17.疑惑
「第二王子はクズ」シリーズ、フィナーレです。
おまけもついてお得です(違う)
実はお話全体ではそれほど重要ではありませんので、クズの話なんぞ読みたくない! 不愉快! という方は、大変申し訳ありませんが次回、第三部からお読み下さいませ。
結局乞われるままにその後も王宮に通っていたのだけれど、どうやらそれがいけなかったらしい。なぜこうなったのか。
最近流行りの噂をご存知?
「一度は婚約破棄されたアーニャ嬢が王宮に通っているらしい。お妃教育を受けているのではないか」
「キャロル様と一緒に教育を受けて、もう一度ジークフリード王子が選びなおすのではないか」
「この前もアーニャ嬢がキャロル様を虐めていたようだ」
なーぜー? 特に最後の。
虐めてなんていないわよ? なぜそんな噂が?
私はキャロル様のお妃教育の授業の後の、「復習」にお付き合いしているだけですよ? まあ最近は復習というよりかは私が要点を抜き出しての再授業という感じにはなっていますが。
しかも私は「お友達が困っているようだから、自主的にこっそり手伝ってさしあげている」という「好意」でやっているんですよ? ええジークフリード王子が作った設定ですが何か。もちろん完全ボランティアです。なにせ私の「好意」でやっていることですからね?
むしろ私が虐められていない? なぜかしら? といろいろ考えた結果。
きっとお部屋から二人で出てきたときの、
「もう疲れましたー歩きたくもないですー頭がパンパンでふらふらですう~」
と背中を丸めてしょんぼりうなだれて歩くキャロル様と、その後ろで姿勢よく、すまして歩いていた私の様子を見た人が勝手に想像して言いふらしたのだろう。それ以外には原因がさっぱり思い浮かばない。
でもお部屋の中では普通に会話して仲良くしていますから、と噂は噂と気にしてはいなかったのだけれど。
「ロシュフォード侯爵令嬢、まさか私の見えないところでキャロを虐めてなどいないだろうな?」
はあ?
二人で復習しているところに、わざわざ乗り込んで来てまでそんなことを私に言う王子に本当にびっくりしましたよ。あなたの目は節穴ですか? それともキャロル様が私の知らない所であなたに泣きついたのですかね?
驚きすぎてすぐには何も言えませんでした。だけどそんな私を丸無視して続ける王子。
「キャロは優しいからな。もし虐められていても私には言えないだろうから、私が気にしてあげないといけないんだ」
ほぅおー?
ではあなたは私が陰で虐めをするような人間だと思っているのですね。
よくわかりました。私はいいんですよ? もう来なくても。ふざけるなよ?
という意味のことを、もちろん我に返ったあとに丁寧に申し上げたのですが。
だってなぜそんな事を言われてまで協力しないといけないのでしょう? そうよね?
そうしたら、
「いやでも君は、協力すると約束したのだぞ? なのに今それを反故にするのは無責任ではないか?」
いやもうどの口が言っているのでしょう。王族って、自由ですね。権力っていいですね。
婚約という約束を反故にしたのは誰でしたっけね? そして失礼なことを言ったら相手が怒るのは当たり前だと思っていたのですがね?
本当に想像力が無いって残念ですね。ついでに記憶力も無いとか、もう呆れて物が言えません。ちょっとぽかんと開いてしまった口を、閉めることもしばらく忘れていたくらいには呆れました。
握りしめた左手の指輪が痛い。
「ジーク、私は大丈夫です。私、お勉強が辛くても我慢できます。もう嫌とか言いませんから。ちゃんとアーニャ様に認められるように頑張りますから! だからもうやめて差し上げて?」
いやそこは仲良くしていますと言えばいいのでは? 虐められてなんていませんと言えば済むことでは? ねえ、ちょっと?
「優しいな、キャロは。とにかく、君は虐めなんてするなよ? 彼女はもうすぐ私の妃になるのだから、今から敬意を払ってもらわないと。今ここではっきりと言っておくが、妃になるのは君ではない。もし噂の通りに君を選びなおすと思っているのなら、それは絶対にないからな!」
私をビシッと指さして、格好よく決めていらっしゃいますが。
……なんでしょうね。まさか私がそんなことを信じているなんて、本っ当に思っているのですか?
