第55話【エメラルドの色】
涼太達を招くシエルの声色は間違いなく優しいものなのだが、ガラス細工のような繊細で冷たく美しい顔に見つめられれば、まさに蛇に睨まれた蛙となってしまう。
「……人間の身であの妖魔の近くに行くのは毒だ。そこで待っていろ」
「う、うん……」
入り口で固まる涼太をその場に残し、3人は王の間へと入っていく。
「ナナ、シエルに何を聞かれても答えるな」
「わかった!」
「お前も、ついてくるのは勝手だが……シエルに壊されたくなかったら黙っていろ」
「お、おう……?」
左右に居るナナとレーゲンに必要最低限の事を話している内に、スピカ達はシエルと玉座の前へとたどり着いた。暫くの沈黙の後、スピカはそっと口を開く。
「お前が、妖魔の王か」
「一応ね。君の事は聞いてるよスピカ。いつもローゼと仲良くしてくれてありがとう」
「……あぁ」
あくまでも素っ気なく、必要最低限に。妖魔の興味をそそらないようにスピカは動く。執念深い妖魔に気に入られたら最後、二度と城を出れなくされる可能性もある。
「ところで……そこの青い彼は魔生命族に見えるけど、君の使い魔かい?」
「違う」
「ふーん……話には聞いていたけど、やはり君は気が強いね……そんな一面も素敵だよ」
そっとスピカと視線を合わせ、ス手を伸ばそうとすれば……パチン、と激しい音ともに手で払われてしまう。
そんなスピカの強気な態度に、シエルは再びふーん、と呟いた。
「そんな事をしに来たのではない。何の用事だ」
「んー……君達にも話さないと駄目なんだけどさ。主役が来ないと意味がないよね? ……ほら、君達もここへ来てさ、会話に混ざりなよ」
スピカの怒り声もそのままに、シエルはスピカから視線を外し、すっと涼太の方を見つめる。涼太とシエルの視線がそっと重なった。
「……へ?」
「おいで」
意味もわからず呆ける涼太に、シエルはまるで母親のように優しく語りかける。美しい顔にきらりと輝く宝石のようなエメラルドグリーンに涼太の意識は吸い込まれ……
ふわり、と夢に落ちるように涼太の意識は消えた。
「……た!……涼太!!」
「!」
ふと、自分を呼び続ける声と衝撃を覚え、涼太の意識は突然覚醒した。
自分に何があったのだろうと、覚醒したての頭で慌てて辺りを見渡せば、自分の体を押さえ、シエルを睨むスピカの姿と、玉座に座ったまま面白そうに微笑むシエルの姿がすぐ目の前に写った。
「貴様……!涼太にチャームを使うなど、何を考えている!」
「やだなぁ、彼が怯えてここに来ないから駄目なんじゃないか。僕は彼をちょっと後押しをしただけだよ」
チャーム、チャームとは何なのだろう。妖魔の魔法だろうか。そんな事を、今の事態が他人事のようにしか思えないと言わんばかりにぼんやりと考える。
キョロキョロと辺りを見渡せば、こっちを驚いたように見つめるレーゲンと目があう。
「レーゲン、僕いったい……」
「……何があったか覚えてねぇのか?」
「ふふっ、覚えてないのは無理もないよ。チャームは相手を魅了する妖魔の魔法。自分よりも格下の相手限定だけど……相手を意のままに操れるんだ」
シエルは説明しながら悪戯っぽく笑うが、スピカは心底つまらなさそうにシエルを睨み付ける。
「ふざけるのも大概にしろ」
「はいはい、じゃあ本題に入るよ……実は僕の配下に、カラスの妖魔、コルヴォって子が居るんだ。魔法に関しては、妖魔の中でも優秀な子なんだけど……実はその子の魔法が打ち破られてね」
カラス、魔法……何かを思い出せそうなのだが、思い出せない。何だろうと考えていると、彼女は次の言葉を紡いだ。
「君達でしょ? ハンデルの街近くで、コルヴォの分身魔法を打ち破ったのは」
シエルが感情のこもらない声でそう言えば、先程までの子どものような雰囲気は一気に絶ち消え、そこ居たのは畏れ多き妖魔の王であるのだと再確認する事となる。
ナナが、涼太が、レーゲンが、3人が威圧で固まる中、一人スピカだけが強気に見つめ返した。
「……あぁ、エスプリを狙っていたあの妖魔か。確かに倒した……敵討ちでもするつもりか?」
「敵討ち? まさか」
スピカの物騒な言葉にシエルは驚いた後、優しく微笑みを返す。先程のの雰囲気を忘れさせるほどに、柔らかい笑みだ。
「エスプリを守ってくれた事、妖魔の王として感謝するよ」
シエルの王としての対応、それにスピカは首を横に振った。
「……用事はそれだけではないだろう? 心にも思ってない事を言うな」
「あれ、バレてた? スピカ、やはり君は面白いね……アクイラ」
ふと、シエルがなにかをまるで呪文のように呟けば。
「シエル様、ここに」
風のように、それは瞬く間に現れる。執事のような姿をした茶髪の男だった。
その美しい見た目から妖魔だと思われるが……この様な見た目で目立たない訳がないはずなのに、先程まで何処に居たのだろう。
涼太がそんな事を思っている間にも淡々と話が纏まっていく。
「彼らとお茶をしたい。セットを庭に用意してくれ」
「……畏まりました」
そう言い、主人を見つめる表情はにこやかに。でも一度主人から離れればその猛禽類のような目は確実に主に牙を向けたスピカを睨みつけながら。先程と同じく風のように、アクイラと呼ばれた執事は姿を消した。
「僕は君達に興味があるんだ。……さぁ、僕らのお茶会をはじめようか」
シエルは無邪気に、にこりと笑った。




