第28話【シュヴェ&シルト】
「あー……これは……」
時は遡り、涼太達が水晶の洞窟で聖蛇と対峙していた頃。探偵のような服装をした白い羽を持つ1人のハーピーが森の中にぽっかりと空いた穴を見つめていた。下に降りるためのロープを確認し、まだこのロープが新しいことを彼女は知る。
「あちゃー、あの人達まさかとはおもったんですけど……よりにもよって森ハーピーの領地の方に行っちゃったんですねぇ……困りましたよ」
山ハーピー一族の出である彼女が、森ハーピーの領地へ入れば部族間の争いが発生してしまうだろう。彼女は既に御山を離れた身であったが忠誠を捨てたわけではない。どうにかならないものかと必死に考える。
「森ハーピーの領地からこちらへ戻るには……」
彼女の頭にはグランバースの地図がすべて記憶されている。古代の森と呼ばれる場所から戻った彼らが確実に入る人間の町はどこかなど、少し考えればすぐにわかった。
「そう言えば、もうすぐあれのシーズンでしたねぇ……ならあの場所に姿を表すはずです!」
翼をしっかりと羽ばたかせ、空を舞う彼女が目指すはエウペル国王都、マルコシアス。
後にとんでもない大騒動が起こる場所である。
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ハーピーの村で若長に言われた通り村を出て西に進んだ4人は無事に川へとたどり着いた。川の幅は広く、とても澄んでおり、この辺りだけ時間の流れが遅いのではないかと思うぐらい神秘的な雰囲気がある。
「ここなら流される心配もないだろう、だが」
「わーい!」
スピカの言葉を最後まで聞く前に、ナナは嬉しそうに川へと入っていく。
「……相変わらず元気だな……溺れないように、あまり遠くへ行くんじゃ無いぞ」
スピカはそう言うものの、その声は呆れているのではなく母が子を慈しむような雰囲気がある。
「なぁ涼太、俺達も用事済ませちまおうぜ」
レーゲンの言葉頷き、涼太はレーゲンの鞄の近くに錆びた槍や自分の荷物を置いてから服を脱ぐ。ズボンには付着していないものの、上の服には涼太のものではない血が付着しており前の戦いの後を感じさせてしまい嫌な気分を感じた。
服を川の流水に晒し、あの戦いを忘れるように血の汚れをもみ洗いするように何度も何度も洗うが、既に血が固まってしまっているのか表面は洗い流せても血の跡がうっすらと残ってしまう。
何度も、何度も、何度も。あの戦いを忘れたくて力任せに洗うが結局血の跡は取れず、そのまま洗い疲れてしまった。
川に流されないよう服に川の石を積み、少し休むついでにちらりと隣のレーゲンを見る。レーゲンは何だか嬉しそうに人形を川で洗っていた。血が付着していない青い人形はレーゲンの隣にちょこんと座らされおり、ピクリとも動く気配はない
(あの声、レーゲンの声じゃなかったよね)
キングアイアイとの戦いの際、涼太にはあの人形がレーゲンの手を離れて飛び回りながら喋ったように見えた。その動きは以前見たレーゲンの操り人形とは違う、まるで生きているかのような動きで奇妙な感覚を覚えたのを今でも覚えている。
「……ミテル?」
「え」
不意に声が聞こえた気がして、辺りを見渡すが仲間達以外は誰も居ない。他に怪しい存在があるとしたら……青色の騎士人形だ。
「もしかして今……喋った?」
じっと人形を見つめるが人形は喋らない。
「涼太? どうかしたか?」
「あ……」
涼太が青い人形に気を取られている間にレーゲンは人形を洗い終わったらしく、こちらを見ていた。その腕には自身が濡れることも厭わず赤い騎士人形が優しく抱かれている。
「ううん、何でもないよ」
「ふーん。さては、こいつらが気になったな?」
そう言い、レーゲンは青い騎士も拾い上げ、涼太に2つの人形を得意気に笑いながら見せつけてきた。
「な、何でわかったの!?」
「何でもないって言った時、こいつらの事見てたしな。で、どうしたんだ?」
「その人形……さっき喋ってたような気がして。ううん、さっきだけじゃない、キングアイアイとの戦いの時も喋ったよね」
「……。」
