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【消えた作品】  作者: 風花
第1章【旅の始まり】
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★第2話【幻想の大陸】

 体が重い、痛い。そんな感覚が涼太の意識を呼び覚ます。

 何事だろうと、薄く目を開ければ視界に映ったのは一匹の真っ白な犬がこちらに寄りかかって来ている姿が見えた。


(ん……犬?)


 どこから侵入してきたのだろう。

 そんな事を寝ぼけた頭で自分に寄り添う犬をそっと撫でれば、犬は嬉しそうに尾を振りながら少し離れる。その白い毛と黄色い瞳を持つ姿が、昨日出会ったあの子に重なり……


「ナナ?」


 涼太は、何故自分が彼女の名を呟いてしまったのかわからず、何とも言えない気持ち悪い気分になる。

 犬の顔を見れば、何となく犬が微笑んでいるようにも見えた。犬には表情など無いだろうに。


「……まさかね」


 涼太がそう呟いた次の瞬間。


「ナナだよ、おはよう涼太君!」

「犬が、喋った!?」


 犬が言葉を発した。

 それだけでも涼太にとっては緊急事態なのだが。


「犬じゃないよ、狼だよ」


 不意打ちのように聞こえたその声は、まさしく昨日聞いたあの愛くるしい声で。


「本当にナナなの?」

「うん!」


 真っ白な狼は肯定するように何度も頷く。

 涼太にはにわかには信じ難いが、どうやら本当にナナらしい。


「ナナは、狼の姿になれるんだね」

「凄い?」

「うん。凄いよ」


 それは、お世辞でも何でもなく、涼太の気持ちから出てきた素直な感想だった。

 そんな涼太の言葉を受けたナナの目がキラリと輝き……ナナは涼太に体を刷り寄せてきた。

 ナナの力は相当なもので、押された体に激痛が走る。


「ナナ、痛い、痛いよ」

「あっ!ごめんね」


 涼太の言葉を聞き入れたナナは慌ててベッドから降りると、反省するかのようにおすわりをする。

 その仕草は本物の犬のようで、涼太は思わず笑いそうになるのをこらえるのに必死になる。


「犬みたいだね」

「犬じゃないもん」


 ナナは明るい様子は、涼太の不安な心を癒してくれている。

 きっと彼女がいなければ自分は今頃、見知らぬ場所で塞ぎ込んで居たかも知れない。涼太自身がそう思うほどだ。

 そんなやり取りに気を取られていたからだろう。


「全く、朝から騒がしいな」


 聞き慣れぬ、でも、昨日も聞いた声が騒がしい部屋に通り驚いて体が跳ねる。

 その声の主を探して涼太が辺りを見渡せば、入り口に両手で木で出来た器を持っているスピカが居た。


「あ、スピカちゃん!」

「スピカさん、おはようございます」

「おはよう涼太。よく眠れたか?」


 涼太がこくんと頷けば、スピカは安心したような表情を見せる。


「そうか、ならこれも食べれそうか?」


 そう言い、スピカは器をベッド横の小さなテーブルに置く。

 器の正体は皿で、その皿に盛り付けられていたのは林檎によく似た赤い皮に白い実の果実だった。

 甘い匂いに誘われて思わずお腹が鳴る。


「スピカさん、それは?」

「これはこの辺りで採れる野林檎だ。私も外の事はあまり知らんのだが……これなら大陸の外から来たお前も食べられるだろう。起きれるか? 手を貸そう」

「ありがとう、ございます」


 スピカはそう言うと手を差し伸べて来たので、涼太はその手を取り、ゆっくりと体を起こす。

 体は痛いが昨日ほどでは無い、どうにか食べれそうだと感じた涼太はテーブルにある皿を取り、一口、野林檎の切り身を齧る。

 とても甘く、水々しい果実の感覚が口いっぱいに広がるのを感じながら、涼太は野林檎をゆっくり食べ始めた。


「食べながらでいい、話を聞いてくれ」


 そう言い、スピカは椅子に座ると真っ直ぐに涼太を見つめる。


「単刀直入に聞こう。この大陸から出たいか?いや、これは当たり前か」


 涼太はこくんと頷く。

 ナナもスピカも、初めて出会った自分に優しく、思わず甘えたくなってしまうがそう言う訳にもいかない。

 涼太には、日本に残してきた家族が居るのだから。自分の居場所はここではないと自覚しているつもりだ。


「そうか。もしここがグランバースではない別の大陸だったなら今すぐにでも出してやれるのだがな。生憎、ここは普通ではない」

「普通じゃない?」


 思わず林檎を食べる手が止まる。

 確かに、人間になれる狼や魔女らしき女性の存在など、そういう意味ではこの大陸は普通では無いのかもしれないが、スピカの言う普通では無いは別の意味を含んでいるような気がしたのだ。


「この大陸、グランバースにはとある理由から大規模な()()が張られている。この結界の作用によりグランバースは外から認知されず、生物は結界をすり抜ける事も許されない」


