第34話【追跡者の存在】
逃げ込むようにして皆が待つ宿屋に戻ると、レーゲンが居るのはは勿論、スピカとナナも既に部屋に戻ってきており結果として帰宅は涼太が最後になった。
扉が開いた音でこちらに気がついたのか、皆こちらを見ている。
「おかえり、涼太」
「おう、おかえり」
「おかえりなさい!」
「……ただいま」
仲間達の声を聞くと、ようやく帰ってこれたのだという安心感からか、涼太の表情が緩む。その仕草をスピカは見逃さなかった。
「何かあったのか?」
話せば皆を心配させるかと話すのを躊躇ってしまうが、もし、あの魔女らしき女性が敵だったら皆には話しておくべきだ。ならば話しておいた方がいいだろうと涼太は感じた。
「実は……」
涼太はリエットの元から帰る途中に女性にぶつかった事、その女性から魔女のような雰囲気を感じた事……出身を聞かれた事をぽつりぽつりと語り始める。
話をすればするほど、スピカの表情がみるみると変わっていく。その表情は辺りを警戒するような……そんな険しい表情だ。
「……スピカさん?」
「涼太、先に言っておこう。お前が出会ったそいつは間違いなく魔女だ」
「魔女って事はスピカさんの仲間?」
涼太の言葉に、スピカは何かを振り払い、強く否定するように首を横に振る。
「魔女は複数居るが、私達そのものは個の存在。敵や味方といった安易なものではない」
「そんなバッサリ切り捨てるほど、その魔女は嫌なやつなわけ?」
だらしなく身をベッドに任せながら話を聞いていたレーゲンが割り込んできた。
「私の予想が正しければ、涼太が出会ったのは月の魔女……私達魔女から見ても危険な奴だ」
「危険な魔女、ねぇ……」
レーゲンはそう呟いて横目でスピカを見る。一方のスピカはレーゲンのその行動と意味しているものに気がついているのだが、あえて無視した。
「月の……魔女?」
「奴は魔女の身でありながらエウペル王国に属している魔女だ。恐らくだが、既に涼太の事に気がついているのだろう」
「そ、そんな事って……」
どうして自分が外から来たこととがわかったのだろうか?この事実を知っているのはここにいる4人と、妖魔の医者であるエスプリだけのはずだ。
「今回は涼太に接触するためにわざとぶつかったと考えるのが自然だろう。接触で、涼太が本当に外の大陸から来た存在なのか、どのような能力を持っているのかを確認しに来たように思える」
皆の間に緊張が走る。もし、本当に月の魔女に涼太の事が見透かされていたのならいずれ月の魔女とも戦う必要が出てくるのだ。それがどれほど恐ろしいものなのか想像は容易い。
「これで問題がひとつあるとしたら、私達が通るべに道にエウペル王国の王都であるマルコシアスが有ることだ。素早く通り抜けてしまえば問題はないと思うが……マルコシアスの門を抜けずに南エウペルへと行く道も一応探してみるつもりだ」
そう言い、スピカは部屋にあったボロボロの机に再び向かうと地図らしき紙を見つめる。涼太も何か手伝えないかと地図を覗き込んだが、複雑に書かれておりよくわからない。
ふと涼太は地図の中に、聞いたことのある場所を見つけた。
(ここがハーピーの森?)
ハーピーの森は山に囲まれた場所らしく、涼太達が通った川沿いの道だけが唯一の通り道とされていた。他にもハンデルの町や土神の森と記された森……この大陸で涼太が知っている場所は本当にごく一部でしかないのだと思い知らされる。
「……どうした、涼太」
ふと、スピカがこちらを不思議そうに見ている事に気がついた。目が合えば質問される。
「僕も何か手伝おうと思って」
「……私の事は気にしなくていい。お前はこの大陸の事を何も知らないのだから……ところで涼太、その鞄の膨らみ……どうした?」
「あ、そうだった」
涼太はすっかり忘れていた木の実を鞄から取り出す。先程貰ったものなのでまだ新鮮でみずみずしそうだ。
「これは……」
「ドリアードのルルから貰ったんだ」
「ルル……ドリアード?待て、ドリアードが居たのか?」
「う、うん……」
スピカは驚いたように涼太を見つめたが、涼太にはそれが何故なのかがわからない。そんな涼太の視線に気がついたのかスピカはぽつりと話を始めた。
「ドリアード族は本来、森の木々に紛れ、植物なようにその場から動かない種族だ。見た目もより植物に近く、固有の意志も殆ど持ち合わせては居ない……そういう種族のはずなのだが……ごく稀に、歩けるようになるドリアードが居るという噂には聞いていたがまさか本当に居るとはな」
スピカは感心したように呟く。まだスピカが見たことない存在を先に見たのだと思うと少しだけ誇らしい気分になれた。
「いい匂い!涼太君何持ってるの?」
突然、先程まで話に参加していなかったナナが鼻をひくつかせながら間に割り入るように現れた。その背にはシュヴェとシルトを乗せている……よほど気に入ったのか、不思議な光景だと涼太は感じた。
「ナナ、よかったらこれ、一緒に食べる?」
「食べる!」
ルルからもらった木の実は、少しだけ力を入れると二つに綺麗に割れたのでそのままナナと半分ずつ食べることとなった。木の実は甘いのだが、甘ったるくなく丁度いい甘さだ。
「美味しいね」
「うん」
お互いに見つめ会い、笑う。といってもナナは笑っているような気がしただけなのだが……そんな光景をスピカは微笑ましそうに見つめていた。
その後は夜が来るまでナナと話をしたり、シュヴェ達を入れた4人で遊んだりし、夜になれば皆眠りについたのたが結局、涼太はこの日はあまり寝れなかった。
夜の闇の中、何処かにあの月の魔女の視線を感じるような気がして……明日は約束の日なのだから早く休まねば、と涼太は魔女を振り払うように無理矢理目を閉じて、ようやく眠りについた。
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夜の闇に包まれた街の中を、彼女が鳴らすハイヒールの音だけが支配する。人間の目であれば闇にすべてを奪われてしまうだろうが月の力を持つ魔女である彼女には何の関係もない、むしろ無駄に明るい太陽が降り注いでいない分丁度良かった。
(全て予想通りだったわ)
外から来たと推測される人間の少年、まだ幼い子どもなので外の世界の技術どころか何も出来ないと思われるが全ては親愛なる王の為だ。
(ひとつ予想外だったのは星の魔女ね。あの子守り魔女がまさか出てくるとは)
あの少年から漂う気配は、間違いなく星の魔女の気配。どこかの森で子守りをしていると聞いていたのだが、古き管理者に一番近い魔女である彼女が出てきているのは厄介極まり無かった。
(殺すのは簡単、問題はどう処理をするか、ね)
魔女が魔女を殺すのは幻想法違反、ここからは古き管理者の動きを予測する必要がある。
(恐らく物事を動かせるのはずっと先ね……つふふ、でも楽しみだわ)
血が騒ぎ、笑みを隠しきれない。久しぶりの手強い獲物を楽しもうという気持ちが月の魔女を突き動かす。月の魔女はそのまま闇の中へと姿を消した。




