第61話【停戦の大鷲】
ぽたり、ぽたりと、紫の血が辺りを汚す。その一撃に動きを止めたシエルは、その美しさも相まってその手の人間から見れば前衛的な芸術作品の様に見えるだろう。
そのあまりにも悲惨な姿に涼太は思わず目を背けようとしたのだが、シエルはそれを許さなかった。
「くっ……くくっ……あっははははは!」
突然響く笑い声にぎょっとしてシエルを見つめると、シエルは自身の体に突き刺さった破片を1枚、また1枚と引き抜きながら心底楽しそうに笑っていた。
「な、なんだあいつ……」
レーゲンからも引いているような声が上がる。涼太も同じ感想をシエルに抱いた。
やがて、体に刺さった全ての破片を抜き終えれば、すっとシエルの体の傷が塞がっていく。涼太はこの時、妖魔の再生能力を初めて目の当たりにしたのだが、自身の想像を遥かに越えた能力だと感じた。
「……ふふっ、なーんだ。やっぱり隠してたんじゃないか」
全てを治し終えた後、シエルは愛しそうにそう呟く。そこに先程のような恐ろしげな雰囲気は無いが、もっと別の恐怖を感じてしまう。
「それじゃ、遠慮無くやるね」
シエルは踵を返し、涼太の方を見ると……そのまま剣を構えて突っ込んできた。動きは早いが対応できる。そう判断した涼太は槍を横に構え、さらにそれをテレキネシスで支え、シエルの一撃を確実に食い止めた。
「それも、さっきのを使ってるのかい?」
余裕そうなシエルに対し、涼太は全身全霊でその一撃を受け止めている為、答える余裕はない。
「精一杯……って事かな。まだ使い方がよくわからない、とか」
そこまで呟き、シエルはふわりと微笑む。
そのまま凄まじい力で切り上げられ、槍を弾かれてしまった。涼太は衝撃で思わず手を離すも、槍はテレキネシスの影響で独りでにふわりと浮いた。
「なるほど……風を操ってる訳じゃ無いのかな」
「……楽しそう、ですね」
必死に振り絞る声は、震えた。それほどまでに命の危機を感じたのだ。
「まぁね、さっきと比べたらだけど……涼太君は楽しんでるかい?」
涼太は必死に首を横に振る。命のやり取りが楽しいだなんて、涼太から見ればとんでも無い考えだ。
この場をどうしたものかと考えていると、突然、二人を裂くように間に風が巻き起こった。風の渦は徐々に激しくなり、2人は目を開けられなくなる。
「な……こんな時に!」
(な、何これ……?)
やがて、徐々に風が止み、再び涼太が目を開けられるようになったその時、自分を背にして守るように立っている彼の姿が目に入った。
「そこまでで御座います、シエル様」
自分を守ろうとしているのはあの時シエルによって呼び出された執事らしき妖魔……アクイラだった。そして、その腕にはシュヴェとシルトが抱かれている。
「シュヴェ、シルト!」
「「オ兄サン!」」
レーゲンに気がついた2人は元気そうに腕をばたつかせるもアクイラはレーゲンを無視し、主に話を続ける。
「邪魔をしないでくれ、アクイラ」
「シエル様、魔女様がお怒りで御座います」
不満そうな声をあげるシエルも、ローゼの事を出せばすっと大人しくなった。
「……ローゼが?」
「はい。このままでは協定が破られたと見なされ、この城が壊されてしまいます」
「気がつかれたの?」
「お言葉ですが……あれだけ騒げば当然かと」
シエルはそこまで聞くと、少しの間悩むような仕草をし、すぐに不満そうにため息をつくと、わかった、と一言呟いた。
「……あーあ、もっと遊びたかったな」
そう呟き、嫌そうな表情をしながらも部屋を出ようとするシエルの姿からは先程の威厳は全く感じられない。むしろ、自分よりも幼い子どものようだと涼太は感じずには居られなかった。
扉を開け、ふとシエルは不思議そうにアクイラの方を見つめた。
「あれ? アクイラは来ないの?」
「すみません、まだ用事がありますので」
「そう。じゃ、また後で」
そう言った後、シエルは今度は涼太の方を見つめ
「涼太君、楽しかったよ。ありがとう。また遊ぼうね」
そう、優しげな表情で涼太に伝えながらシエルは扉の向こうへと姿を消した。
嵐が過ぎ去ったかのようにしんと静まり返る部屋の中、最初に口を開いたのはアクイラだった。
「お客人、我が主がとんだ粗相を……本当に申し訳ありません。」
「あ、いえ……」
妖魔とは言え執事。その性格は誠実なもので妖魔に良い思い出がない涼太を驚かせるのには十分だった。
「「アクイラ!」」
「あぁ、ごめんなさい。あの方が主人でしたか」
ふとシュヴェ達の声が響き、それで何をするべきか理解したアクイラが2人を解放すれば、2人はそのままレーゲンの元へと駆け寄る。
「「オ兄サン、ゴメンナサイ!」」
「なーに、気にするな。無事ならそれでいい」
ぴょんぴょんとレーゲンの足元で跳ねる2人を、レーゲンは優しく抱き抱え、しばらく抱き締めた後そのままアクイラの方を見た。
「ありがとな、2人を見つけてくれて」
「いえいえ、私の方もいい話相手になってもらったので」
レーゲンに笑顔で返すアクイラは、本当に妖魔だとは思えない。
「既に皆様は薔薇園にお集まりになっております。メイドに案内させますので心配は無用です」
アクイラがそう言えば、失礼します、と言う声と共に一人のメイドが入ってきた。勿論、彼女も魔女の使い魔だ。
「ありがとな」
「ありがとう!アクイラさん」
「いえいえ……あぁ、そうでした。一つお話が」
そう言うとアクイラはそっと涼太に近づき……他人に聞こえぬよう耳打ちをした。
「涼太様。先程の戦い、誠に勝手ながら拝見致しました。涼太様の超能力と呼ばれるあの力について私も一つ心当たりが御座います。気になることが何かありましたら、図書室にお寄りください」
「……へ?」
涼太が聞き返す前に、すっとアクイラは立ち上がると何も知らぬと言わんばかりにふわりと微笑むが、涼太の疑問は募る一方だ。
(シエルさんですら知らなかった超能力の事を……アクイラさんが知ってる?でも……今は、考えるより、直接聞いた方が早い、のかな)
涼太の声もなき疑問に、答えるものなど居るはずも無かった。




