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10.ワルツ

 異国を模してたくさんのカーテンや照明で彩られたパーティー会場は、ありとあらゆる民族や空想の人物に扮した人たちでいっぱいだった。

 何に仮装しているのかがわかる人もいれば、全くわからない人もたくさんいたけれど。

 主催はどこかの貴族のはずなので、ここにいるのはほとんどが貴族のはずだけれど、見慣れた貴族らしい恰好をしている人なんて全くいなかった。


 でもみんな、本来の身分や肩書から解放されて陽気になっている気がする。

 なにをかくそう私も、今までこんなに解放感を感じたことはなかった。


 今の私は侯爵令嬢でもないし、王子の婚約者候補でもないし、婚約を破棄された哀れな令嬢でもなかった。

 一人の精霊、セイレーン。


「男たちがみんな君を見ている。美しい髪も顔も隠したのに、悔しいな。ドレスはもう少し露出を減らした方がよかったか」

 ディックがなぜか不機嫌そうにブツブツ言っているけれど、露出といっても腕が出ているくらいで普通なのに?

これくらいは普通のパーティーでもたくさんいるだろうに。


 まるで嫉妬してくれているかのようなそぶりは、精霊にとらわれた海賊の演技なのかしら。でも悪い気はしないどころか舞い上がってしまいそう。

 だって、今美しいって言ってくれたのよ?


 お世辞だろうと演技だろうと、やっぱり女性なら嬉しくなってしまうわよね?


「美しい人。ぜひ私に一緒にダンスを踊る栄誉をお与えください」

 突然横から手が差し出されて、誰かと思わず見てみたら、ちょっとおかしな、いえ、変わった格好をしている人がいた。まあ、おもしろいわね?


「驚いていらっしゃいますね? このような者は初めてですか? これはピエロといって道化なのですよ。私はあなたに恋をして、哀れな道化になってしまったのです」

 男はそう言って大げさに胸に手をあてて嘆いてみせた。


「この恋に溺れた哀れな男とぜひ一曲」

 そう言って跪く。


 あら、気障だこと。

 今まで私にそんな軽い態度で接してきた人はいなかったからとても新鮮だった。

 なにしろ昔から王族の婚約者候補として注目されてきたのだ。ダンスを申し込むのにも皆さんとても礼儀正しく申し込みをされていた。


 私は楽しくてくすくすと笑ってしまった。

 こんな楽しいやりとりは初めて。


「さあ、参りましょう」

 そしてそう言ってピエロさんは私の手をとってフロアに連れ出したのだった。


 思わず連れてこられてしまったけれど、ディックと離れるのは心細い。ちらっとディックの方を見ると、彼はこちらを見てほほ笑んで頷いてくれた。あらいいのかしら?


 なら、とダンスの型をとると、体が自然にダンスを踊り始める。

 ダンスなんて久しぶりだったけれど、踊り始めたらダンスが楽しいのを思い出した。社交やパーティーは特に好きなわけではなかったけれど、そういえばダンスはいつも好きだった。ステップを踏んで音楽に乗って。そして合間に軽い会話。


