第53話【妖魔の国】
霧に包まれたその町は、涼太がこの大陸で初めて目にしたレンガ造りの高い建物達が多い尽くさんとばかりにそびえ立ち、異質な雰囲気を醸し出している。
メイドの案内で町を歩くが、誰ともすれ違うことは無い。まるでこの5人しか、この国には居ないような……正にゴーストタウンのような雰囲気に涼太は恐怖を覚えつつも、こんな場所に置き去りにされぬよう、必死に歩いた。
「相変わらず……随分と人間を警戒して居るのだな」
「私達は偉大なる国王に、人間と対立してはならないと教えられています。その教えは変わることは無いでしょう」
「へぇー……道理で人っ子一人居ない、寂しい国なわけだ」
スピカやレーゲンの会話につられ、ふと、涼太が建物の方に目を配れば窓に影が過った。確かに誰もいない町という訳では無いらしい。
「……つーかこの町ってどうなってんだ? 真っ直ぐ歩いただけだと、元居た場所に戻されるだけだよな?なんで俺らは……」
「この国は、最初からここに存在しておりましたよ」
レーゲンの疑問に、メイドはくすりと笑いながら答える。含みのある言い方に疑問が残るのか、レーゲンは何かを言おうとして……無駄だと判断したのか、口を閉ざしてしまう。それを見たスピカが、メイドの代わりに答えた。
「妖魔の国は特殊な結界内に存在していてな、妖魔法ブルイヤールでねじ曲げられた空間は全て、この妖魔の国の入り口に変わる」
「結界の……中?」
「ああ、妖魔の国は絶えずこの結界ごと移動を繰り返している。どのような仕組みかは知らんが……これが、この国が人間に、幻の国と呼ばれる所以でもある」
幻の国、と涼太は小さく呟く。確かに、この国はまるで霧のように突如自分達の前に現れたのだ。幻の国と言うのも大袈裟ではないだろうと涼太は思った。
「結界とか、妖魔の魔法とか、そもそも妖魔自体全く知らねぇけど……ずいぶん立派な仕掛けを作ったもんだな」
「先程の話を加味して、人間との過剰な対立を避けるために妖魔の方から姿を消したと考えれば自然だろう」
「流石星の魔女様。妖魔の国の事、お詳しいんですね」
「花の魔女とは古い付き合いだからな。何度も訪れる内に嫌でも知ることになった」
スピカの知識をわざとらしく誉めるメイドに、スピカの態度も刺々しくなるのを感じた涼太は、慌てて話題を作ることにした。
何の話をしようか考え……ふと、あることを思い付いた。
「ね、ねぇスピカさん。花の魔女ってどんな人?」
涼太の突然の質問に、スピカは表情に疑問の色を見せたが、すぐに答え始める。
「ん……? 花の魔女は変わり者の魔女だ。他の魔女と縁を積極的に繋ぎ、今では妖魔の手助けをしている」
「それは……花の魔女が元々妖魔だったからじゃないかな?」
次の涼太の問いに、スピカは首を横に振る。
「涼太、私達魔女は魔女になった時点で元の種族を捨てている。その者達と同じ時を生きれぬのだからな……同じ種族としての温もりを求める事そのものが間違っている」
「……でも、スピカさんは」
「私も、他の魔女から見れば変わり者かもしれんな」
それ以上答えたくなかったのか、スピカは涼太の疑問をバッサリと切り捨て、口を開こうとはしない。何とか話を続けようと、涼太が口を開いた瞬間、メイドのよく通る声が響いた。
「皆さん、そろそろ見えて参りました。あれこそが妖魔城で御座います」
「……へ?」
話し込んでいて全く気がつかなかった。思わず涼太が前の方をみると、丁度それが霧の中から姿を表した。
彼らの目の前に現れたのは、古めかしく、尊大な、要塞のような美しさの欠片もない城だった。しかし、よく目を凝らせばその城の本質が見えてくるだろう。
そう、まるで城を飾り、包み込むように、不釣り合いな赤と白の薔薇が無造作に生えているのだ。窓も、壁も、扉すら薔薇の蔦に覆われ、まるで城そのものが機能していないようにすら見える。
「私です、今戻りました」
蔦に阻まれた扉の前で、メイドである彼女がそう宣言すれば、まるで言葉を理解したかのように蔦が動き、蠢き、扉から退く。あまりにも不思議な出来事に、涼太は目を疑わざる終えない。
「さぁ、どうぞ中へ」
メイドはそう言うと、ゆっくりと城の扉を開いた。




