった! 凄いわよこれ! すごい効き目!」
なんだか目がキラキラして興奮している。
後から聞いたらこのアナライア姫、身分を隠して侍女をするのも趣味ならば、侍女をしていないときは主に研究室に籠って、やはり趣味の毒の研究をしているとのこと。この姫の開発した解毒薬のお陰で過去のディグも今回の私も軽症で済んだらしい。
ぜんぜん表に出てこない通称「引きこもり姫」。どうりであまり噂を聞かない姫だと……。
「顔が知られると侍女が出来ないじゃない? バレたらアウト。だから私が侍女の姿で歩いている時は知らんぷりしてね!」と生き生きと言われたのでした。
た、楽しそうですね……。
「へえ、新しい毒か。分析ご苦労、よくやった。量産できそうか? なら慣らしておいた方がいいな。メニューに入れよう。そうそう大叔母上、少し持って帰りますか? 少々薄めたものならお譲りしますよ。姑のご機嫌はとらないとね。あの邪魔な王子に使うなら大歓迎です」
ちょっとディグ? 物騒な思考ですね。
「あらいいの? 日持ちはするかしら。あっちの娘にも分けていい?」
お義母様? なんで通常営業で乗っかっているの。そんなまるでお菓子みたいに、あちらの王宮にそんなものを持ち込まないでください……物騒……。
「いやさすがに大叔母上のところで止めてください。イストの王宮内に置いて盗まれたら厄介ですから。まだ和平は結ばれていないんですよ」
「あらあ、残念ねえ」
いや、特産品のお土産の話じゃないからね?
そんなほのぼの話すような話題じゃないからね!?
人がコロリといくやつだからね!?
大丈夫なの、私、こんな一族に嫁いで……。
思わず天を仰いで遠い目をする。
するとそれを見たディグが言った。
「ん? 君も欲しい? いいよ、君になら殺されても本望だ」
にっこり。
そんなことするわけないじゃない。
でも、最近は彼の表情も少しは正確に読めるようになった私です。
考えてみればその笑顔、あなた最初からしていたわね……。
『何でも君の好きにしていいよ。この手の内にいさえすればね』
「うわあ、怖ーい……」
どうやら彼の幼馴染も私と同じものを読み取ったらしく、思わず呟いたのが聞こえたのだった──。
これにて本編完結です。
お読みいただきありがとうございました。
もしできましたら、最終ページにて、ご感想代わりにポイント評価をしていただけたら、全私が泣いて天と読者の皆様に感謝の祈りを捧げます。
どうぞよろしくお願いいたします。