 結界、まるでおとぎ話のような。現実味の無い話だ。自分が置かれた状況もわからず、涼太はスピカの話を聞き続ける。


「そして……理由はわからないのだが、ごく稀にお前のように結界をすり抜けてグランバースにたどり着いてしまう者達が居るのだが……」

「ま、待ってください!この大陸からは出られないんですよね?」

「ああ、手段がない訳ではないが……このままでは出ることは不可能だ」


 そんなのは困る。涼太には大切な家族が居るのだから。

涼太は何とかして日本に戻る手段を探さねばならなかった。


「どうしたら出られるんですか?」


 それを知るために食いつくように問いかければ、スピカの表情は少しだけ驚いたようなものへと変わり、すぐに元に戻る。


「この大陸の管理者に会いに行けばいい。大陸の管理者アヤメ。彼女はこの幻想大陸グランバースで唯一、結界内の物や生物を自由に外に出すことが出来る」

「アヤメ……」


 涼太は大陸の管理者の名を呟く。

何故かはわからないが、この名前に聞き覚えがあるような気がしたのだ。


「アヤメに大陸の外に出たいと頼めば、すぐに元の場所へと返してくれるだろう」

「その人はどこに?」

「ここからずっと先……この大陸の果てだ」


 その答えに、涼太は絶句した。


「涼太、ここに残るなら私がこの大陸の事を教えながら面倒を見よう。もし、外に帰るなら私がお前を守りながら共に旅をしよう。お前が好きな方を選ぶといい」


 スピカの問いかけは答えを強要しない優しいものだったが、涼太の中では最初から答えは決まっていた。


「……僕は、日本に帰ります」


 例え、どれだけ時間がかかるのだとしても絶対に戻るという意思を持ちながら、涼太はそう答える。

 幼さの残るだがしっかりとした涼太の表情にスピカは確かにそこから涼太の決意を感じ取ったのだろう。理解したように頷いた。


「そうか、きっとその方が幸せだろう」


 その方が幸せという言葉がどうしても引っ掛かり涼太はスピカに問おうとしたその時だった。


「え、涼太君帰っちゃうの!?」


 不意に、ナナの悲痛な叫び声が響く。

 先程までゆらゆらと揺れていた尾は既にピタリと止まっていた。


「ナナ、涼太を困らせるな」

「でも、せっかくお友だちになれたのに……」


 スピカにたしなめられたナナの声はとても寂しそうで、今にも消えてしまいそうな程小さなものだ。

 その姿を見た涼太の心は罪悪感に締め付けられた。

 昨日初めて会った女の子に、何故ここまでの感情を抱いてしまうのだろうという疑問を感じながら。


「ナナ、ごめんね。僕のお母さんやお父さんが心配してるかも知れないから、僕は帰らないと」

「……うん」

「それに僕達は離ればなれになっても、二度と会えなくなってもずっと友達だよ。友達ってそう言うものだと思うから」

「うん、うん」


 涼太の言葉にナナは悔しそうに、今にも泣きそうな声で何度も頷き……やがて


「わかった」


 と一言呟いて、涼太の方をまっすぐ見つめた。


「私も、涼太君が日本に戻る為のお手伝いをするよ」


 その声は、先ほどとは違うはっきりとしたものだ。


「良いの?」

「うん。だって私もスピカちゃんに会えなくなったら寂しいもん。だから、私もお手伝いしたいの。だから……」


 そう言うや否や、ナナは涼太が居るベッドに飛び乗り、涼太の足に乗る。

 ズキリ、と涼太の体に痛みが走った。


「ナナ? いったい何を」

「私の魔法で、涼太君の体を治すよ」

「ま、魔法?」


もはや、何でもありなのだろうか。

常識では信じられない魔法の存在を耳にし、涼太は微妙な表情を隠しきれない。


「それは……まだ一度も成功したことが無いだろうに」

「今から成功させるの!」


 スピカに対して叫ぶナナの体からじょじょに光が溢れ始める。

 暖かい光は徐々に涼太の体を包み込みながらどんどん輝きを増していく。その光景は涼太自身が見とれるほど幻想的で……やがて、魔法の光は徐々に失われて消え失せた。


「どう?」


 心配そうに首をかしげるナナを見て、涼太は恐る恐る腕を動かす。

 直ぐに痛みが来ると思い、涼太は思わず身を強ばらせたが想定していた痛みは何時までたっても訪れない。


「痛くない」


 涼太がそう呟けば、ナナの表情は花が咲いたように明るくなったような気がした。


「やった!成功したよ、スピカちゃん!」

「ああ、よくやったな」


 そう言うや否や、スピカの称賛もそのままにナナは涼太の足から降りた。


「涼太君、どう?歩ける?」

「へ?うん、どうかな……」


 涼太はゆっくりと足を動かしてベッドから降りると、ベッドの横に置かれていた靴を履いて立ち上がる。

 先程まで寝ていたからからか少しだけふらついたが、涼太の体は倒れること無くしっかりと体を支えることが出来、涼太は胸を撫で下ろした。


「うん、大丈夫みたい」

「よかった!」


 そう言うナナは、再び尾を激しく振り始める。

 言葉や表情以上にナナの感情を示す尾に、思わず笑いそうになりながら見ていると、ふとスピカがある提案をしてきた。


「……そうだ、ナナ。せっかくだから家の外を案内したらどうだ?きっといい思い出になるだろうし、涼太の運動にも丁度良いだろう」

「いいの?」

「あぁ、勿論涼太の体力次第だが……どうだ?」

「はい、行ってきます」


 涼太のその答えは、せめて、ナナとたくさんの思い出を残したいと思ったからだろうか。

 涼太自身も気がつかぬ内に、ナナと別れるのを惜しんで居たのだ。


「やった!涼太君、こっちこっち!」

「ま、待ってよナナ」


 ナナに先導され、涼太は慌てて後を追う。


「森の奥の方へは行くんじゃないぞ」


 そんな二人を、母親のように優しく見つめるスピカの忠告を耳にしながら、涼太は初めて自分の意思でグランバースの地を踏んだ。

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