第61.5話【魔女】
涼太達がシエルと鬼ごっこをしていた頃。スピカ達はアクイラに説得され、シュヴェ達を見つける前に魔女の花園を訪れていた。
水晶の光に満ちた妖魔城の地下一面に、白薔薇が咲き誇る。本来であれば、日の光が必要な白薔薇達も魔女の力により妖花と化しており、その美しさには妖しさも秘めている。
ごく普通の感性を持った人間ならば、この花達は危険だと気がつけるだろう。だが
「すごーい!お花畑だー!」
そんな事など、ナナには些細な問題ですら無かったようだ。道から外れ、元気に花畑へと足を踏み入れるナナがが花を潰さぬよう、回りをヒラヒラと舞っていた蝶が慌ててナナの元に寄っては、誘導するように飛んでいる。
そんな光景を、スピカがどこか遠い表情で見つめているとふと隣にローゼが寄ってきた。
「大丈夫よ、スピカ。アクイラは誠実な妖魔よ。私の期待を裏切らないわ」
その口調は、地上で聞いた気取ったものではなく砕けたものだ。ローゼがスピカにどれだけの信用を寄せているのか一度聞けばわかるぐらいに、彼女の雰囲気も変化していた。
「誠実? ……妖魔にしては珍しいな」
スピカが意外そうな表情を見せれば、ローゼは口に手を添えてクスクスと笑う。
「そうかしら? 貴方が昔から良く関わっていたエスプリも相当誠実じゃないかしら」
「エスプリは誠実というよりは最早変人の部類だろう。妖魔が人間を治療するなど相当だぞ」
「うふふ、そうかしら」
スピカはふと、そこまで言ったローゼの表情が固くなっていく事に気がついた。そして彼女は次の言葉を紡ぐ。
「スピカ、実はね……ほんの一月ほど前、私の元に月の魔女の使い魔を名乗る黒猫が来たの」
「月の魔女の使い魔だと?」
スピカが確認するように問いかければ、ローゼはこくんと頷く。
「えぇ……黒猫は言ったわ。『もうすぐ、この世に我らの母が降臨する。その時、全ての魔女は法から解き放たれるだろう』とね。母、とはこの世界に最初に生まれた魔女とされる生命の魔女の事だと思うのだけれど……貴方はどう思う?」
「生命の魔女……話を聞いた事はあるが、長く生き過ぎたとされる彼女はもはや概念の存在だろう。力を持っているとは思えん。今更呼び寄せてどうなる」
生命の魔女は有りとあらゆる魔女の祖と呼ばれる程、大昔に存在した魔女だ。現代に生きる魔女でその姿を見た魔女は居居ないが、他に生命の魔女が存在しないので彼女はまだ生きているという事になっているらしい。
正直な所スピカは生命の魔女は既に、この世に居ないだろうと考えていた。
「わからないわ。ただ」
ローゼは次の言葉を溜めるように、一度区切ると再び口を開いた。
「もし、そうなるなら私達は立場を改めて決める必要があるわ。貴方はどうするの?」
そう問いかけるローゼは人間らしい顔を持たないので表情が読めない。何を考えているかなど、スピカに判断する手立てはないが、どのみち答えは決まっていた。
「……私は最初からどうするかなど決めている」
「あら、そう」
ローゼのその明るい声は、答えが期待通りだと言わんばかりなのだが、スピカはそれに気がつかない。
「私はナナが愛したこの大陸を守ろう。その意思は変わらん」
それに、とスピカは呟くと横目でローゼを見つめた。
「花の魔女も、既にどう動くか決めているのだろう?」
「うふふ、嫌だわスピカ。どうしてわかったの?」
「先程から私を探るような発言ばかりだったぞ。無意識か?」
「どうかしら?」
そう言いながら微笑むローゼが何を考えているのかなど、わからない。ただ、スピカとその仲間を信頼したいという思いはスピカにしっかりと伝わった。
「……そうか。話は終わりか」
長い沈黙の後、スピカの声から会話が再開された。
「ええ、付き合わせちゃってごめんなさい」
「構わん。代わりに一つ、私の話も聞いてもらえればそれでいい」
「あら、貴方から話?何かしら?スピカの話なら聞くわよ」
ローゼは何故か楽しそうにしている。スピカな何故だろうかと考えた時、そう言えば話の話題を出すのはいつもローゼで自分から話題を出した事など一度も無かったなとふと思った。
最も、その最初の話題は楽しいものではないのだが。
スピカはいつも持ち歩いている小さな鞄から、布切れのような物を取り出した。ローゼが覗き込めば、それの正体がすぐにわかる……鹿の毛皮の一部だ。
「まぁ、スピカったら!こんな汚いもの持ち歩いて!私を驚かせたかったの?」
「違う。よくみろ」
「うふふ……わかってるわよ。この毛皮にあるこの紋章が気になるのよね?」
スピカがその折り畳まれた毛皮を広げれば、それは本来ハンカチほどの大きさで、中央に不思議な模様が描かれていた。
「この毛皮は街を騒がせていた角呼ばれるコルヌの物だ。この爪で刻まれた十字架の紋章は魔女の使い魔の証だろう?これはどこの魔女の証だ」
使い魔の体には、魔女と契約した証として紋章と呼ばれるものが描かれる。
花の魔女であれば薔薇の蔦が絡まる門。星の魔女であれば闇色の翼を持つ輝く星のように、紋章を一目見れば、その使い魔がどの魔女の物なのかわかるのだ。
「うーん……誰のだったかしら……」
スピカは、決してグランバースに住む全ての魔女を知っている訳ではない。だからこそローゼを頼らざる終えなかったのだが、ローゼも悩ましげな表情を見せている。
「私もそんなに詳しい訳じゃ……」
「グランバース中の花から情報を集める事が出来る花の魔女でもわからんか?」
「……あ、あぁ!思い出したわ!狂の魔女フロル!彼女の紋章よ」
「狂の魔女だと? 誰だそれは」
狂の魔女、それはスピカが聞いた事のない魔女の名前だった。
「50年ぐらい前に自然発生した魔女よ。一度も会ったことは無いのだけど」
魔女は本来、その名を持つ魔女から次の世代へと魔女の力と名前を継承していく。つまり、魔女の器が増えることはありえないのだがごく希に女性が魔女になってしまう現象、自然発生が起こり増えることがある。
原因は一切不明で不可解な現象の為、一部の魔女は生命の魔女の祝福なのだと噂するほどだ。スピカはそんな噂は信じていないが。
「原因不明の自然発生か……困ったものだな」
「そのコルヌは人間を襲っていたのよね? 狂の魔女は何がしたかったのかしら」
「警戒するに越したことはないだろう」
「そうね……あら?」
そこまで会話した2人は、ふとメイドが一人小走りでこちらに近づいて来ている事に気がついた。メイドはそのままこちらにある程度近づくとピタリと止まった。
「お話し中、失礼します」
「どうしたのですか?」
「はい、アクイラ様が無事、お二方と迷子の魔生命族達を回収しました。今こちらに向かっております」
「わかりました、ありがとう」
「はい、失礼致しました」
メイドは必要最低限の用件だけ告げると、ふわりと闇と一つになるようにしてその場から消え失せた。
「皆が戻ってくるわ、話はここまでね」
「あぁ、……ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
ローゼは優しく、ふわりとわらった。




