24.気持ち
「……君のお陰で、とうとう王太子がプロポーズをするのではとの噂でもちきりだ」
渋い顔でディックが言う。
「まあ、そうなの」
私は涼しい顔をしてお茶を飲む。なかなか私の演技力も捨てたものではないようです。
私は皆さまのご期待に見事に応えられたようでとても満足です。
なのになぜディックはこんなに機嫌が悪いのでしょうね? 睨まないでほしい。
「……演技だよな?」
お茶を飲みながら上目遣いで聞いてくる。
「もちろん。どうせ私が本当に恋をしても、愛人なんて御免です。そう思ったら自然に冷めるというものでしょう。それともこんな演技はしない方がいいのかしら?」
それに演技だとバレバレな冷静な人を好きになることはないと思うの。
「いや……。演技ならいいんだ。演技なら。むしろ助かる。でも本気にはなるなよ? あくまでフリだからな?」
「あら、幼馴染として心配してくれているの? 大丈夫よ、そんな馬鹿な真似はしません。失恋して泣くのは嫌だもの。でもそろそろ何か言葉以外の危害が加えられそうな気配があるのよね。私、痛いのは嫌よ」
そしてまたお茶を飲んだ。正直甘い紅茶の方が好きなのだけれど、なにやら王族が飲む特別なお茶だからとこの話し合いには毎日出されるのでありがたく飲んでいる。これ美味しいの? まあ上品な味ともいえなくもない……けれど。
今は最近毎日恒例となっている、夕方のお茶会だった。メンバーは私とディック。何人もいる王太子補佐の中でも彼が幼馴染なら話しやすいだろうと、毎日の連絡事項と打ち合わせを王太子補佐官用の部屋で行っている。再会したらもっと楽しい気楽な関係になれると思っていた私は甘かった。今は何故か和やかに、しかし淡々とお仕事の打ち合わせの毎日です。
そう。傍目にはそうとは見えなくても、一応お仕事なのです。頼まれてやっています。
今のところの私の役割は、王太子にくっついていること。ただそれだけ。当初の通訳他の目的は最近では王太子のお勉強が進んだため、ほとんど無くなっていると言っても過言ではない。
ということは、やっぱり私は当て馬要員ということよね?
この前ずばりそう聞いてみたら、ディックは一瞬ためらった後一言、「君のことは全力で守る」と言ったのでした。
はい決定~。
まあこんな小国の一貴族の小娘一人、たしかに都合が悪くなったら切り捨てやすいわよね。派手に表で捨てられてから、ひっそり帰国すればいいことよ。そして私はまたお家に引きこもると。まあなんて好都合な私。こんな扱い、もちろん自国の令嬢相手ではできませんね。なるほど。だから呼ばれたのね?
ちょっとやさぐれてもいいかしら?
でも呆れて何も言えなかった私にディックは、王家の事情で申し訳ないと真面目にたくさん謝ってくれて、最大限の安全への配慮を約束し、そして、どうしても君にやって欲しかったのだと、君に会いたかったし、君に引き受けてほしかったのだと言われてしまい……その真剣な顔に私はあまり怒る気持ちがなくなってしまった。
ああ、私って、なんて簡単なのでしょう。でも結局ディックが私を思い出して、そしてここに呼んでくれたから、今私はこうして彼と再会しておしゃべりできている。そして多分役にも立っているらしい。
会いたかった人に会えて、そして一緒に仕事をしている。それがちょっと嬉しいのは事実で。
「アーニャ、君、強くなったね?」
ディックが私を見て言う。
「そうかしら? 開き直ったとも言えるわよ。たしかにディックのせいで無理やりこんなことになっている気はするけれど、それでも仮にも自分でうっかり引き受けてしまったことだしね。まさかあなたがこんなに底意地の悪い人だとは思わなかったから。でも乗りかかった船だし、降りられないならもうヤケよ」
そりゃあ最初から正直に頼まれていたら絶対に断っていたわよ? でもそれがわかっていたからこそ、ディックは教えてくれなかったのだろう。そう考えると、ああ、やっぱり意地が悪いわね!
