第50話【襲撃者】
街を出た涼太達は、マルコシアスから来る兵士の目を避けるために森の道へと入っていた。
「ここは森の中なのに道があるんだね」
「昔はこの道しか無かったのだがな。隣に大きな道が出来てから、この道は使われなくなった」
「……そりゃ、こんだけ鬱蒼とする訳だ」
レーゲンは怯えたように辺りを見渡す。つられて辺りを見渡せば、確かにこの森は今まで自分達が通ってきたどの森より憂鬱とした、寂しい雰囲気を持っているような気がした。
(でも、この雰囲気……森のせいだけじゃないような……)
涼太がそう思い始めたその頃、既に辺りが少しずつ白い霧に包まれつつあったのだが涼太はそれに気がつけずに1歩、また1歩と森の道を歩む。
「止まれ!」
ふと、スピカの叫び声が聞こえたかと思えば、涼太はぐいとスピカに腕を捕まれた。その衝撃と痛みで歩みを止めたその時、ようやく涼太は霧に包まれるという異常事態に気がついたのだ。
「霧? いつの間に……」
驚いたように辺りを見渡せば、同じよう辺りを見渡しているレーゲンとナナの姿が見える。
霧を観察するためにスピカから離れようとしたが、ぎゅっと再び引き寄せられてしまう。
「妖魔の基礎魔法、ブルイヤール……感覚を狂わせるが、意識しなければ見えない魔法の霧だ。私のそばから離れるな」
「こえー……妖魔ってのはまだ見たことねぇけど……随分と厄介な魔法を使うんだな」
「……匂いはしないよー。変なの」
こうして話している間にも、辺りはどんどん霧に包まれていく。何だか頭を圧迫されるような感じがして、どうも居心地が悪い。
「でもよ、霧って言っても前が見えないだけで道は続いてる訳だし、道なりに真っ直ぐ歩けば大丈夫じゃねーの?」
「……試してみるか?」
スピカはそう言い、意地の悪い笑みを浮かべながら鞄から布を取り出すと、すぐ隣にあった木にくくりつけた。
「布? そんなものどうするんだよ」
「見ていればいい。行くぞ、ナナ、涼太。はぐれないようにな」
「はーい」
レーゲンの問いかけには答えず、スピカは先を歩き出す。その足元にぴったりとナナが寄り添うように歩き、涼太は相変わらずスピカに腕を捕まれたままだ。そんな3人の少し後ろをレーゲンは歩いている。
深い霧の中、仲間がはぐれぬようにゆっくりと、辺りを警戒するように歩き……やがて4人は、どれだけ道なりに歩いただろう。深い霧のせいでいくら歩いても、自分達はその場に押さえつけられているのではないかと涼太が思う程辺りの景色は変わらない。
「スピカさん……」
「大丈夫だ、私の側に居ろ」
不安になり、スピカを見上げればスピカは先程とは違う、優しい笑みを浮かべながら答えてくれる。その笑顔に、頭のなかで何となく母親の影を重ねながら歩けば……やがて、終わりが見えた。
「あれって……」
「な……」
「どうしたの?」
そこには、あの布が結びつけられたあの木があった。何故あの木が前にあるのだろうか。自分達は道を間違えたのだろうか。だが、道なりに歩いたのにそんな事あり得るのだろうか。疑問は尽きない。
3人がそれぞれの反応を見せた所で、スピカは布を取り、種明かしをした。
「ブルイヤールは、正確には霧を発生させる魔法ではない。小さな空間を作り出す魔法だ。霧は副産物で、この辺り一帯がブルイヤールの空間であることの証でしかない」
「空間って……そんな事出来るの!?」
「もちろん。だが、ブルイヤールは基礎魔法とはいえ上位に当たる魔法。ただの妖魔にはそんな芸当は無理だ。妖魔貴族や……王族クラスの妖魔の仕業だろうな」
ごくり、と涼太は唾を飲み込む。涼太にとって妖魔とはエスプリとあの烏妖魔だけであり、まだまだ未知の存在だ。そんなものに本気で襲われたら、恐らく自分は抵抗できないだろうと涼太は考えた。
「つーかそれ……スピカは最初から知ってたって事だよな?」
「実際に体験してみた方がわかりやすいだろう」
「なんだかなぁ」
そう言いつつも、余程妖魔を警戒しているのかレーゲンもスピカのすぐ近くに来ている。スピカは少しだけ嫌な顔をしたが、ふと、何かに気がついたのかすぐに辺りを警戒するように顔になった。
「涼太、構えろ……来るぞ」
「来るって……まさか妖魔!?」
涼太が槍を構えるとほぼ同時に、スピカもこくんと頷く。ナナも気配を察知したのか、低いうなり声を上げ始めた。
「妖魔……妖魔ねぇ、治癒能力が高くて切ったりするのあんまり効果ねぇんだっけか?」
そう呟きつつ、レーゲンはシュヴェとシルトを鞄から素早く取り出す。ふわりと宙に浮いた人形達は、体の大きさには不釣り合いな、それでも小さな武器を主のために構える。
4人が警戒する中、ひゅん、と何かが風を切る音が聞こえた。
「そこだ!」
スピカが魔弾を放ち、それに当てる。それは、魔法を受けた衝撃でくらりとのけ反るものの、すぐに体制を建て直ひ、少しだけ距離を置いて着地した。
ゆっくりと近づいてくる襲撃者の姿が、徐々に露になる。だが、その姿は涼太が予想する妖魔の姿とは異なるものだった。
「……へ?」
襲撃者の正体は、涼太と同じ歳にしか見えない、田舎者のような素朴な姿の少女だったのだ。




