14.お茶会
そうして万全の戦闘態……こほん、外出の準備が出来上がり、迎えたお茶会へと赴く当日の朝に、なんとディックから贈り物が届けられた。
贈り物?
なんだか、向こうは私の住所を知っていて私は知らないのは不公平ではないかしら。
一方的に贈られてばかりな気がするわ。
本のお礼もお花のお礼もまだ出来ていないのに。
これ以上ではもうお礼もしきれない……と思いながら恐る恐る開けてみたら、それは宝石箱だった。
小さい。ちょっとほっとする。あんまり高価なものはもらえないから。
でも開けてみたら、なんと中には指輪が入っていた。
は? 指輪!? さっきの私のほっとしたのを返して!?
もう、こんなものを贈って、悪用されたらどうするの。たとえば私が「恋人からプロポーズされましたの」とか言って薬指にはめたらどうするのよ!
危機感がないにも程がある。
ディック……私はあなたの将来が心配です。
ああそれを言ってやることが出来ないのがもどかしい。
せめて手紙が出せれば。
私が部屋で一人身悶えしていたら、ひらりとカードが落ちたので拾った。
カードも入っていたのね。
そこには一言。
──外出する時は着けて行くといい。きっと似合う。
そう書いてあった。
いいのかしら、こんな高価そうなもの。
でも、今日は王宮のお茶会に行くのだし、ドレスにも合うのでちょうどいいかもしれない。
どのみちお返ししようにも返す先を知らないし、しまっておいても使っても持っていることはかわらないし。
それに、上品で素敵な指輪だと思ったから。
私は指輪をケースから取り出して、思わずしげしげと見つめてみた。
本物の金よりはちょっとだけ薄い色合いの金色の地金。そこに細かな彫刻とメレダイヤが指輪全体にちりばめられていて、中に一つだけ少し大きめのサファイヤが埋まっている。
まるで今日の装いに合わせたかのような、青。もし地金が高価な金ではなくても、このサファイアだけで良いお値段がするのではないかしら。
指輪の裏には何か……彫られて……
『アーニャへ Dより』
まあ……。
ちょっと照れくさいけれど、でもとっても嬉しい贈り物だわ。
この指輪をつけていたら、まるでディックが近くにいてくれているような気がするわね。
そう思ったら嬉しかったので、私はその指輪を左手の中指に嵌めた。
さて、ちょうど準備も出来たことだし、久しぶりに社交界に復帰しましょうか。
装いよし、お化粧よし、笑顔の仮面よし。
見栄の張り合いも自慢し合いも腹の探り合いもどんとこい!
よく手入れされた見事なお庭の一角の、美しい東屋にお茶会の準備がされていて。それはまるで絵のような美しさ。
見事な手描きの絵付けがされた白磁のティーセットに芸術品のような色とりどりのお菓子たち。
近くにはたくさんのお花が咲き誇り、良い香りが漂っている。まるでおとぎ話の中のような世界です。
さすが王宮、完璧です。
そんなお茶会のテーブルに案内された私は、参加者がたった四人なのに驚いた。
まあ、本当に少人数。
主催のジークフリード第二王子、その婚約者のキャロル様、そしてリンデン伯爵家嫡男フリード様。
フリード様は将来伯爵におなりになるというだけでなく、王太子妃の実弟というお立場の方だ。
どうにもわからない。
なんでこんなハイレベルな場に私は呼ばれたのかしら?
婚約は破棄されているわよね? 今は評判があまりよろしくないただの侯爵家の娘ですよ?
私はとっくにこんな煌びやかな世界から引退したはずなのですが。
だいたい王子、あなたはかつて人前で派手に振った私に、どうしてそんな機嫌よくニコニコと笑いかけていらっしゃるのかしら。少しは気まずそうにしてもいいのでは?
まさか私に恨まれていないと思っているのなら、随分能天気なおつむですことよ?
