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【消えた作品】  作者: 風花
第1章【旅の始まり】
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★第1話【Welcome to ○○○○○○!】

 ゆっくりと意識を覚醒させて目覚めた少年が最初に見たのは、木で出来た古めかしい、見慣れぬ天井だった。

 目覚めたばかりのぼんやりとした頭で、少年は必死に記憶を辿るが何も思い出せない。


(ここは、何処だろう)


 そんな事を思えば、意識が急に覚醒した。

 状況を確認する為急いで体を起こそうとした次の瞬間、少年の体にズキン、と身に覚えのない骨を砕かれたような激しい痛みが駆け巡った。


(っ……!痛い、痛い!)


 自分の体にいったい何が起こっているのかすらわからず、思わずベッドの上でうずくまる。

 痛みに耐えるように体を丸くしてじっとしていると、ふと、少年の耳が誰かがこちらに近づいてくる音を拾った。


「動くな、傷が開くぞ」


 倒れた視界の隙間から、少年は声の主の姿を覗き見る。

 そこにいたのは日に焼けた浅黒い肌と、油気の無い長い黒髪を持つ女性だったがその服装はどうも奇妙だ。


(……ま、魔女?)


 少年の目の前に居る彼女が身に付けているは、灰色のケープレットに隙間から見えるのは黒色の服。そして黒くふわりとしたスカートと、しっかりとした黒のブーツ。

 極めつけは先の折れた、黄色の星の飾りと白いリボンがアクセントの魔女のとんがり帽子。

 その黒ずくめの姿と獣のように鋭く輝く黄色の目は、正に魔女と言っても良いだろう。


「何だ、じっと人を見つめて」

「あっ……その……」


 まじまじと見つめすぎたのか、軽くたしなめられてしまった少年は慌てて目を反らす。

 その黒で統一されてた服装に鋭い目付きもあってか、少年には彼女の事が死神の様に恐ろしく思えたのだ。


「海で倒れていたといい、その奇妙な服装といい。本当に変わった奴だな」

「海で、倒れていた?」


 反らした目はそのままに、少年は身に覚えのない事について彼女からの聞き出す事にした。


「あの、僕は海に居たんですか?」

「何も覚えていないのか? ……まぁ無理もない。お前は酷い怪我をして海で倒れていたからな。助かるかどうかは運次第だと考えていたが……何とかなったようだな」

「そう、だったんですか」


 そう言われても海で倒れていたという自覚は湧いてこなかったのだが、言われてみれば確かに何となく服の中が砂っぽいと少年は思った。


「少年。何処の村の子どもかは知らんが、一応名前を聞いておこうか」


 呆れたような彼女の声が少年の耳に届く。そこに、先程のような恐ろしさは感じられない。

 名前を答えても大丈夫だろうと、少年は判断した。


「……僕の名前は、風祭涼太です」


 慎重に、少年……涼太は名を答えたが彼女からの反応は無い。不思議に思って掛け布団から頭を出せば、間抜け面で固まる彼女の姿が視界に入る。


「あの……」


 涼太の言葉にすら彼女は反応を示さない。

 何か間違えたことをしてしまったのだろうかと考えていると、ふと彼女の声が耳に入った。


「風祭……?」

「はい、そうですけど……」

「少しだけ、そこで待っていろ」


 風祭、いや、まさか。ありえない。

 そんな意味不明な言葉の羅列をぶつぶつと呟きながら彼女は部屋を出ていってしまい、涼太は一人ぽつんと部屋に取り残されてしまう。


(何だったんだろう……あの人)


 硬く、古い匂いのするベッドに身を委ねながら、彼女の事をぼんやり考える。ただ、一つわかるのはあの女性は決して恐ろしい人物ではないという事だけだ。


(僕を助けてくれたんだよね)


