第9話【夜の冒険】
涼太は食事の味はまぁまぁ良かったと位置付けた。久しぶりに食べた白いパンは美味しかったし、スープはやはり塩味がついておらず、味が薄かったものの素材の味がしっかりと生きていた。ただ、何の肉かわからない肉は手を出すのを躊躇っていたらナナにとられてしまった。
食事の後、ナナ達と自分が外でどのように過ごしてきたのかという他愛もない会話をし、夜になればナナ達は割り当てられた部屋に戻っていく。
ナナ達と別れた後、今日あった出来事を思い出し、整理した。今日も様々なことがあって疲れが出ている。自分ももう寝ようと涼太はベッドに潜り込み、目を閉じた。
暫くして、ふと涼太の耳に誰かが古い木の廊下を歩く音が聞こえて来た。木の廊下である為に誰かが歩くと軋むような音が聞こえてくるのだ。
(夜の時間なのに……誰だろう?)
スピカとナナは隣の部屋で眠っているはず、となるとこの病院の主であるエスプリがふらついている可能性が高いのだが、涼太は足音の主が何をするのかという好奇心に負け、ベッドから降りると足音の主についていくことにしてしまった。
病院は殆ど闇に包まれ、窓から射し込まれた月の光だけが廊下を照らしている。廊下に出た涼太はその暗さに驚きつつも月明かりと足音を頼りに追跡を始めた。
足音は1歩、また1歩とゆっくりとした速度で音を立て、寝ている人物を起こさないようにしているようにしていると涼太は感じた。
(やっぱり、足音の主はエスプリさんなのかな?)
涼太はそう思いながら足音の主に気がつかれないようにゆっくりと足音についていく。やがて足音はピタリと止まり、扉が開く音が聞こえた。どうやらどこかに入ったらしい。
このままでは見失ってしまうと涼太が慌ててついていくと、廊下の終わりに他の扉とは明らかに違う古びた扉が一つ重々しい雰囲気を纏いながらそこに存在していた。
(ここに入るのはさすがに怖いな……)
流石にそろそろ引き換えそうかと涼太が思ったその時、扉の奥から声が聞こえてきた。
「きょ……も……き…………たよ。きみ…………」
(エスプリ……さん?)
声の主はエスプリで間違いなさそうだ。声を聞く限りでは誰かと会話しているようにも聞こえるのだが足音は一つだったはずだ。誰に話しかけているのだろう。
そう思うと急に好奇心が湧き出てきた。涼太は急いで、でも気がつかれないように扉を開く……扉の先は下へと続く石造りの階段だった。どうやら声は地下から響いてくるものらしい。涼太は足を滑らせないように殆どの闇の中、階段をゆっくりと降りていった。
階段を降りるにつれてエスプリの声がはっきり聞こえてくるようになる。やがて階段が終わるとその先には扉が一つ。そして今度ははっきりと声が聞こえてきた。
「彼は観測してきた人間の中でも特異な存在と言えるだろう。是非君にも是非会わせてあげたかったよ」
涼太はこの時、扉の向こうからはエスプリの声以外何一つ物音がしないことに気がついた。どういう事なのか考えていると
「来ているのだろう? 先程から何事かと思えば盗み聞きとは気分が悪い……まぁ折角だ、入りたまえ」
エスプリの声が響いた。これは音のしない何かに向けての言葉ではない……エスプリは間違いなく涼太に気がついている。
エスプリに招かれ、涼太が扉を開くとそこは石造りの一室だった。部屋の奥中央には祭壇のようなものと、その上には細長い箱が一つ。そして祭壇の前には片手にカンテラを持ったエスプリがいた。カンテラの火はゆらゆらと揺れている。
「全く。人間の好奇心とは常に問題を起こしてばかりだな。否、その好奇心のお陰で進化したとも言えるだろう」
カンテラに照らされたエスプリの表情は最初に会ったときと同じ、殆ど無表情だ。それでもその声は怒りや呆れを含んでいるように感じる。
「ご、ごめんなさい……」
エスプリに迷惑をかけてしまったと思い、謝るとエスプリは「別に構わんよ」と言った。
