第3話【森の中にて】
ナナに服の裾を噛まれて引かれながら木で出来た古い小屋のような家を出た涼太は、そのまま家の近くにある家の敷地より広い花畑へとたどり着いた。
「ここのお花ね、スピカちゃんが水やりしてるんだよ」
一度紹介したかったの、とナナは言う。花畑は色とりどりの花が咲き乱れいるにも関わらずきちんと管理され、一見すると乱雑に咲いた花もまるで、何か意味があるように見えた。
「スピカさんが……でも、何となくわかる気がする」
スピカは口も悪く態度も荒いが胸に優しさを秘めていることを涼太はあのやり取りから理解しているつもりだった。この花達も彼女が心を込めて育て上げたのだろう、とぼんやり考える。
「ねぇ涼太君。お友だちと遊ぶときはどうやったらいいのかな」
ふと、ナナが呟いた。
「友達、居なかったの?」
涼太がそう聞けばナナは首を横に振った。
「友達はスピカちゃんが居たよ。でもスピカちゃんだけ。ずっと、ずーっとスピカちゃんと2人きり。スピカちゃんの事は好きだけどやっぱり寂しかったの」
だからね、とナナは涼太を見た。狼の黄色い瞳と人間の黒い瞳、二つの視線が交わる。
「私涼太君に会えて良かった。いつか涼太君は外に行っちゃうけど……私達ずっと友達だよ。」
そう言うナナの目はどこか寂しさを帯びている。そんな彼女にどう答えるべきかなど、涼太はとうに決めていた。
「勿論だよ、僕達は、ずっと友達」
「!……うん!」
涼太の答えを聞いたナナの雰囲気はふわりと軽くなる。
それから2人は家の回りを探索することにした。この家は森の木々で囲まれており行ける範囲は限定されているものの、スピカが魔法薬を作るために使っている庭で虹色の羽を持つ蝶を見つけて驚いたり、ふわふわと漂う光の玉を見つけそれを追いかけたり、遠くの獣の声を聞いたり。
涼太にとってそれは全て未知数の事だったがナナと共にいることで臆することなく物事に接することが出来た。
「ねぇ、涼太君!今度はあっちに行ってみようよ!」
ふわふわと漂う、触ると色が変化する謎の光の玉をつついて色を変化させて遊んでいた涼太達だったが、どうやらナナは別の場所へ行きたいらしい。ナナが指差した先は家の周辺を守るように囲む森だった。
「森は危ないんじゃ……」
明らかに危険な雰囲気を放つ森、鹿のような草食動物ならまだしも熊や猪が出てきたら無事ではすまないだろうと涼太は考えたがナナは自信気だ。
「大丈夫! 私がこの爪と牙で涼太君を動物達から守ってあげるから!」
ナナはガオガオと前足の爪で引っ掻くような仕草をする、そこは神の力じゃないんだなと涼太は思いより不安になるがナナが一度言い出すと止まらないことも理解していた。
「わかった。頼りにしてるよ」
「任せて!」
ナナに任せて少しだけ森に入って、スピカに気がつかれない内にすぐに出ればいい。涼太はこの時そんな風にしか考えていなかった。
森は深く、鬱蒼としている。高い木に遮られているのか日の光もあまり届かず薄暗い場所だ。涼太も最初は明るさの違いで目が眩みナナの後ろを追うだけで精一杯だったが暫くすると慣れてきたのか、周囲の様子を観察できるようになった。
耳を澄ませば遠くから動物らしき生き物の声や鳥の羽ばたきが聞こえ、足元は木の根と岩でゴツゴツしているにも関わらず落ち葉で多少歩きやすくなっており、時々鼠らしき小動物が足元を横切っていく。
「ねぇ、あれ見て!」
そんな中、ナナが何かを見つけた。指指す先は森の中でも少し開けた場所だ。
「どうしてあの場所だけ空いてるのかな?」
「……もう少し近づいてみよう」
まるであの広場を避けるように木が円乗に生えている。2人で近づくとその場所は中央に巨木が生えていることに気がついた。木はまるでひとつの建物のように巨大だったのだが苔むしており森の緑と同化して遠くから見えなくなっていたのだ。
「おっきな木だ!」
ナナは生まれて初めて見た巨木に興味を引かれたのか一人で突っ走っていく。
「あ、ナナ!」
涼太は慌てて追いかけ、しばらく進むとナナは巨木の前で止まっていた。
「ナナ…本当に驚いたよ。急にどうしたの?」
「ねぇ、涼太君。ここに何かあるよ」
ナナが木の一部を前足の爪でカリカリと引っ掻き始めた。
「ここが一部と違う感じがするの」
ナナが引っ掻き続けるとやがて苔が、木の一部が剥がれ……奥から見たことも無いような模様が彫られた石造りの壁が現れた。
「これは…何だろう?」
涼太は壁に触ってみたがやはり石造りで間違いない。
「わからない、スピカちゃんこんなの教えてくれなかった……でもここに居ると何となくドキドキするの」
何でだろう?とナナは首をかしげる。涼太もこれが何なのか検討もつかなかった。スピカなら何か知っているのかもしれないが、話してしまえば、言いつけを破り遠くへ行ったことがバレてしまうかもしれない。
「涼太君、何だかここ怖い。もう戻ろう?」
涼太に、ナナが怯えたような目を向ける。涼太もそろそろ戻るべきだろうと考えていた頃だ。
「うん、戻ろうか」
2人で元来た道へ戻ろうとしたその時、ナナがふと遠くを警戒し始めた。そこには先程まで怯えていたナナの姿は無い。
「涼太君、何か来る!」
ナナがそう叫んだ次に響いてきたのは、天を裂くような恐ろしげな咆哮だった。




