第7話【超能力と黒衣の医者】
涼太が目を覚ますと、そこは見知らぬ建物の中だった。涼太はその光景と感覚にデジャブを感じながらも体を起こす。先ほどまでの熱に魘されたような気だるさも、頭が割れると錯覚するような頭痛も消えていた。
「ふむ、目を覚ましたか」
不意に聞き覚えの無い女性の声が聞こえてきた。涼太が慌てて声の主を探すと声の主は近くの作業机で何やら作業をしていたようで、椅子に座ったままこちらを見ていた。
その女性は黒いコートに身を包んでいた。そのコートは飾り気こそ無いものの質素なものというよりは色は真逆なのにも関わらず医者が纏う白衣のようにも見える。
何よりも奇妙なのは彼女が燃える炎のような赤い髪に、アメジストを思わせる紫の瞳を持ち合わせているその美しい顔つきの顔は作り物のように表情が全く動かないことだった。
こちらが困惑していることに気がついたのか、女性は自ら話を重ね続ける。
「その困惑は至極全うな物だ。君の友達なら隣の部屋に居るよ。私のことは……そうだな、エスプリと呼んでくれて構わない。あぁ、君の名前は君の友達から聞いた。名乗らなくても結構だ」
エスプリの瞳はこちらを探っているかの様でどうも居心地が悪い。
「ふむ、その表情は困惑というより……嫌悪。苦手意識か?女性と一緒に過ごした経験は浅い方かね?」
「えっと……まず、ここは何処ですか?」
一体エスプリは何者なのだろうか。完全に彼女のペースに飲まれそうになっていた涼太だったが何とか質問をすることが出来た。
すると彼女の表情は少しだけ動いた……がすぐに無表情に戻ってしまう。
「君はあんなことをしておいて、なにも覚えていないのかね?」
「あんな事?」
「あれだよ」
エスプリが指さしたのは壊れた小さな木箱だった。木箱はまるで大きな力に上から押し潰されたかのように無惨にも破壊され、粉々になっている。
「あれを、僕が?」
「こう見えても私は説明は苦手な方なのだが、思い出してもらうためにも説明してみようではないか」
エスプリは何が起こったのか説明し始めた。
エスプリ曰くここはエスプリの個人病院で、ここに血相を変えたスピカが涼太を抱えて入ってきたのだと言う。
あまりにも涼太が酷い熱だったので感染症を疑ったエスプリは涼太をこの部屋に移して監視していたのだがその時にとんでもない出来事が起こったらしい。
「君の回りの物が宙に浮いたのだよ。その不可思議な現象に目を取られている間にその箱を壊されてしまってな」
「物が……宙に?」
涼太は過去にも一度不自然に物が浮いた事があったのを思い出した。そう、ドレイク。ドレイクも涼太とナナの目の前で突然宙に浮き、地面に叩きつけられたのだ。あの時は本当に何が起こったのかよくわからなかった。
「うむ、他のものも壊されてはたまったものでは無いと思っていたのだが一つ壊したら直ぐに収まってな。……君は気絶していたが、君がやったもので間違いないと私は結論付けている」
「それはあり得ませんよ、だって僕はこの大陸の人間ではありませんから」
今までごく普通に生きてきた、この大陸で生まれたのなら不思議な力があってもおかしくはないが自分は日本生まれの日本育ちで大陸に来たのは5日前なのだ。魔法の力があるはずがない。
「ほう、外から?その話も非常に興味深いがそれよりも先に君のその力『超能力』について話す必要がありそうだ」
「超能力?」
超能力という単語で涼太が一瞬思い付いたのは、日本に居た頃テレビで見た超能力TVという番組だった。世界の超能力者を集めたと歌う番組だったが母がいつも「あれは超能力じゃなくて手品よ」と話していたのを覚えている。
「一先ず、君の友達にも説明しないといけないな。呼んで……いや、もう来るか」
エスプリがそう言うと
「涼太よ、無事か?」
「涼太君、お熱大丈夫!?」
騒がしい音と共にスピカとナナが部屋になだれ込んできた。どうやら相当心配されたらしい。
「うん、とりあえずは……」
2人の姿を見たエスプリは何かを確信したかのように頷く。
「予定の時間より3分早いが役者が揃ったな。では話すとしよう。」
「え、何の話?」
「ただの答え合わせだ」
困惑するナナにエスプリは答えた後、ニヤリと笑った。恐らく今日一番のエスプリの表情の変化だろう。
「時に星の魔女スピカ。君は涼太君の超能力について実は存在に気がついているんじゃないか?」
「……何の事だ?」
スピカはきつくエスプリを睨み付ける。
「そんなに警戒しなくて良い。私は涼太君が大陸の外から来た人間だという事に最初から気がついている……何より私は医者だ。医者は患者の秘密を守るもの、そうだろう?」
「……そうだったの?スピカさん」
涼太に見つめられ、スピカは「何となくだが」とぽつりと口にした。それを見たエスプリは「やはりか」と呟いた。
「今の涼太君に発現している能力は念力と呼ばれるものだ。この能力はテレキネシスとでも言えば分かりやすいかね?」
「テレキネシス?」
念力は何かのゲームで聞いたことがあるような気がしたが、テレキネシスは聞いたことの無い単語だ。
「物体の浮遊に関わる能力だ。上手く使いこなせれば浮遊も出来るらしいな」
「空も飛べるのか。なかなか便利な物だな」
スピカの言うとおりなかなか便利そうだと涼太も考えたのだが、エスプリはその様子を見てククッと笑っていた。
「先程、念力の餌食になった箱を見たと思うが念力の力の制御は難しい。下手に飛ぼうとすれば自身を念力で破壊してしまうかもしれないねぇ」
先程自分が壊してしまったらしき箱を涼太は頭のなかに思い描いた。そして次に自分の姿を想像し……気分が悪くなってしまった。
「このままでは危険……か。どうしたら制御できるようになる?」
「それは至極簡単だ。経験を積めば良い。超能力を頻繁に使えば精度も上がるだろう。だが使いすぎには気をつけたまえ。涼太君の発熱は決して疲れ等では無い。超能力の作用によるものだ。使いすぎると頭痛と発熱に何度も悩まされるようになるだろう」
「あの熱もそうだったんだ……」
涼太は、様々な物事が一つに繋がっていく感覚を覚える。なぜ自分にそのような能力があるのかはわからないし、本当に自分の力なのかすらまだわからないが、これがあるなら少しはスピカやナナを守れるだろうか。涼太はそんな事をふと考えた。
「また熱が出る可能性もあるから今日は一度ゆっくり休むと良い。急ぎの旅でも無いのだろう?」
「まて、私達が何故旅をしていると知って」
スピカの疑問に答える事なくエスプリは部屋を出ていこうとしている。スピカが呼び掛けるとエスプリはただ
「どうやら他の患者が来たらしいのでね。この部屋と隣の部屋を使いたまえ」
と言い出ていってしまった。
自分のための旅なのに、スピカやナナに迷惑をかけてしまっている。申し訳ないと言う気持ちでいっぱいの涼太にナナが話しかけてきた。
「涼太君の体が大切だよ。今日は休もうよ。スピカちゃんも良いよね?」
「あぁ、私もまだあの医者に話があるのでな」
「……ありがとう。2人共」
こうして3人は1日を病院で過ごすこととなったのであった。