「人間は好奇心が高い、故にその短い命に意味と使命を持たせ輝かせる事が出来る。非常に素晴らしい、私達とは異なるが私は人間の方が好ましいと感じるよ」
「えっと……エスプリさんも人間ですよね?」
まるで自分は人間ではないと言わんばかりのエスプリの態度に涼太は違和感を覚えた。
「そうか、君にはまだ話していなかったな。私は人間ではない。私は妖魔だ」
「妖……魔?」
妖魔とは涼太にとって、その名を初めて聞く種族だ。
「知らないのか? あの魔女、保護責任者としての自覚が些か足らないのではないか? まぁいいだろう。妖魔とは魔法生命体の総称で定義は2つある。一つは吸血鬼、エルフ、妖精……皆別々の種族ではあるがここの法では妖魔族に当たる。最もグランバースにエルフはいないが」
そのままエスプリは話を続ける。
「もう一つは魔力を持った非知的生命体が妖魔に転化した存在の事だ。こちらは種族不明だからな、妖魔族の妖魔として扱われる」
ちなみに私は後者の存在だ、とエスプリは言い放った。
「エスプリさんが妖魔……」
エスプリを人間だと思っていた事と、妖魔という言葉の響きに怖いものを感じた涼太の表徐は強張ってしまう。それを見たエスプリはふむ、と呟いた。
「私は過去に人間と30年共に暮らしたことがある。他の妖魔は知らんが少なくとも私は人間を取って喰おうなどとは思わん。」
「30年も……エスプリさんた一緒に暮らしたその人は、どんな人だったんですか?」
涼太には妖魔と共に30年も暮らした人間に少し興味があった。エスプリの方は涼太の質問に暫く固まってしまったが、答えることにしたのか口を開いた。
「そいつは、変な男だったよ。町医者でな、無償で人々の治療をしていた。酷い目に会っても常に他人を信じていた。……私が治癒力の高い妖魔だと知ってもなお治療しようとした大馬鹿者でもあったな。……その馬鹿は今はここに眠っているよ。」
そうエスプリは言うと祭壇の上の箱を軽く手で叩いく。
その時、涼太はこの箱の意味、そしてこの祭壇が置かれた地下室の意味に気がついてしまった。
(ここは……お墓だったんだ。そして、その箱は棺……)
エスプリは、もう死んでしまった人間に声をかけていたのだ。
「こいつと共に暮らした理由は単純明快、まぁ何となくだ。妖魔としての暮らしに飽きた私は愚かにも変われるのではないかと思い、変化を求めた結果、こいつと共に医者の真似事を始めた」
そう言うエスプリの表情は変わらない。涼太はただ静かにエスプリの話を聞くことにした。
「毎日そこそこ楽しかったのだがな……ある日こいつは病に侵され倒れてしまった。私は毎日男の病を治すために少し離れた図書館に通ったが何もしてやれなくてな……こいつはある日、私にただ「ありがとう」と残してぽっくりと死んでしまったよ」
エスプリの表情はそれでも変わらない。だが声は苦しそうだ。
「君は知っているか?魔法で傷は治せても、病は治せない。魔法で病を治すというのは神の領域だったのだよ。だが私は諦めが悪い性分なものでどうしても納得出来なくてな。何故重い病に苦しむ者が死以外で救われてはならないのか」
一息つき、エスプリは言葉をつづける。
「私の夢は、ありとあらゆる病を治す魔法をこの世に生み出す事だ。もう誰も悲しませたくないのでね。それが私の覚悟であり決意だ。……君にもあるのだろう?家族に会うというという決意が」
「……はい」
涼太が答えるとエスプリが笑ったような気がした
「だったら絶対に叶えたまえ、願いは必ず叶うものだ……あいつは口癖のようにそう言ていた、私もそう信じているよ」
「長話になってしまったな。私はまだ用事があるが君はもう部屋に戻るといいだろう」
エスプリに促され、涼太は部屋へと戻った。
ベッドに潜り込み、そのまま涼太は眠りにつこうとする。疲れたのかすんなりと眠りに落ちていけそうだ。
『絶対に叶えたまえ』
(わかってる。絶対に叶えるよ)
涼太の頭の中でエスプリの言葉が何度もこだました。




