第37話【獣害と狩人】
ルルを追って森の中に入ると、ルルが感じたという血の臭いをようやく涼太も感じることが出来てしまい、頭が何者かに侵略されるかの様にクラクラしてくる。
(うっ……酷い……何の血の臭いだろう……)
血の臭いそのものは、今までの旅の中でも何度か嗅いだことがある。その時も鉄の様なその臭いに気分を悪くしたもののここまで酷い気分になったことは無い。
そんな気分もそのままに森の道を進むと、ふと、ルルが何かを見つめているのが見えた。早くルルの元へ行こうとしたのだがまるで足枷をつけられたかのように足がゆっくりとしか動かず、なかなか先へと進めない。
ふと、ルルの回りが血溜まりになっていることに気がついた。
(何だか、嫌だな……)
胸騒ぎがした。これ以上先へ進むな、これ以上この場所を見るなと脳が警鐘を鳴らすも、涼太の足は一歩、また一歩と先へと歩んでしまう。
そして……それが視界に入ってしまった。
「あ……」
それは、木に引っ掛かった人間の無惨な死体だった。
何かに激しくぶつかったのか体は潰されており見たくないものが中から見えてしまっている。そして顔は原型をとどめないほどズタズタに引き裂かれていた。間違いなく、森中に広がる血の異臭はこの死体が原因だ。
「獣にやられたみたい」
ルルはあくまでも冷静に、慣れた手つきで淡々と死体を観察し辺りを見渡す。手が汚れる事も厭わず、時に死体に触れては何かを探しているようだ。
一方の涼太は、人間のあまりにも無惨な死体がそこに転がっていることが受け入れられず、その場に座り込んで振り払うように目を閉じてしまっていた。最も、既にその姿が脳裏に焼き付いてしまいその行為も既に手遅れだったが。
「しっかりして、ここに居ると私たちも襲われる」
「……!」
ルルの酷しい声が聞こえる。その声に誘われ、涼太は再び目を開けようとしたがルルの手に視界を遮られてしまった。鉄錆のような強い臭いを感じる。
「辛いのなら見ちゃダメ……私の手を取って。ここから出よう」
「う、うん……ありがとう……」
涼太は差し出されたルルの手を取り、死体を極力見ないように立ち上がると、ルルの後をついて死臭が漂う森を出た。
先程まで槍を使う練習をしていた場所まで何とか2人で戻ってくることが出来た。心地よい風が体を包むように吹き抜けたが涼太の心が晴れることはない。
ふと、ルルがこちらを覗き込んできた。その目は不安そうに揺れている。
「……大丈夫?」
「うん、もう大丈夫……」
ルルに心配をかけまいと涼太は何とか笑顔を作り……ふと、ある事を聞いた。
「……ねぇ、あれは何があったの?」
先程の死体、本当は思い出すのも辛いが何があったのかルルがわかる範囲で涼太は知っておきたかった。
「獣害」
「……へ?」
獣害、それは聞きなれない言葉だ。
「あれは、野生の獣にやられた。傷口を見たから間違いないと思う」
「獣って……ドレイク?ウルフ?」
涼太の言葉にルルは首を横に振る。涼太がこの大陸に来て見た肉食獣らしきと言えばこの2種類だけで、後はどのような生き物がいるのかすら検討すらつかない。
「鹿、あれの犯人はコルヌと呼ばれる鹿」
「鹿!?」
ルルは真面目な顔でそう言い放ったが涼太にはにわかに信じられなかった。
鹿と言えば草食獣であり、涼太の中では比較的大人しい動物として分類されている。その鹿があのような無惨な死体を作ったのだとは思えない。
「ここ最近、この街周辺のコルヌが凶暴化している。私とリエットはコルヌのリーダーである『角』と呼ばれている鹿を討伐するためにここまで来た」
「きょ、凶暴化って……」
「凶暴化していたとしてもコルヌはむやみに人を襲わない。あの男の近くに剣が落ちて居たから、恐らく鹿を倒そうとして返り討ちにされたんだと思う」
そこまで聞いて、ふと涼太はあることを考え付いた。
「な、ならそのコルヌを倒さないようにすれば……」
「駄目、肉食獣の大移動でこの辺りの肉食獣が居ない今、コルヌを放置したら増え過ぎてしまう」
しかし、ルルは涼太の提案に対し首を横に振る。涼太は動物に詳しい訳ではないのでよくわからないが、人間を襲う可能性がある鹿が一方的に増えてしまうのは確かに危険かもしれないと、ぼんやり考えた。
「戦場で武器を持てば、素人でも玄人でも、子どもでも大人でも関係なく一人の戦士、誰も守ってくれなくなる。コルヌに殺されたあの男もそうだった。……どう?ここまで来て、武器を持つ覚悟はまだある?」
「……。」
怖くないのかと言われて頷けば嘘になってしまうが、覚悟があるのかと聞かれれば答えは決まっている。
「それでも、僕は皆を守るために、強くなるために槍を握るよ」
力強く頷く涼太からここまで聞けば、ルルには十分だった。
「……わかった。夕方になるまで練習、しよう」
「うん!」
こうして涼太はルルと共に、日が沈み始める夕方になるまで槍を使う練習を行った。それは、まだはじめたばかりの槍術だがこれからもっと磨いていこうと、そう思える充実した時間だった。




