第14話【それぞれの事情】
ニコニコと笑顔のレーゲンが差し出した手をスピカは強く払いのけた。一方、払いのけられたレーゲンは心の底から驚いたような表情をしている。
「お前と仲良くするつもりはない」
スピカはつん、とレーゲンを突っぱねるとアイアイが逃げた方向へと歩き出す。レーゲンは「なんだあいつ」と呟き、今度は涼太達に話しかけてきた。
「なぁ、あの魔女っていっつもあんな感じ?」
「た、多分……」
ふと、そういえば自分も初めてスピカに会ったときは冷たくあしらわれたなと涼太はぼんやり思う。そんなやりとりの中、話を聞いていたらしいナナから衝撃の一言が発せられた。
「スピカちゃんって男の人苦手なんだよ」
なるほど、だからスピカは自分にも最初は冷たかったのか、と涼太は思った。男が苦手なら性別が男である自分は警戒対象になるだろう。
「魔女は女捨ててるって聞いてたけどマジだったのか……教えてくれてありがとな。えーっと……」
レーゲンはそう言うとばつが悪そうに頬を掻いた。
「ナナだよ!よろしくね!」
「お、ナナか、いい名前だ。よろしくな」
レーゲンは優しくナナを撫でた。ナナは犬のようにレーゲンの手にじゃれつき、尻尾を振っている……がレーゲンの手が離れた時、再び首をかしげた。
やがてレーゲンはナナから手を離すと涼太の方を見た。
「で、お前の名前は?」
「僕は風祭涼太です」
「あー、違う違う、そうじゃなくて」
レーゲンはそう言うと首を横に振った。何か間違ったことをしただろうかとレーゲンを見ているとレーゲンはそうじゃなくて、と呟いた。
「敬語、要らねえよ。俺達もう仲間だからな」
レーゲンはそう言うと笑った。涼太は一人っ子だったので兄が居ないのだが、もし自分に兄がいるとしたらこんな感じなのだろうかと思った。
「……うん!よろしく、レーゲン!」
「あぁ、よろしくな涼太」
「おい、置いてくぞ」
ふと、少し離れた所からスピカの声が聞こえてきた。どうやら3人で話している内に置いていかれたらしい。
「あ、スピカちゃんが呼んでる!早く行こっ!」
ナナが慌てて走り出す。涼太とレーゲンも続いて後を追った。
前を歩くスピカとナナは内容こそ聞き取れないが何やら話をしている。一方の涼太はレーゲンと自分がグランバースに来たときの事を話していた。
「へぇー、じゃあどうやってここに来たのか全く覚えて無いのか」
「うん……」
レーゲンは腕を組んで、なにやら考え事をしながら涼太に対して慎重に言葉を紡いでいる様に見える。
「お前も大変だなぁ……まぁ帰れたら結果オーライで良いと思うぜ?」
レーゲンはそう言うと涼太の頭を優しく撫でた。涼太は確かにレーゲンより年下かも知れないが13歳なので、撫でられるのは流石に恥ずかしい。涼太は慌てて話題を変えることにした。
「れ、レーゲンはどうして旅を?」
「ん?俺の事? んーとな……説明するよりこうする方が早いか」
レーゲンはそう言うとその場で立ち止まりマントの内側から何かを取り出した……それは布で出来た30cm程の大きさの人形だった。レーゲンよりもより道化師に近い姿の人形である。レーゲンは道化師の人形についている糸を自身の指に絡めると……そのまま人形を操り始めた。
「す、凄い……」
それは見事な手さばきだった。人形はペコリとお辞儀をすると涼太の回りを歩き始め……途中でコミカルに転んでみたり、怒るような仕草をしたり。あくまでも人形なので表情は変わらないもののまるで生きているかのようだ。
やがて、レーゲンは人形と共に一礼し、人形を操るのを辞めた。
「どうも、見てくれてありがとな」
「レーゲン!凄いよ今の! あんなこと出来たんだね!」
涼太は力の限りの拍手を送った。レーゲンは誉められて嬉しいのか微笑んでいる。
「まあな、親父が人形技師で昔から人形達と一緒に過ごして来たから人形の事ならよくわかるんだよ。本当は人形技師になるべきだったんだろうけど……こっちの方が大勢の人を喜ばせられるし、何より楽しくてな。だから家を出てずーっと人形使いとして旅をしてんだ」
それは、レーゲンの夢だった。立派な人形使いとなり皆を喜ばせる。簡単そうに見えて難しい夢だが、涼太はレーゲンならいつかそんな人形使いになれるような気がした。
「おい、そこで何をしてるんだ。」
立ち止まって居たせいで再びスピカに置いていかれそうになったらしい。呆れた表情のスピカと、スピカの後ろにはナナが居る。
「わりぃ、ちょっとな」
「あはは……」
どうやらレーゲンは先程の話をスピカにするつもりは無いらしい、涼太も適当に合わせておく。
ふと、ナナがレーゲンの手元に寄ってきて……匂いを嗅ぎ始めた。
「お?どうしたナナ。」
「ナナ? その男がどうかしたか?」
レーゲンもスピカも、ナナの謎の行動の理由がわからず困惑している。
そして、ナナはレーゲンから離れると、変なことを口にした。
「レーゲン、匂いしない」
「は?」
「あ?」
「へ?」
3人共、ナナの発言の意味が理解できず、間抜けな声を出してお互いに顔を見合わせる。ナナは涼太の匂いを嗅ぎ、再びレーゲンの匂いを嗅いで……首をかしげた。
「さっきから、ずーっと気になってたの。レーゲンあんまり匂いしないなぁって。匂いがしない人って私はじめて!」
ナナは興味を示して嬉しそうにしているが、涼太は明らかにレーゲンとスピカの表情が固まっていることに気がついた。
「あ……そ、そっかー。不思議なこともあるもんだなー」
「貴様、今何か隠したな」
あはは、と笑い誤魔化そうとするレーゲンに対し、スピカは厳しい指摘をする。
「か、隠し事なんかしてねぇよ」
「そうか、なら質問を変えようか」
スピカはそう言うと、意地悪そうな表情になった。レーゲンに対し弱味を握り返したと言わんばかりだ。
「お前は人間では無く魔生命族だな?」
「ま、魔生命族?」
ガルー、妖魔と続き涼太が聞いたことない種族だ。
「魔生命族とは、物体に魂が完全憑依することで誕生する種族だ。完全憑依すると、元がどんなに固い物体だったとしてもまるで生身の体のように動かせるようになる……が、あくまで体は血が通わない物でしかない。レーゲンの匂いが薄いのはこれが原因だろうな」
どうだ?言い返せまいと言わんばかりのスピカの表情に対し、レーゲンはどう返すべきか悩んでいる様子だった。
暫く考え、レーゲンは「あぁ、そうだよ」と言い放ち、魔生命族であることを認めた。
「諸事情もろもろで理由は聞かないで欲しいが、確かに俺、レーゲンは一度死んだ。ただ死んでも死にきれなくて親父の作業部屋に有った人形に乗り移ったんだよ。悪いか」
秘密を暴かれたレーゲンは拗ねているようだ。先程とは違い言葉の端に刺がある。
「でー? 俺がそうだと知って何したいわけ?」
「何もしないし、何も出来ないな。ククッ……」
余程面白いのか、スピカは悪役のような表情で笑っている。涼太は後に先にも、もうこんなスピカは見られないだろうと思った。
「魔女というか悪魔だこいつ……」
そんな中、レーゲンの声が虚しく響いた。




