第37.5話【走れ、星の魔女―side.Spica―】
35~37話のスピカ視点の話となります。
涼太が家を出てしばらく経った後、先程まで地図を見ていたスピカは出掛ける準備を始めていた。
「スピカちゃんどこか行くの?私もお外行きたいから付いてくよ」
そんなスピカに、ナナが優しく足元にすり寄ってくる。その暖かさが心地よくて……スピカの守りたいという思いを加速させる。
「……悪いな、ナナ。今日は一人で町を歩きたい気分なんだ」
「んー……そっか」
ナナの表情の変化は人間と違い分かりにくいが、10年も共に生きたスピカにはナナが少し寂しそうな表情をしているのがわかり、見ていて申し訳ない気分になってしまう。
「なら、俺達と一緒に遊ぶか? 丁度暇してたしな」
「本当!?」
不意に声が投げ掛けられた。睨み付けるように振り替えればあまり見たくもないレーゲンの姿が視界に入ってしまう。
「アソボ!」
「アソボウヨ!」
レーゲンに抱えられたシュヴエとシルトも遊びに誘っているのか、鉄が擦れるような音を立てながら、パタパタと腕を動かしている。
「大丈夫だって、別に悪いようにはしねぇよ。ただ町を見て回るだけだし……見ろよ、あの嬉しそうな姿。ナナにも散歩は必要だ、何の問題も無いだろ?」
「……その言葉、忘れるなよ」
「わかってるって」
スピカの中でレーゲンは口が軽く、人の領域に勝手に踏み込んでくる不届き者という立場なのだが、どうしても一人の用事であるために、ここはレーゲンにナナを任せるしかない。
「……ナナ、レーゲンと待っていてくれ。もし何かされたら言うんだぞ?」
「いや、何もしねぇって」
「はーい」
レーゲンの言葉を無視し、ナナを優しく撫でればバサバサだが暖かい毛の感触が伝わってくる。そのままひとしきり撫でた後、スピカは宿屋を後にした。
街の中を歩き、スピカが訪れたのは街で一番目立つ大きさの店だ。情報屋、トラル店と書かれた看板が風で微かに揺れるその店の扉をスピカはくぐった。
「いらっしゃいませー!」
スピカの入店に合わせ、ハーピー族の女性が声を張り上げる。自分以外にも客は多少居るもののかなり少ない為に暇しているようだ。話をするには丁度良い、そう思いながらスピカは店の中を歩く。
エウペル国中から集められた獣害による獣討伐依頼書が貼られた掲示板の情報を軽く見た後、スピカはカウンターで座りながら作業をしている受付嬢らしき人間の女性に声をかけた。
「すまない」
「はーい、なにかお探しですか?」
嫌な顔ひとつせずに作業を中断し、受付嬢はふわりと優しい笑みを浮かべてスピカの方を見た。
「門を越えずに、南エウペル地方に行きたい。ルートは見つけてあるが確認を行うために来た」
用件を聞いた受付嬢の表情はすっと無表情になった。門を越えずにエウペル王国の別地方へ、など何か門を通れない訳がある場合だけなのだから警戒されても仕方ない。
「……担当の者を呼びます」
受付嬢は書類を持って立ち上がるとそそくさと奥の方へ消え、程なく茶色の翼を持つ探偵のような格好をしたハーピー族の男性が奥からやって来た。
「はじめまして、魔女様。私が担当の『目』です」
「……用件は聞いているな?」
情報屋に属するハーピーの偵察隊は仕事中、本来の名前ではなく別名でお互いを呼ぶ。それは自分の身分を明かさないようにするためであり、『目』もまた別名のひとつだ。
「えぇ、門を通過せずに南へ渡りたいと……しかし、ルートは殆ど潰されておりますよ?」
「話が早くて助かるな……このルートはどうだ? 古代遺跡の地下だ。確かここも使えたはずだろう?」
スピカは地図を取り出すと、そこにつけられた印を指差した。
それはこの街の近くにある遺跡を通るルートだ。迷いやすく、また地下には毒を持つ虫が多く生息していることもあって誰も使わない為、このルートは警戒されにくいという利点がある。
だが、『目』は首を横に振る。
「……そのルートはつい先日潰されました。遺跡そのものの入り口が破壊されてしまい……情報として、私の仲間が見たのだから間違いないでしょう」
