21.有名人
美しい伯爵夫人と一緒にセルトリアの王宮に初めて入った私は、あまりの絢爛豪華さに眩暈がしそうになった。母国の王宮も豪華だとは思っていたけれど、ここはそれに輪をかけて豪華で壮麗だった。
なんなのここ。人の住むところではないのでは? 大きな芸術作品か何かの間違いでは?
どう考えても隣の小国のしがない一貴族の娘なんて吹けば飛ぶような世界です。
いいのかしら、こんなところに来てしまって。
だけど伯爵夫人に有無を言わさずに引きずられていく。
はい、そうです、私にはお仕事があるのです。
お仕事です。お仕事。
そしてそのお仕事は、ええそうでしたね。こんな見たこともないくらいに大きくて、どこもかしこも金ぴかでキラキラなホールでやるんですよね。はい、そうでしょうとも。なにしろここは王宮ですから。
中にはこれまた立派で豪華な恰好をしたセルトリアの貴族様たちが上品に語らい合っていた。
なかば放心状態で引きずられつつ、もう集まり始めた人々の中を進んで行く。
私が勉強漬けになっている間に、おば様は広く交際されていたようで、私は次々にセルトリアの貴族の方々に紹介されていったのだった。何故かこちらから行かなくても次から次へとたくさんの方がおば様に挨拶にいらっしゃる。そのため私もあっという間にたくさんの方とご挨拶することになったのだった。
ええそうですの、最近おば様を頼って遊びに来ましたの。ここは本当に素敵なところですわね。
発音に気を付けてお話ししているおかげで、言葉を褒めていただけることも多くて嬉しくなりました。
頑張ったかいがあったというものです。
そしてみなさん礼儀正しく接していただけて、小国から来た田舎者の私でもなんとか馬鹿にはされていない感じでちょっとほっとしたのが本音です。貴族って、プライド高い方も多いから。
そしてその時に気づいたのですが、おばさまの発音も完璧なことにびっくりしました。そういえば言葉に苦労しているようなそぶりは今までなかったような?
なぜ?
と思って聞いてみたら、なんとリンデン伯爵夫人、セルトリアの王様の血縁だそうです。
は?
なにやら先々代の王の娘の娘……? えっ、つまりは、孫?
ええっ!? じゃあ王族!? セルトリアの? えっと……え、今の王様のいとこ?
じゃあおばさま、こちらが母国? 今回は里帰りみたいなものなの!?
私は作り笑いも忘れて、おばさまの若々しくも美しいお顔を見ながらぽかんとしてしまったのでした。
「あらあ、アーニャちゃん知らなかった? 結構有名な話だと思っていたのだけど。もううちの旦那様が素敵過ぎて、私、親の反対を押し切ってお嫁に行っちゃったのよねえ。今でいう駆け落ち? もう若かったわよねえ。うふふ~」
なんて朗らかに笑っていらっしゃるのですが、私はびっくりして言葉が出ませんよ。
どうりで娘が王太子妃に選ばれるわけです。母国イストとしても、セルトリア王家の血をひく妻を持つというのはきっととても有益なことに違いない。
イストにいるお母様、知っていたのかしら……もちろん知っていたわね。そしてきっとプライドが邪魔をして話題にしなかったのですね。いつも自分が一番にいたい人だったから。もう、そういうのはやめてくださいお願いします。恥をかくのは娘なのですよ。
どうりで次から次へと貴族の方々がおばさまにご挨拶をしにいらっしゃるわけです。
全てが流れるように物事が進み、おばさまの威光であっというまに私はこの国の社交界に入れていただいた感じになったのでした。
そして紹介の波もやっと収まったころ、ようやく私にも周りを見渡す余裕が出来たようです。
そこで私はさっそく壁の花になって、会場にいる人々の観察を始めることにする。頭の中を整理する時間も必要です。
紹介されたこの国の貴族の方々を全員把握しているわけではもちろんないけれど、ある程度の立場の方はお勉強期間に名前だけは頭に入っていたので、お名前と顔をつなげて記憶していく。きっと通訳として動くときに必要になるだろうから。
そうしてあちこち見渡していたら、ひときわ目立つ、若い男性たちに取り囲まれている令嬢が目に入りました。
あれは、もしかして……。
主にゴシップ新聞をよく賑わせている有名人ではないかしら?
思わずわくわくして目を凝らして見てしてしまう。
輝く金の髪、緑の瞳。赤い美しいドレスに身を包んで太陽のように笑っている美女、それは……スローデル公爵令嬢! 今を時めく王太子妃候補の筆頭だ! 正式に婚約をしているわけではないけれど、最高位の貴族の令嬢でお父様も政治的に一番の大物、そして誰よりも美しい美貌。もはや彼女には誰も戦いさえも挑まない圧倒的な存在。セルトリア社交界最高の薔薇。立っているだけで王太子妃レース不戦勝と噂の超有名人。
おおお~本物だ~まぶしい~。
そして凄い数の取り巻きがいる~。
もう気分はすっかりお上りさんだ。あんな有名人を見られるなんてパーティーも悪くない。凄い美女だった。色気も凄い。語彙にバリエーションが出ないくらい凄い。
はあ~同じ金髪でも私とは大違いね~。
私はすっかりモブに徹して堪能していた。
大丈夫、まだ王太子は現れていないから。お仕事はまだ始まっていないから。
今まで培ってきた仮面を被り、優雅を心掛けながら移動する。
ほほ笑みを浮かべつつ目線はスローデル公爵令嬢ととりまきの方から外さない。
ええ、興味本位ですがなにか?
大国の高位貴族の令嬢ですよ。将来の王太子妃と目される有名人ですよ。そしてもてもてなんですよ。
興味あるに決まっているじゃあないですか。
公爵令嬢が鈴を転がすような声で笑い声をあげた。
どうやら取り巻きの青年たちの一人が大げさなお世辞を言ったらしい。
すごいわね~。あんなにたくさんの取り巻きに囲まれていても堂々としている。私なんて母国でもあんなにちやほやされたことは無かったわ。これが魅力の差というものなのでしょうか……。
ついうっとりと見つめてしまっていたのに気づかれたらしく、スローデル公爵令嬢がこちらをちらっと見て、そしてくすっと笑ってまた取り巻きの方に視線を戻した。
あらら、見とれていたのがバレてしまった……。でも余裕の態度でしたね、さすがです。こんなことはきっと日常茶飯事なのでしょう。
貫禄がすごいわね~。いやあ眼福……。
そんなことを考えながら華やかな団体様をやっぱりそのまま観察していたら、突然高らかに音楽が鳴って、王太子殿下の登場が知らされたのだった。