「お招きにあずかり光栄でございます、ジークフリード殿下。ご機嫌麗しゅうキャロル様、そしてフリード様」
もちろんそれでも本音なんてかけらも漏らさずに優雅にご挨拶は基本です。
嬉しそうに無邪気にほほ笑みつつ、私は何が出てくるのかと身構えた。
しかしそんな警戒とは裏腹に、王子主導でお茶会は優雅に和やかに始まったのだった。
あら、本当に私とお茶が飲みたかっただけなんてことは、まさかないわよね?
「アーニャ様の髪、素敵ですわね」
可愛らしく小首をかしげながら無邪気に話しかけてくださるのはキャロル様。今日はピンクのフリルのたくさんついたかわいらしいドレスをお召しです。ちょうどお母様が私に着せたがって、でも似合わなくてあきらめた系統ですね。キャロル様が着られると、たいへんオカワイラシイ。
そしてそんな彼女をうっとり見つめている殿下もたいへんホホエマシイデスネ。
私、なんでこんなの見せつけられているのかしら?
私は心を無にして静かにカップを置いて、表面的にはにこやかにお答えする。
「ありがとうございます。今日は青い素敵なリボンがありましたので、髪に編み込んでみましたの。キャロル様にお褒めいただけるなんて工夫したかいがありましたわ」
ついでにちょっと嬉しそうにしておきましょうね。将来の王族です。ご機嫌を損ねてはいけない。ホメラレテウレシイナ。
もちろんディックと一緒に選んだあのリボンです。そのうちの一つを出来るだけ切らずに使ってみました。
青いドレスに青いリボン。ドレスの色に近い一本を選んで。思い出のリボンを身につけていたら、なんだか勇気が出るような気がして。
私を捨てた男と私から奪った女。
たとえ王子だけだとしても、さすがに再会して平静でいられるかはちょっと自信がなかったから。
ましてやお二人お揃いだとは。
なかなかお二人とも、なんというか、何を考えているのでしょうね?
でもまあ、案ずるより産むが易し。思ったより自分が冷静のようで良かったです。
無意識に握りしめていた左手の、中指にはめた指輪が食い込んでちょっとだけ痛いけれど。
「あなたが青を着られるのは珍しいですね。でもよくお似合いです」
すかさずフリード様が褒めてくださった。まあ、紳士!
「ありがとうございます。ちょっと冒険してみましたの」
はにかんで答えてみました。ここはちょっとでも印象を良くしたい。なにしろ。
フリード様は私たちより少し年上のたしか二十代半ば。非常に精悍で綺麗なお顔とそのご身分で、この国のほぼ全ての令嬢とその母親たちの標的となっている方だ。
家柄、容姿、人柄、全てが完璧な人っているんですね、という感じの人。
今も豊富な話題と細やかな心配りで和やかな雰囲気を作り出している人格者。これぞ紳士ですね。
そんな人に褒められたら、女性なら舞い上がってしまってもしかたがないと思うのよ?
似合うんですって。青いドレスが。
そんなことを言われて私を優しく見つめてなんてくださったら、私みたいな初心な令嬢ならばその場で恋に落ちてしまうというもの。
私も……あら?
私も……んん?
あらおかしいわね?
せっかく素敵なロマンス到来と思ったのに、私は「あら綺麗な笑顔」なんて感心しただけだった。
ええぇ? こんなに素敵なシチュエーションなのに、なぜ私はドキドキしないのかしら? もったいない。
夢を見たかったのに……。
まあドキドキしないものは仕方がない。せめてその美しさだけでも愛でましょう。
「おや、指輪をされているのも珍しいですね。これはサファイヤですか? 細工も細かそうだ。見せていただいてもよろしいですか?」
さらにフリードさまが話題を掘り下げてきた。
「フリードは美術品が好きだからなあ」
と王子が呆れて見ているけれど、どうやらフリード様は私の指輪に興味津々なご様子なので、指からはずしてフリード様にお渡しした。
「これは……」
フリード様は指輪をつまんで様々な方向から観察している。
そんなに熱心に眺めるような何があるのかしら、と不思議に思っていたら。
「これは西の国で作られたものですね?」
と言われてとても私は驚いたのだった。
え? そうなの? 何故わかるのだろう?