レーゲンはなにも言わず、無表情でじっとこちらを見つめている。やがて観念したのか、はぁ、とため息をついた。
「誰にも話さないって約束できるか?」
「うん」
「よし、なら教えてやるよ。シュヴェ、シルト、動いていいぞ」
レーゲンがそう言うと、それはカシャカシャと鉄が擦れるような音を立てて動き出した。
頭から足まで、鉄の鎧でおおわれたような見た目のために目らしきものは見えないが、涼太はその人形達が何となくこちらの目をまっすぐ見ているような気がした。
「……コンニチハ!」
「ネェネェ、サッキミテタヨネ?」
「しゃ、喋った!それに動き出した……!」
人形は鎧の中で反響するような籠った声を出しながらこちらへ挨拶をしてくる。青い騎士の人形の声は先程聞いた声と同じ声だ。
「もちろん俺が操ってる訳じゃねぇのはわかるよな?まぁ、たまにやることはあるけどよ。赤い方がシュヴェ、青い方がシルト、俺の大切な仲間だ」
「どうして……もしかしてシュヴェ達も?」
涼太が何を言いたいのかわかったのか、レーゲンはこくんと頷く。
「おう、シュヴェとシルトは俺と同じ魔生命族だ。俺もこいつらが何処の誰なのかは知らないし、俺と違ってこいつらは自分の名前すら覚えてなかった。まぁこれもひとつの縁って奴だな」
「ほう、やはり魔生命族か」
会話中に不意に後方から声が投げ掛けられ、2人は驚いて後ろを見る。そこにいたのは先ほどまでナナと一緒にいたはずのスピカだった。
「な、何時からそこに!?」
「先程から、とでも言おうか。しかし聞く手間が省けた」
スピカはそう言うとしゃがみ、レーゲンが抱き抱える人形にそっと触れる。シュヴェはスピカの指に優しく頬擦りしたがシルトは警戒しているのか、何だか嫌そうに見えた。
涼太はその時、スピカの表情が緩んでいるのを見てしまった。レーゲンもどうやらその事に気がついたらしく、意地悪な表情になる。
「あ、もしかして可愛いとか思った?」
「そ、そんな訳無いだろう。こいつらが悪霊かどうか調べただけだ」
「こいつら、もう俺と10年は一緒に過ごしてるぜ?流石に悪霊な訳無いだろー」
レーゲンの言葉は無視してスピカはさっさと立ち上がると涼太の方を見た。その表情はいつもの凛とした表情だ。
「涼太、血は落ちたか?」
「あ、そうだった」
涼太は慌てて服を確認する。暫くの間川の水にに晒されていた服は先ほどと比べて血が落ちているように見える……最も、跡はまだ残っているのだが。
「大分綺麗になったな、もう十分……というよりこれ以上は落ちないだろう。先程焚き火を作った、そこで乾かすといい」
「ありがとう、スピカさん」
「なぁなぁ、シュヴェも乾かしていいか?」
「……好きにしろ、私は周囲を見てくる」
涼太とレーゲンが焚き火の方へと行くと、そこでは既にナナが火で暖まっていた。ナナの邪魔になら無いよう、レーゲンが鞄から取り出して立て掛けた小さな木製の物干し竿でシュヴェと服を乾かす。
服の設置が終わり、ふとナナの方を見ると困ったような表情をするレーゲンが居た。レーゲンの見る先にはナナとシルトが居る。
「お人形さんだって喜んで離そうとしないんだよ……別に喜んでくれるのはいいけどよ」
ナナはまるで子犬を暖めるかのようにシルトを抱き寄せており、時々シルトに優しく頬擦りをしている。
「……モコモコサン」
「すごーい!喋ったー!」
シルトもナナになついたのか、ナナに自ら話しかけ優しくすり寄っている。レーゲンは複雑そうな表情をしているが特に止めようとはせず、見守っていた。
そんな中、周囲の見回りを終えたのかスピカが戻ってきた。
「周囲を見てきたが、ここから人間の町まで相当な距離があるように思える。夜の森を避ける為にも、日の傾きから見て今日はここで野宿をすることになりそうだ」
「また野宿かよー」
「森で獣の餌食になりたくないのなら文句を言うな。」
ぶーぶーと文句を言うレーゲンに対し、スピカは冷たくあしらったが正直涼太も野宿は勘弁してほしかったのだがその意見は言えずに飲み込んだ。
こうして涼太達は、一夜をこの場所で過ごすこととなった。……涼太は近くを流れる川の音が煩くてあまり眠れなかったのだが、それはまた別の話である




