第12話【罪悪感と謎の男】
魔法の槍で腹部を貫かれた妖魔の体からは血が飛び散り、辺りを紫で汚していく。一瞬の鮮やかな出来事に全員が言葉を失った。
「がはっ……」
腹の穴だけでなく、口からも血を流しながら妖魔は膝をつき……そのまま動かなくなる。
その一連の様子を涼太は途中までしか見ることが出来ずに目を伏せ、そして自分が行ったことに酷く後悔をした。敵対していたとは言え人の形をした存在の命を奪ってしまったのだという事実は、平和な日本で暮らしてきた涼太にとってはとても重いものだ。
心のやり場を失った涼太は目を上げるとスピカ達の方を見た
。
「ふん、大口を叩いた割にはやはり対したこと無かったな。……しかしエスプリの奴、まさか私達をこいつにぶつけるために色々と施しをしていたのか? ちっ……やられたな」
スピカは全く罪悪感を感じていないどころか先程から難しい表情をしており、エスプリに対して強い怒りを抱いているように見える。
ナナは妖魔から離れ、スピカの隣に来て居た。こちらは少し悲しそうにしているものの涼太ほどの罪悪感は感じていないように見えた。
せめて、妖魔を土に埋めて埋葬してやろうと涼太が妖魔へ近づき触れようとした瞬間、スピカの叫び声が響いた。
「涼太!そいつに触れるな!」
「……へ?」
涼太は慌てて妖魔から離れ、しばらくして涼太が十分な距離をとったと判断したスピカは妖魔に対して魔法を放った。
「ショット!」
小さな魔法の玉は妖魔の肉体へと当たり……次の瞬間パリン、とガラスのような何かが割れる音が響いた。
涼太はその光景を、もう忘れることは出来ないだろう。
ショットが当たった妖魔の肉体はみるみる内に精巧で美しい、透明なガラス細工に変わっていく。やがて完全にガラスになった所で激しい音を立ててガラスの破片が周囲に四散したのだ。あまりにも突飛な光景に自分は夢を見ているのではないかという錯覚に陥る。
「ミロワール、自分の分身を作る妖魔の基礎魔法だ。分身は一定のダメージを受けた後に衝撃を与えると毒を纏ったガラスの破片となり周囲を無差別に攻撃する。……気がつくのが後少し遅れていたら大惨事になっていたな」
スピカがそう言うとガラス片は霧散するように消えてしまった。が、ガラスが刺さった後の穴だらけになった地面を見ればその殺傷能力の高さが伺える。
「じゃあ、僕たちが戦ってたのは偽物……」
命を奪ってしまったと思い込んでいたがどうやらこの妖魔は偽物らしい、涼太の心はすっと軽くなり、自身や辺りを見渡すほどの余裕が出来た。そして、涼太はある事実に気がつく。あれほど血で汚れた地面や服の汚れが消えていたからだ。
「あのカラスも分身の魔力から生まれたものか。分身がここまでするとは、妖魔とは器用なものだな」
スピカは感心したように呟く
「偽物だったんだ!全く気がつかなかったよ」
ナナは唯一接近戦で戦っていたのにも関わらず気がつかなかったようだ。戦っていたときとは全く違う、人懐っこい表情に戻り、どこにそんな元気が残って居たのかと思わんばかりに元気そうにしている。
ふと、涼太は誰かに見られているような気がして辺りを見渡した。しかし、いくら周囲をみても自分達しか居ない。
「どうしたの?涼太君」
ナナが不思議そうに亮太を見上げる
「いや、何か居るような気がして」
「ふーん……」
ナナは周囲の臭いを嗅いだが何の臭いも感じ取れなかったらしい。不思議そうに首をかしげている。
「2人共、森に入るぞ」
「「はーい」」
結局、謎の視線の正体はわからないまま、涼太は気のせいだったのだろうかと思いながら森の中へと入っていく。
その様子を一つの影が見つめていた。
影は小首を傾げるとクスクスと笑うと空へ飛び立つ、影が居た後には一枚の白い羽がひらりと落ちた。
3人は森の中へと入っていく。名前も知らないこのい森は最初に訪れた土神の森と比べて太陽の光が射し込みやすいのか明るく辺りも見えやすい。高い木が目立ち、小さな生き物たちが木上を何度も行き来するからなのか、木には道のようなものが出来ているようだ。
ふと、森の中の道を歩く涼太の耳に何かが吠えるような音が聞こえてきた。
「スピカさん、今の音は……」
不安な気持ちを隠せない涼太に対し、スピカは対して気にしていなさそうにしている。
「あの声はただのシンリンウルフだな。シンリンウルフは土神であるナナやその使いに歯向かったりはしない、ナナと共に居る間なら堂々と通って大丈夫だ。」
「そ、そうなんだ……」
「そうだよ!だから大丈夫!」
えっへん、とナナは胸を張る。涼太はふと、もしナナも一緒に居なかったらとうなってしまうのか思ってしまった。
先に進むほど、狼の声が大きく聞こえてくる気がする。
「この先に居るかも知れないな」
そうスピカが呟くとナナはそっと涼太を守るように寄り添ってくれた。
やがて、少し広い場所へと出る。
「バウッ!」「ガルルル……」
1本の木を取り囲むように緑の毛皮をもつ3匹の狼が陣をとり、吠えている。どうやら木の上の存在に興味を示して吠え立てているようだ。
「お前達、何をしている。」
「!? キャイン!」
スピカの気配に怖じ気付いたのか狼達は悪いことをしていたら見つかってしまったと言わんばかりに一目散に逃げていった。
「何なんだあいつら、脅かしてはいないのだが……リスでも追っていたのか?」
スピカは呆れたように呟いたが涼太には何となくあの場所に何かあるのではと思い、狼達が真剣に吠えていた木を見上げる。
木の葉の緑と枝の茶の中に、不自然な青色があった。
「木の上に誰かいる!」
涼太が叫ぶと木の不自然な青色は動いた。こちらに気がついたらしい。
「誰か来てくれたのか?」
今降りるわ、とその青色は木を降りてきた。男が地面に降りれば、男の背中のマントがひらりと揺れる。
「サンキュー、本当に助かった。しかし……魔女にかわいいワンちゃんに見たこと無い服装の子どもか。奇妙な面子だな」
降りてきて早々失礼なことを言い放ち、勝手に納得して頷く青色の正体は、物語の中でも見たこともないような奇抜な服装の男だった。青をベースにした服は魔法使いのようにも、道化師のようにも見える。空を称えるような水色の瞳、銀色に近いような白い髪、そしてそこそこ整った顔立ち。まさに青そのものを身に纏った様な男だ。
「貴様、感謝の気持ちは無いのか」
男の軽い口調にスピカの苛立ちも募っていく。その様子を見た男は慌てずに答える。
「いやいや感謝してるって、ありがとな。ちなみに俺の名前はレーゲン。 レーゲン=ヴェダーだよろしくな」
男、レーゲンはニカッと晴れた表情で笑った。




