最後のひと時
「ユナ、ここに入って。早く!!」
「え、ええ・・・」
ユナは先に穴に入り、灯りをともした。
レイは穴の入り口を堅く閉め、ユナの向かいに座った。
「じゃあ、詳しく聞かせてもらっていい?ユナ」
レイは穴に保管されていた食料の棚を見ながらいった。
ユナは、釜に水を汲みいれると、ふうっと息を吐いた。
「・・・私は、小さいころから此処にいたわけじゃない。貴方と同じように、声を聞いてやって来たの。ここは、知ってるでしょ?」
レイは頷いた。いつか浜辺で聞いたことがある。
「じゃあ、あの使いは、君の過去が関係しているんだね?」
「そう。」
ユナはまたゆっくり呼吸した。そして、レイが首に下げているペンダントを見た。
「そのペンダントに、クシュナとクラスペディアの名前があったでしょう。・・・実はね、私、名前を変えてるの」
「名前を、変える・・・?」
レイは初めてそんなことを聞いた。
ユナは苦笑した。
「元は、クシュナって名前だったわ。でも、クシュナのままだと使いに見つかると思って変えていた。」
レイは目を細めた。
ユナは、小さな声で言った。今にも涙を零しそうに。
「だってね、私、本当はこの国の・・・王妃に、なるはずだったんだから。」
レイは、息を呑んだ。
「え・・・・・・・・・・?」
「元々、私は下級貴族でね。クシュナ・カッチコム・ルーファス・サビアナーレって名前だったんだけれど。ある日、王が私を許嫁にすると言い出したのよ。
でも・・・私の従姉だった上流貴族のメーダは怒り狂ってしまった・・・・・何しろ、メーダには王との婚約話が舞い込んできていたから。」
ユナは、また泣きそうに小さく笑った。
「その時、私は森の声を聞いて、ここまで逃げてきた。
今までの生活や、許嫁のことや、メーダのこともすべて投げだして。」
レイは、何も言えなかった。やっと出てきた言葉は、「それで・・・クラスペディアは?」だった。
ユナは俯いたまま答えた。
「クラスペディアは、この森の前守護神で、凄く偉大な人だった・・・何もかもから逃げてきた私に、新しい道を照らしてくれた・・・まさに女神だった。
私はそこから守護神の跡取りとして育ったの。そして・・・」
「そして?」
「クラスペディアは、いつからかこの森を永遠に去ったわ。行く処があったんだって・・・役目を終えた守護神はいつかそうなるんだって・・・」
レイは、なにも返す言葉が見つからなかった。
その代わりに、手を動かして釜の中の沸騰した湯に茶葉をたっぷり入れて、蓋を閉じた。
ユナは堪えきれずに一筋の涙を零した。
ユナはその事にも気づかないくらい、悲しみで顔をゆがめていた。
ユナは、レイの方に体を動かして、レイにしがみついた。
「ねえレイ・・・どうして私の周りでは、皆離れてゆくの?どうして皆・・・悲しい思いをするの?
メーダだって、王だって、私の父や母だって、クラスペディアだって、それにレイだって。
どうして・・・・・・・・どうして・・・・」
すすり泣くユナを見つめていたレイは、苦痛で顔を曇らせた。
どうして僕は・・・僕はユナを慰めてやれないんだ?
なんで、僕はこんなことしてるんだ・・・・・
レイは立ち上がってユナを岩壁に凭れさせると、蒸しあがった茶を湯のみに注ぎ、ユナに渡した。
「ああ・・・ありがとう、レイ。」
ユナは口元に湯のみを持っていき、一口啜った。そして暫くして、目尻に溜まった涙の雫を手で乱暴にふき取った。
「ふふ・・・私らしくないわね。・・・・決めた。私、行くわ!」
「行くと、どうなるの?」
「・・・村で聞いたけど、今の王妃はメーダなの。きっとメーダは昔の事がまだ忘れられなくて、私を追うように命じたのよ。
しかも、王の知らない間に水面下で出された命令に違いないわ。王は私のことを好いていた。ということは、きっと王妃のメーダのみが関連していると考えられるわね。
だったら辻褄があう。メーダは私のことを簡単に殺せるわ。私は・・・殺されるに違いない。」
ユナは訝しげに口を動かした。
「こ、殺す・・・」
レイは目を見開いた。
「ええ、きっとあの使いも私を殺す・あるいは処刑するため連行しにやって来たのね。だから、私がここから出さえすれば、私は殺されて、一件落着〜って訳。」
「そんな!駄目だよユナ!君まで死ななくても良いじゃないか!?何故自ら―――」
レイがユナの方を振り返った。
「私が決めたからよ、レイ!!」
ユナはレイを睨みつけた。
「私が決めたことなの。だから、私は此処をでるのよ!」
レイの目はどんどん涙で霞んだ。
「ユ・・・ナ・・・」
なんて、ことだ・・・・・・
こんなことになるのなら、いっその事僕が死にたい。
でも、言えなかった。
レイは、ただ涙を流しそうになって、止めた。
もしかしたら、ユナが『嘘だよ〜レイったらもう!』なんていってくれると思ったのかもしれない。
レイはユナを抱きしめた。
ユナはまた微笑んで、レイを強く抱きしめ返した。
「ありがとう、レイ。私、今とっても・・・幸せよ。」