なんて心外な。
こんな失礼な決めつけをする男も、そしてその男の暴挙暴言にうっとりとしているそこの小娘もどちらも私には理解できない。
なんたる侮辱。
「……そんなことを考えたこともありませんわ。私はお手伝いに来ているだけのつもりでしたが、そのような誤解をさせてしまっていたのならば、それは私の力不足で大変申し訳ありませんのでお役をお返しさせていただきます」
すっくと立ちあがってお辞儀する。
「だから君は手伝うと約束しただろう! 約束は最後まで守るのが常識だ。そんな基本的なことも出来ないで偉そうな口をきくな!」
じゃあどうすればいいんだ。
「ああ、キャロ、本当に君と出会えてよかったよ。危うくこんなに冷たくて非常識な女を妻にするところだった。もしも嫌な目にあったら我慢しないで私に言うんだよ? 必ず私が守ってあげるからね」
「まあジーク嬉しい! でも私は大丈夫よ。アーニャ様、これからもよろしくお願いしますね」
「ああ、君はなんて優しくて良い子なんだ。アーニャを許すのだね。わかった、では私も君に免じて許すとしよう。素敵な私の天使」
目の前で熱い抱擁をかわす二人。
私はそれを冷めた目で眺めながら、自分に言い聞かせていた。
……殴っちゃだめだ、堪えろ自分。
でももし殴るなら、指輪は右手に嵌めなおすべきかしら?
でもたとえ家に帰っても、突然元気になった母が王都にやってきたものだからこちらも面倒くさい状況になっていた。
「アーニャ、よくやったわ! このままあの王子と仲良くして、男爵令嬢なんかとの差を見せつけるのよ! そうしたらきっと王子は育ちの違いを感じてあなたと結婚した方がいいと思うから。あの生意気な男爵令嬢なんかから王子を取っちゃいなさい!」
などと供述しており……。
この人は何をまた都合の良い夢をいまだ見ているのか。
前までの私ならそれでも「はいお母様」なんて言ってどうにかしようと頑張ったのかもしれないけれど、どうやら最近は私も考えが変わったらしい。
随分見え方が歪んではいませんかね、この人は。
たとえばお母様は「いいところ」にお嫁に行かないと私が不幸になると言うけれど、本当に不幸になるのは「良いお家にお嫁にいった娘を持つ母」になれないお母様なのではないかしら? 私はお母様にとって、良い気分にさせてくれる便利な道具というだけなのよね?
その事実が一度見えてしまったら、私はもう昔のようにはできないわ。
そんなこんなで最近は、王宮へ行けば王子に虐めているのではと疑われ、お勉強の方も遅々として進まず、家に帰れば母から見当違いの煽りをされる毎日。自分の部屋に引きこもろうとしてもなんやかやと母に呼ばれて心が全く休まらない。お母様は、私があの王子とは結婚したくないと何度言っても聞き入れてはくださらなくて、最近は毎日お説教されている。
私はただ静かに、おうちで本を読んで合間にレースを編む生活がしたいのに。
それだけで幸せなのに。
一体いつまでこんな状態で王宮に行かなければならないのか。母はいつまでここにいるのか。
全然終わりが見えないのが辛い。
これから先ずっとこんな生活なのかとうんざりして、もうお部屋に鍵をかけられないならいっそ家出してしまおうかと思い始めた、ある日。
「アーニャちゃん! 許可はとったわ。私と一緒にちょっとお出かけしましょうね~? うふふふ~」
ある日突然また一つの面倒が、勝手に私を巻き込みにきたらしい。
突如聞こえた明るい声に何事かと目を上げた私は、またそこに逆らえない権力と不穏な予感を見たのだった。
第二部終了です。(全三部)
次からは舞台が変わります。
だいたいこれくらいでこのお話は折り返しになります。
これからのお話もどうぞよろしくお願いいたします(平伏)