「ダンスがお上手ですね。あまりお話ししないのは、悪い魔女に声を盗まれてしまったのですか?」

 ピエロさんは踊っていても芝居がかったセリフは変わらないらしい。

「まあ、そんなことありませんわ。ついダンスが楽しくて」

「ああ、やっと声が聞けましたね! あなたは声も美しいのですね。そしてダンスもとてもお上手だ! ずっとこうして一緒に踊っていられたらいいのに」


 そんなことを言いながらうっとりと私を見るピエロさん。

 こんなにちやほやされるのも久しぶりで懐かしいわね。

 この仮面を取ったら、もうきっと誰にもそんな風には扱ってもらえないのだろうけれど。

 腫れ物に触るようにされるのか、それとも見下されるのか、はたまた同情されるのか。


 とにかくもう少なくとも高嶺の花とは言われないのでしょうね。


「ああ、もう終わってしまった。残念です。もう一曲いかがですか?」

 ピエロさんは私の憂いなぞ気付かずにまだ私の手を握ったまま、そう囁いて来た。


 でも二曲連続で踊るのはあまりよろしくない。特別な仲ではという憶測を呼んでしまう。

 全然知らない人なのに。


 そう思って断ろうと思ったとき、タイミング良く助けが入った。

「失礼。この人は次に私と踊る約束をしているからね。返してもらうよ」


 そう言ってディックが優雅に私を攫ってくれたのだった。


 まあ、なんて素敵なのでしょう。まるで物語の中みたい。

 ピエロさんの手をはたき落としたような気がしたのはちょっとどうかと思ったけれど。


「次はワルツだ。ワルツはぜひ僕と」

 耳元でそう囁くディックに私はぽーっとなってしまった。ディックの声が深くて素敵だったから。

 私の頭の中で「返してもらおう」と「ワルツはぜひ僕と」が彼の声で永遠にリフレインしてしまいそうだ。


「君が楽しいならと思って見送ったけれど、すぐに後悔してしまったよ。君がほほ笑みかけるのは僕だけがいいな」

 そんな甘い言葉をささやいて私を見つめるこの人はだあれ?

 海賊の演技に身が入りすぎたのかしら。もしかしてなりきるタイプ?


 そう思って自制してはみるものの、腰に回された手はつい意識してしまう。ワルツは二人の距離が近いから、親密な気分になってしまうのよ。

 彼は一見クールな表情でそれはそれは優雅に踊っているけれど、その緑の目は私をじっと見つめていて、きっと私は顔が真っ赤になっていることだろう。


「顔が赤いよ」

 ほらやっぱり。


「だってそんなに見つめられたら」

 照れくさくてちょっと文句を言ってしまう。


 それでも彼が見つめるのをやめてくれないので、私は最後は困ってしまって視線を外してしまった。

 彼がくすっと笑うのが頭のすぐ上から聞こえた。


 しばらくして、もう見ていないかと上目遣いでちらっと見上げてみたら、彼がまだこちらを見ていて目が合ったとたんにっこりされたので、きっとまたせっかく白く戻ったはずの顔が真っ赤になってしまったことだろう。困るわ。


 ワルツが終わってしまったので、続けて二曲踊った私は喉が渇いて飲み物を取りに行くことにした。

 ディックも一緒に来てくれる。


 その時一緒に歩きながらも、ディックを見つめる女性の目がたくさんあることに気が付いた。

 あちらこちらで彼を見てはくすくす気を引くように嬉しそうに笑ったりうっとり見つめていたりしている。


 そうね、たとえ仮面をつけていても、整った顔立ちは隠し切れない。それに彼のたくましい肩幅や高い身長も隠せないのだ。

 そして踊った時に改めて思ったけれど、この人、仕草や立ち居振る舞いがとても優雅で美しい。ダンスなんてびっくりするほどの完璧さだった。


 いくら貴族とはいえまだ少年といえるような年に西の国へ行ってしまったのに、いつのまにこんな立ち居振る舞いを身に着けたのかしら。あちらの学校で教わるの? でもどんな状況だったとしても、きっととても努力したに違いない。


 そんなことを考えながら飲み物を飲んでいたら、ディックがとても美しい女性に話しかけられていた。

 数歩離れたところからそれを眺める私。


 やっぱり仮面をつけていてもモテるのね。仮面を取ったらその綺麗な顔で、もっとモテるに違いない。ということはよくある普通のパーティーなら、一体どうなるのかしら?

 その美しい女性がさりげなく話をしながらディックの腕に手をかけた。そして耳元で何か内緒話をする。そしてその答えだろうか、ディックがほほ笑みながらやっぱりその女性に顔を寄せて何か答えていた。


 めらっと、胸の中で何かが生まれたような気がした。

 それは悲しいような、せつないような、締め付けられるような。


 これはいけないものだ。本能が私にささやく。


 これ以上考えてはいけない。そこから先は──なにか嵐の予感がする。

 のぞき込んだらきっとそこには心が潰れるような何かがある気がする。だけど。


 だけど──。

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このお話がフレックスコミックスさんから

コミカライズされました!

捨てられた令嬢は、いつの間にかに拾われる 表紙
構成は 兎原シイタ先生、作画は 采池たく也先生です!
とっても素敵に描いてくださっているので、ぜひこちらも見てみてくださいね!
どうぞよろしくお願いします!
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