第10話【妖魔、襲来】
次の日の朝、出された朝食を食べた後3人はエスプリの部屋へと赴いていた。
涼太は昨夜の事を思い出してしまい重い気分となったがエスプリはまるで昨夜の事など覚えていないと言った様子だ。
「1日で完全に回復したということは、やはりあの発熱は超能力に起因する物で間違い無さそうだな。……時に涼太よ。今回君は超能力を暴発させたが、気を付けておくべき事が1つ。本来超能力は心と肉体が伴わなければ使うことが出来ない。これは覚えておくと後々楽だ」
「ありがとうございます」
心と肉体、2つが一致しなければ超能力は発動しない。涼太には何をどう気を付ければいいのかわからなかったが、覚えておくことにした。
「私達はもう行くよ、色々とすまなかったな」
「待ちたまえ」
スピカはそう言うと建物を出ようとした時、エスプリに引き留められてしまった。
「まだ、何か?」
「これを、これが欲しかったのだろう?」
エスプリがそう言い差し出したのは小さな薄緑色の坪だった。坪の側面には黄緑色で癒、と書かれている。
「これは……癒の魔女の薬?どうしてこれを?」
スピカが警戒を強めるがエスプリの態度は全く変わらない。
「必要かと思ってね。私を楽しませてくれたお礼だよ」
スピカは警戒しつつも、薬を手に取った。エスプリはそれでいい、と楽しそうに呟く。
「世話になったな」
スピカはそう言うと病院を出ていってしまったので涼太とナナも慌てて後を追う。
「まぁ、頑張りたまえ」
別れ際、エスプリはそう言った。もう振り向かなかったので彼女が最後にどんな表情をしていたのかは涼太にはわからなかった。
病院の外に出るとそこはハンデルの町外れだった。市場は中心街だったはずなのでここまでスピカに抱えられて運ばれたのかと思うと恥ずかしく思えてくる。
その恥ずかしさを振り払うように町の外を目指して歩いていると、ふと涼太はエスプリにまだお金を払っていないことを思い出した。
「そう言えばお金を欲しがらなかったね、エスプリさん」
「あれは妖魔だからな、人間の物など要らんのだろうな」
成る程、と涼太は納得しそうだったがスピカの言い方に違和感があった。
「スピカさん、エスプリさんが妖魔だってどうしてわかったの!?」
驚いた涼太に対しスピカは当たり前だろと言わんばかりの表情で答えた。
「何故って……あれだけ恐ろしい妖気を放っていれば魔法の心得があるものなら誰でもわかる。ナナもあいつが妖魔だと気がついていたみたいだな」
「妖魔は初めて見たけど、妖魔って人間の匂いじゃなくて、動物みたいな臭いがするんだね」
ナナの何とも言えない回答はそのままに、それよりもとスピカは涼太の方を見つめる。
「涼太、どうしてあいつが妖魔だとわかったんだ?」
「あ……」
地下室で見たことは秘密にしよう、涼太は密かにそう思っていた。あの地下室はきっとエスプリさんとあの人の大切な場所。2人だけの世界なのだから、と。そんな矢先スピカにそう問われ思わず言葉が詰まってしまう。
上手く答えられずにあたふたしているとスピカは何かを察してくれたのか、呆れた表情をしつつもそれ以上は聞いてこなかった。
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狩人の町ハンデルを出たところでスピカが話しかけてきた。
「涼太、ナナ。これから私達は森を再び抜けることとなる。本当は街の方を通りたかったのだが……少し調べた所、何故かあの街にエウペル王国兵士が集結しているらしい」
兵士が集結、まさか自分の事がバレてしまったのだろうか? 焦りと不安のなかでさらに追い討ちをかける出来事が発生した。
「スピカちゃん。何で兵士さんがいちゃダメなの?」
ナナのこの質問に涼太は更に焦ることとなる。ナナを心配させたくないという思いと、ナナに知られたくないという思いと。
涼太がスピカの方を見るとスピカはそうだな、と呟いた。
