第8話【3つの国】
「涼太、私は一つお前に謝らないといけないことがある」
病院に泊まることとなったその日の夕方頃。突然、スピカがそう告げた。その目は真っ直ぐに涼太を見つめており真剣そのものだ。
「スピカさん……?」
涼太はナナにベッドを奪われイスに座っていた。一方のベッドの侵略者ことナナは先ほどまでベッドで嬉しそうに跳ねていたが今ははしゃぎ疲れたのか眠ってしまっている。
「お前に大陸での生活について詳しい話をしてないと思ってな。悪かった」
最後の方はあまりにも素早く小さい声だったので涼太には上手く聞き取れなかったのだが何となく謝ってくれているのは何となくわかった。
スピカはごほんと咳払いすると話を続ける。
「涼太。これからお前はこの大陸の町では村から来た私の親戚、と言う設定で芝居を打って貰いたい。この大陸の学校は町にしかなく、村で暮らしている者は基本文字すら読むことができない。……お前には文字が読めない演技をして貰うが頼めるか?」
文字、と言う単語でふとあることを聞こうと思っていたことを涼太は思い出した。
「それはいいけど……ところでスピカさん、この世界の本や看板の文字は日本語で書かれてるけどそれはどうして?」
「本?お前ナナと一緒に私の部屋に入ったのか」
「あっ」
スピカの回りの空気が一瞬凍てついたような気がして涼太は慌てたが、スピカはたいして気にしては無さそうだ。
「まぁいい。先程の質問だったな。まず、この大陸の管理者アヤメは日本から来た存在だ。日本で何があったかは知らんがアヤメは外から来た者達と共に、グランバースの言葉も文化も違う戦争ばかりの2つの国を文化を用いて和解させた。それが今のエウペル王国とギザ帝国。そしてエウペル王国から別れたチュラ公国。これが今のグランバースであり、3つの国の言語が日本語に統一されている理由だ」
戦争、滅び、統一。涼太には遠い出来事のように感じる。それでもこの大陸はその歴史を歩んできたのだという事を涼太は感じた。
「そんな事があったんだね」
「私がこの大陸に来たときは既に今の状態になっていた。ここに来たばかりの頃はこの大陸は人間も魔女も亜人も。皆が仲良く暮らす平和な場所だと思っていたのだがな。……アヤメが表に立たなくなり約400年。人々の記憶からアヤメは消えてしまい、その間に人間は同じ過ちを繰り返そうとしているらしい」
「同じ?……まさか戦争!?」
だとしたら大変だ。この町にいる人も含め皆が巻き込まれてしまう。
「いや、まだ戦争までは行かないだろう。平和ボケしたチュラ公国を抜いた2つの国の国力はほぼ同じである以上このまま争っても意味は無い。私も森で暮らしていたせいで最近の事は知らんのだがこの町を見る限り今は表上2つの国は仲良さそうにしているようだ」
スピカは慌て始めた涼太を宥めるように優しい口 調で話した。
「だったら、今すぐ戦争が起こる事は無いんだね」
涼太が安心しながらそう言うとスピカは渋いものを食べたかのような顔をした。何かを言おうとしているのはわかるが言いにくそうにしている顔だ。
やがて、意を決したようにスピカは言葉を紡ぎ始めた
「いや、そうとも限らない。戦争の鍵はお前だ、涼太」
「……へ?」
自分が、戦争の鍵?それはあまりにも現実味の無い話だった。自分が超能力者だとか、ナナが神様だとか、スピカが魔女だとか。そんな話は実際に目にした事で受け入れることが出来た。だがこの話だけはまだ13歳の涼太には到底受け入れられるものではない。
「スピカさん、それってどういう……」
「少し言い方が少し悪かったな。正確にはお前の外の世界の知識が戦争の鍵になると言うことだ」
「外の……?」
「外の知識だ。この世界の人間は結界を『世界の終わり』だと思い込んでいる。だがもし、この終わりに実は続きがあったら?外の世界はもっとずっと進んだ世界だったら?知識の差は戦力の差となる。だからこそ、お前が外から来たということを隠しておく必要があるんだ」
まぁ、これもいずれ話す必要がある話だったな。とスピカは呟いたが、涼太は小さな疑問から始まった話が思わぬ方向に進み、自分を取り巻く闇を知ってしまい気分が落ち込んでしまった。
その時、ナナがゴソゴソと動き出した。どうやら起きたらしい。暗い表情ではナナに心配されるかもしれない、涼太は慌てて明るい表情を作る。
「んー……あれ?私寝ちゃってたんだね。おはよう、スピカちゃん!涼太君!」
「ナナ、おはよう。よく眠れたか?」
「……おはよう、ナナ」
「んー?」
ナナがジロジロと涼太の顔を見つめ出した。
「何かついてる?」
「ううん、涼太君悲しい顔してる気がしたの」
そう言うとナナはベッドから降り、涼太の足元にすり寄ってきた。ナナの柔らかくて微妙に固い毛が涼太をくすぐる。
「大丈夫だよ。私が涼太君を守るって約束したからね」
自分がこの世界の平和を壊す存在になるかもしれない事をナナは知らない。例え知ったとしてもナナは優しいままかもしれないが……今の涼太にはナナの無条件の優しさがとても嬉しかった。
ナナと優しく触れあっていた時、不意に部屋の扉が開けられた。
「おや?これはまた随分仲良しな物だな。無論、仲良しなのはおおいに結構だが」
エスプリが突然部屋に入ってきた。その手には木のお盆らしき物、お盆の上にはパンと野菜スープと何らかの生物の肉が皿に盛られて乗っている。きっちり3人分あるようだ。
「食事を持ってきたから食べたまえ。なるべく早く食べることをお勧めするよ」
机の上に食事を置くとそのままエスプリは部屋を出ていってしまった。
「ご飯だ!」
ナナは嬉しそうに尻尾を振りだした。涼太のお腹も美味しそうな匂いにつられて間抜けな音を出している。
「これは……白パン?こんなものを出してあいつどういうつもりだ?」
スピカは白いパンを出され何故か警戒している。きっとこの大陸では最初に食べたあの黒いパンがメジャーなのだろうと涼太は思った。
「美味しそうだし食べようよ」
「うん!」
「……考えても仕方ないな」
「「「いただきます」」」
こうして3人は一緒に晩御飯を食べ始めた。