でももしディックが私をこの国に呼び寄せてくれなかったら、私はまだイストの王宮で、いわれのない非難を浴びながら空しい努力をして、そして家ではお母様に怒られていたのかもしれない。それも嫌だった。
うん、それよりは今ここでこんなに振り回されている状態でも、実は私は随分自由で楽しかった。
自分で考えて自分の意思で動く。
それがここでは出来るから。
今だって、もう辞めると言えばきっと帰れるだろう。全てを投げ出して逃げることも出来る。しばらくディックや他の補佐官の方々と仕事をしてきて、それはわかっている。
ここでは誰も私に一方的に指図をしたりはしないし、命令で有無を言わせずに従わせもしない。
だから、悩みつつもこの茶番を続けると決めたのは私だ。
自分で考えて決めて動く。簡単そうに見えて今まではずっと出来なかったこと。
「この方向の演技でよければ、続けるわよ? いいのよね? うっとりと見つめて、ほほ笑んで。あとは何をすればいいかしら?」
顎に人差し指をあてて考える。どうせなら完璧な演技をしたい。あとは何をすれば完璧かしら。ちょっとわくわくしてしまうわね。
「別にそれでいい」
あら、ディックの目がすわっている。なんか機嫌が悪い? 私の演技力ではご不満?
まあでも、それでいいと言うのなら当面はそれで行きましょう。
「わかったわ。じゃあこんな感じね?」
ちょっと閃いてディックの顔をうっとりと見つめてほほ笑んでみた。ちょっとしたいたずら。びっくりする顔か、ちょっと照れた顔が見たいと思って。でも。
「よせ」
ちょっと目を見張っただけで、一瞬で表情を消されて睨まれてしまった。あら、駄目だった……?
やっぱりただの幼馴染では効果なかったか。
ふうん?
ではこの人は私ではなく、好きな人にほほ笑まれたらどんな顔をするのかしらね?
果たしてあの王太子の演技みたいな熱い視線やうっとりとした顔をその人には向けるのだろうか。
そう思ったら、ちょっとちくりと胸が痛んだ。
こんなに近くで話しているのに、思ったより私たち遠いわね。
…………。
ディックが渋い顔をしてそっぽを向いている。なんだか悪いことをしてしまった。
もう、からかうのはやめましょう……。
気まずくなったちょうどその時、アンナが新しいお茶を持って部屋に入って来た。
そのアンナを見て、ディックの顔が赤くなる。
赤くなる?
「なんだ、もう終わるからお茶はいらない」
ディックがまるで照れ隠しのようにぶっきらぼうに言った。
……照れ隠し?
「そうですか? すみません。ではお下げします」
アンナは私付きの侍女として私と一緒に王宮にもついてきていて、王宮で私の侍女をしながら空いている時間は今みたいに他の仕事もしているようだった。働き者のアンナ。
そんなアンナを赤い顔で睨んでいるディック。
ん……?
ディックの視線を受けて見つめ返してほほ笑むアンナ。
あら…………?
アンナがにっこりすると、ますます赤くなって狼狽えるディック……?
これは。
突然脳裏によみがえるディックの恋をしているという話。
こ れ は。
「……では私はもう帰るわね」
私は急いで立ち上がった。
「ああ、じゃあまた明日。とにかく演技をするのはいいが絶対に本気になるなよ? あとその指輪も外すなよ? 今外すと問題になるからな」
まるで誤魔化すようにそんな話題を出さなくても。
王太子からも、ディックから贈られたこの指輪は外すなと言われていた。この指輪は身分を保証するものだから、指輪を外すと王宮の中を歩けなくなると半ば脅しのようなことを言われたのだ。でもそういえば王太子もディックたち補佐官の人たちも、石こそついてはいないものの私の指輪と似たような形の金の指輪をしているから、きっと王宮に関わる人間がするものなのだろうと思われた。
「そういえば、アンナも指輪をしているのね?」
屋敷への帰り道、アンナの指に光る細い銀の指輪を見て聞いてみた。
「はい。王宮の侍女はみんなこの指輪をするのです。階級や役職によって少しずつ模様が違うんですよ」
そう説明してくれる。侍女は銀の指輪ということか。
では金の指輪は事務方か補佐官ということかしら。ちょうどこの指輪が金色だったから、この指輪でお仕事の資格を証明することになったのかもしれない。秘密かつ臨時だし。どこかでいつのまに登録でもされているのかも。王太子の側に侍るのだったら、石も入っていてお仕事用には見えづらくて都合もいいわね。
そう知ってはしまっても、それでもディックが私に贈ってくれたものだからと、どんな時も、それこそ寝ている時も外さない自分が少し滑稽に思えた。
でもこの指輪はもうすっかり私の一部のようになっていて。
「アーニャ様の指輪は本当にお綺麗ですね」
自分から話しかけたにも関わらず、そう言って笑うアンナの顔を、私はあんまり見たくなかった。
ああ、ここにきて初めて私は自分の心に気付くのか。
失恋して泣くのは嫌、そう言ったばかりだというのに。
なのにもう失恋していただなんて。




