28.反応
婚約を発表してから、社交が忙しくなったのは事実だった。
あちらこちらの有力貴族の方々が、お祝いと称して晩餐やパーティーに呼んでくださるから。
でも王家と補佐官の方々が精査して許可の出たお家との交流なので私もあまり心配せず、軽い会話を楽しめる令嬢や奥様方との交流は楽しかった。
愛人疑惑のあった私を今まで遠巻きにしていた人たちも、いざ結婚が決まれば仲間に入れる。貴族の世界は正妻が正義なのはどこも変わらないのだろう。むしろディックが言っていたように、スローデル公爵家のあの圧力を押し切って恋を成就させたロイヤルロマンスだと目を輝かせて語る方がいるくらいには好意的だった。
まあどうやら、愛人関係ではなく純愛で、王太子は立派で紳士だったという噂が流れているらしいのも後押ししているようだけれど。まあ真実なんですけれどね。でもどうせきっと裏でうまく王家もといディックたちが情報操作をしているのだろう。どうやら熱愛のあまり王太子が王に直接結婚をお願いしたという話までねつ造されて出回っているらしい。
ちょっと大げさでびっくりしたけれども正直助かる。結婚してからも一生後ろ指を指されるのは嫌だもの。
しかしロマンスとか。一体誰のだろう? と最初はうっかり不思議そうな顔をするところだったわ。でも確かに熱愛のお芝居をしていたから、そうなるわよね。あの王太子殿下が熱愛とか、ちょっと笑ってしまいそうになるのを必死で隠して喜ぶ演技をする日々。人目が無くなったとたんに変わるあの冷静な顔を誰も知らないから。そこには多少の親愛の情程度はあっても、恋に浮かされたような気配は全く無いのに。
今思うとあのイストの第二王子、あの人の方がそういう感情に素直だったわね。浮かれるとはまさにあの状態のことを言うのだろう。
どうやらディックの情報によるとあの二人、最近喧嘩が絶えないらしいけれど、まあ私を袖にしてまで選んだキャロル様はぜひ幸せにしてあげていただきたいわね。責任をもって、今度こそ最後まで婚約の約束は守っていただきたいところ。まあ二回連続で婚約破棄なんて、さすがに王家の体裁的にも問題でしょうし?
すっかり仲良くなったリンデンのおば様、いやお義母様も私と全くの同意見らしく、あちらの王太子妃に別れさせるなと手紙で圧力をかけているそうで。まあ、お義母様強いわね。ぜひ頑張っていただきたい。
しかしディックもそんなところまで把握しているとか、補佐官の仕事の範囲ってどれだけ広いのでしょうね。
ちなみにリンデンのお義母様も今回の私の結婚については賛成のようで、「よかったわねえ! きっと大切にしてくださるわ!」などと浮かれていらっしゃいます。あらら、私たちの迫真の演技にすっかり騙されていらっしゃいますね。でも祝福してくださる気持ちがとても嬉しいです。
本当は私もお義母様のように恋を実らせられたらよかったのだけれど。
ディックを忘れなければいけないのに、ますますディックと話し合ったり相談したりする時間が増えているのが最近の悩みです。
会って話しているとやっぱり楽しくて、嬉しくて。たまに寝室でこっそり泣いているのは誰にも知られてはいけない。自分で決めたことなのに、しっかりしなければ。
不思議なことにスローデル公爵令嬢とはあれ以降遭遇しなかった。スローデル公爵はパーティーなどで見かけることはあるけれど、彼も決して私に近づいてくることはなかった。
まあ暴言を吐かれるくらいですからね。にこやかに私とお話する気はないのでしょう、わかりますよ。だから距離があって良かったです。
でも接触がないということが安全だというわけでもないだろうから、気を付けなければ。
今、私の事はそれとはわからないように常に護衛が複数体制で見張っていて、その上アンナも常に付き添っていた。
君を守ると言ってくれたディックは約束を守ってくれている。
王太子殿下からも様々ないたわりのお言葉をいただいた。
今、私には私の身を心配してくれる仲間と呼べるような人たちが何人もいる。それは嬉しいことだった。
母国に居た頃の私は、なんて孤独だったのだろう。
その日はとある伯爵家の晩餐会だった。
晩餐が終わり、男性と女性が分かれて女性だけでのんびりくつろいでいたときのこと。
ちょうどその家の令嬢が楽器を披露して、お友達らしい別の令嬢が歌を歌うのを聞いていた。
その時に振舞われた紅茶に口をつけたら、それはそれは苦い紅茶でびっくりした。思わず顔をしかめてしまうくらいに。思わず一口飲んでしまったが、どうしよう。飲まないのも失礼かもしれないけれど、でも申し訳ないけれど最初の一口でカップを置いた。これは飲めない。
「どうしました?」
私の様子がおかしいと思ったのか、他に聞かれないように小声でアンナが聞いてきた。
「この紅茶、苦いの。ちょっとこれは飲めないわね」
「では飲まないでください。これ以降、何も口にしないで。あとこれを口に含んでください」
アンナが何かの丸薬を取り出した。
アンナが緊張している。これはまずい事態なのかも。多分毒を疑っている。私は受け取った丸薬をこっそり口に入れた。
「この曲が終わったら帰りましょう。今のところ体調は大丈夫ですか?」
そう言いながらアンナが護衛に目配せをする。護衛の一人が馬車の準備をしに部屋を出て行った。
出来るだけ早く速やかに帰った方がいいのだろう。
私はアンナに大丈夫、と頷いた。
今日のお料理の味付けが濃い目だったから喉が渇いていた。帰ったらせめてお水が飲みたいわね。今も何か飲みたかったけれど、さすがにこの紅茶はもう飲みたくない。
せっかく楽し気な雰囲気なのに、帰らなければいけないのは残念だったが仕方がない。
女主人に先に帰ることを謝らなければ。もうすぐ歌が終わるから、そこで立ち上がって……。
そこで突然意識が遠のいた。
まずい。倒れる。
その時すぐに誰かが私を抱きとめて、なにか叫び声が上がったと同時に誰かが私の左手に触った気がした。
だめ。左手は駄目。ディックの指輪があるから。
薄れゆく意識の中で、それだけを思った。
「絶対に外すな」
ディックの声を思い出す。私は必死で左手を握ってその左手を右手で覆った。
ディックが私にくれたもの。
これだけは手放したくはないと──思っ──
そこで私の意識は途切れたのだった。