相変わらず、エウペル王国の密入国者に対する手腕の良さには呆れてしまう。思わず舌打ちをしそうになるが、そんな思いを飲み込み、スピカは冷静を装った。
「……そうか。他にルートは無いか?」
『目』は地図を睨む様に見つめ、じっと考えているが……やがて首を横に振った。
「申し訳ありません。今のところ、他に使えるルートは無いと思われます。もしよろしければ私達が調査いたしますが……いかがでしょうか?」
「そこまでしなくていい、すまなかったな」
スピカはそう言うと、袋を机の上に投げた。『目』が中を確認すると、そこには5枚の銀貨が入っていた。
「あの」
有効な情報が無ければ報酬は貰えない、それが情報屋だ。だからこそスピカの行動に驚いているのだろう。先程まで余裕の表情を見せていた『目』の表情が驚いたような表情に変わるのは少しだけ面白い、と思ってしまう。
「口止め料だ。私がここに来たことは情報として売るな」
それだけを宣言し、スピカは情報屋を後にした。
(まさかルートが全て潰されているとは)
街を歩くスピカの心に、焦る気持ちが募っていく。あれの事だからもう既に手は打っているのではと考えていたがまさか本当にそうなるとは思っても見なかった。
改めて、エウペル王国での彼女の立場の強さを思い知らされる。
(最悪、強行突破か)
その場合涼太とナナと、そしてあの荷物を守りながら突破することとなる。今の門に兵がどれだけ配置されているのかは今のスピカにはわからないが、数はともかく王国の兵士と戦闘になれば今後の旅に大きな影響が出てくるだろう。
(いっそのこと、私の魔法で、私達を縛るこの国を無に……)
ふと、スピカは自分の中にこんなに邪悪な考えがあるのだと思い恐怖した。冷静に考えろ、そんな事をして、涼太やナナが喜ぶはずがない。己の欲望を抑えるようにスピカは頭を振る。
(……一度冷静になる必要があるな)
そう思いながら、スピカは森へと向かった。
森の中に、激しい音が響く。スピカは何かを振り払うように森の中を駆け回りながら、時折木に魔法の玉をを打ち込む。そんな事を繰り返しながら気が付いた時、風向きも変わって、時間は既に昼頃になっていた。
『いいかい、スピカ』
そんな中、師匠に言われた言葉をふと思い出す。それはまだ自分が魔女の従者だった頃に聞いた、魔女の残酷な真実だ。
『どんなにお前が望んでも、魔女は決して成長することはない。淀んだ空気のようにその場に留まり続け、己の欲に溺れる。それが魔女だ』
(そんな事はわかっています……師匠)
二度と愛する者を失いたくないと思ったからこそ魔女になったと言うのに、自分は予想以上に無力だ。だからこそ、涼太が槍を使う為に修行をすると聞いた時、驚いたと同時に羨ましく思ってしまった。
(師匠、私も……成長を望んでいいでしょうか)
涼太ほどの成長は望めなくて良い、ただ少しでも前に進む力が欲しかった。皆を守りつつ、戦う力を。
そう思いながら森を駆けていると、ふと森の中の違和感をスピカは感じ取った。
(……ん?)
その違和感は臭いだ。森の中ではあまり感じない異臭……原因はひとつしか考えられない。
恐る恐る、辺りを確認しながら臭いの元を探す。気配と足音を殺し、神経を研ぎ澄ませて辺りを探せば、それはすぐに見つかった。
(……憐れなものだな)
人間の男の死体だ。木にぶら下がり内臓が露出してしまっている。死体の足元には血溜まりの海があり、そこに男の持ち物らしき剣が沈んでいた。
血溜まりを踏んだのか、血の足跡が出来ている……形からして鹿のような生き物が犯人で間違いないだろうと考えて……ふと掲示板にあった内容を思い出した。
(ヨーンリーダー、角の討伐依頼……賞金も相当なものだったな)
この男は金に目が眩み、返り討ちにされたのか。そう思いながらも、スピカの興味は角に移っていた。
(角は相当強いのかもしれないな……あれと一人で戦えば、少しは成長出来るか?)
そう思えばすぐに行動に移り、スピカは辺りを見渡しながら角を探して森を歩き始めた。