「私は魔女だ。人間から見たら魔女は怖い存在だからな。私が街を訪れても皆を不安にさせるだけだろう。」
「でも、スピカちゃんは怖い魔女じゃないよ?」
ナナの声はどこか悲しげだ。
「……仕方ないことだ。わかってくれるな」
「うん……」
ナナは納得したような、してないような。そんな感じだった。
「すまない、いざというときに森の獣の方が人間より相手しやすいからな」
こうして涼太達は街の道を外れ、森へ続く道を進んでいく事となった。
最初は多かった道を通る人の数も森に近づくにつれどんどん減っていき、ある程度進めば時折カラスの鳴き声が聞こえてくるぐらいで、人の気配は自分達以外感じることができなくなってしまった。所々立てられた古びた看板が、この道がどれ程使われていないのかを物語っているようにも見える。
ふと、涼太が何度目かの古びた看板を見たらその看板の上にカラスが止まっていることに気がついた。よく見れば看板だけじゃない、空では沢山のカラスが空を埋め尽くさんばかりに舞っている。異様な雰囲気に自然と気が引き締まっていくのを涼太は感じた。
「涼太君。ここカラス多いね」
「うん……」
ナナも気がついたのかカラスを見てキョロキョロしている。
「……異常な数だな」
スピカが異常さに気がつき、警戒を強めたその時。
「やっと見つけたぞ」
突然、強い風が吹き3人は目を開けていられなくなる。やがて風が止み、3人が前を見るとそこには1人の男がいた。
男は涼太から見ればまるでお伽噺から出てきた存在のように見えた。服は黒色で中世の男貴族の様な姿だがその男が着ている服の袖口、襟からはカラスの羽が見えている。黒の瞳に濡羽色の髪の毛をもつその姿は正にカラスそのものの様にも見える。
何よりもこの男もまるで恐怖を覚えるような美しさを持っていた。この感覚は涼太の記憶にはまだ新しい。そう、エスプリを初めて見たときと同じ感覚だったのだ。
「妖魔か、何の用だ」
「妖魔……この人も……」
エスプリとは全く違う、人を威圧する気配に涼太も困惑することしか出来ない。
「人間、魔女、犬。間違いないな。お前達、エスプリと接触したな? 居場所を話せ」
「知ってどうする」
「お前達劣等種には関係ないことだ、話せ」
この妖魔は少なくともエスプリの友達では無さそうだ。この妖魔から感じるビリビリとした気配は間違いなく敵意だと涼太は感じた。
「……まぁいい。あいつは……」
「言わない」
スピカの言葉を遮るように、自然と涼太の口が動いた。
「……涼太?」
「教えない!お前なんかに!」
涼太は叫んだ。エスプリの居場所をこの妖魔に教えるつもりは更々無い、エスプリは今必死に頑張っているのだ、エスプリの夢を壊したくなかった。
「劣等種が、我ら上位種の妖魔に逆らうのか?」
妖魔の男の怒りがふつふつと上昇していく、辺りに異様な気配が漂った。
「もう一度だけ問おう。エスプリの居場所を」
「教えるものか!」
吠えるように涼太は自分の思いを叫んだ。そしてこの時、妖魔の男の怒りは頂点に達してしまったらしい。
「貴様、何処までも我らに逆らうとは愚弄する気か!……もういい、肉一つ残さずこいつらの餌になるといい!」
妖魔の男が叫ぶと、それを合図に空を埋めるように飛んでいたカラス達が一斉に騒々しく叫び始めた。
「涼太、全くお前は……説教は後だ、こうなったら徹底的にやるぞ!ナナ!涼太!」
「うん!頑張るよ!」
(大丈夫、きっと大丈夫……)
ナナは爪を光らせ、スピカは杖を構える。それぞれカラスを迎え撃つ準備をする中、涼太は心の奥底の不安と格闘していた。
『超能力は心と肉体が伴わなければ使うことが出来ない』
エスプリの言葉を何度も頭に思い浮かべながら心を落ち着け、一つに保つ。大丈夫、きっと出来る。
「来るぞ!」
スピカの鋭い声が響く、一斉に襲いかかってきたカラスに涼太達は思い思いに立ち向かっていった。