 悪い人なら、自分を見捨てる筈だと考えた涼太は、成り行きに身を任せることにした。そしてそのまま眠気に身を任せ、眠りにつく……




「ここかな? あ、居た!」




 はずだったのだが、突然乱入してきた少女の声に、一気に意識が引き戻され覚醒した。


「……へ?」


 目を開ければ、思わず間抜けな声が漏れ出す。

 開いた視界の先に居たのは、白い無地のワンピースを身に纏い、首に不思議な雰囲気を持つネックレスを巻いた、先程の女性とはまるで正反対の雰囲気を持った少女。

 だが、涼太が一番気になったのはそこじゃない。


「耳……それに、尻尾?」


 不思議そうに首をかしげる少女の白髪の頭からは、人間のものとは思えない先が鋭くとがった毛深い獣の耳が。

 そして、後ろには左右にゆらゆらと揺れる白色の尾が見える。

 まるで物語に出てくる狼少女のような、現実味のない姿をした少女だ。


「これ? これは昔からあるよ」

「ほ、本物なの?」

「本物だよ!触る?」


 少女がベッドに身を乗り出してこちらに頭を近づけてきたので、涼太は思わず耳を触ってしまう。

 何度も、確かめるように優しく触れ。確かにその耳は、本物であると言うことを感じさせる暖かさを持っていると涼太は感じた。


「くすぐったーい」

「あ、ごめんね。ありがとう」


 触りすぎたのか、少女なくすぐったそうにしていたので慌てて涼太が手を離せば、少女も涼太から離れる。

 その体の温もりを、何故か涼太は忘れることが出来ない。


「……ねぇ、怪我、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 本当は大丈夫なのか全くわからなかったのだが、ここで彼女を悪戯に心配させるわけにもいかない。

 涼太が笑顔で答えれば、少女の表情も花が咲いたように輝かしい笑顔となる。


「よかった!じゃあ、お名前教えて!」

「僕の名前? 僕は風祭涼太だよ」

「じゃあ涼太君だね!私はナナだよ!」


 とても楽しそうに、少女……ナナは笑う。太陽に咲き誇る向日葵の様なその笑顔に、何故かは涼太は強く惹かれた。


「ナナ、か。よろしくね、ナナ」

「うん!」


 こんな気持ちは初めてで、涼太にはこの気持ちをどうしたらいいか等わからない。

 せめて、彼女を引き留めるために何か話をしようと。そう考えた涼太が口を開く前に、彼女が先に口を開いた。


「……そろそろ、スピカちゃんが戻ってきちゃうね」

「スピカちゃん……?」

「スピカちゃんは魔女だよ」


 魔女、ということは彼女の事なのだろうか。涼太はそう思いながらも彼女の話に耳を傾ける。


「私ね、まだここに来ちゃダメだって言われてるの。だからもう戻るね」


 彼女はそう言い、涼太に背を向けるとそのまま入り口まで歩き、ドアノブに手をかけた。


「……涼太君」

「どうしたの?」

「また、また明日ね」

「うん、また明日」


 短い会話をし、そのままナナが部屋を出て行けば静寂はすぐに訪れた。

 ふと、涼太は自分の手のひらを見つめた。その手にはまだナナに触れたときの暖かさや感触が残っている。


(不思議な子だったな……)


 獣の耳に、獣の尾。そしてあの濡れた犬みたいな匂い。

 匂いはともかくとして、見た目や性格はとても愛しいと涼太は感じていたのだが、その思いに涼太が気がつくことは無い。

 不思議な感情をもて余しつつぼーっとしていれば、再び女性がこの部屋に入ってきた。


「……誰か居たのか?」


 何か異変に気がついたのかもしれないが、ナナの為にもバレる訳にはいかない。

 涼太が首を横に振れば、魔女は何かを考えるように口元に手を置き……やがて手を離すと、頷いた。


「そうか……まぁいい。涼太。お前は自分が何処から来たかは覚えているか?」

「どこから……僕は東京の……日本という国から来たんです」

「……日本。そうか、やはりそうか」


 日本、と言う単語に彼女は安堵の表情を浮かべ納得したように彼女は頷くが、涼太にはまるで意味がわからない。


「あの、ここは日本じゃないんですか?」

「ん……あぁ、知らんのだな。無理もないが……ここは日本ではない」


 彼女はそう言うと一呼吸間に置いて、次の言葉を紡ぐ。


「魔と幻の隠されし大陸。幻想大陸グランバースへようこそ、風祭涼太」


 それは、涼太を冒険へと誘う魔法の言葉だった。


「幻想大陸、グランバース?」


 彼女の告げたその名前を、涼太はなぞるように唱えた……が、やはりその名は聞き覚えの無い単語でしか無く、意味の無い音となりこぼれ落ちる。


「知らんのも無理はないだろうが、ここはそう呼ばれている場所だ。少なくとも、この地球のどこかではある」

「……ここは、外国なんですか?」


 外国、という涼太の言葉に彼女は複雑そうな表情を見せる。


「外国か……そうだな。少し特殊な場所だが、そうなるだろう」


 彼女は何か含みのある言い方をしたが、涼太は気がつけない。

 それよりも、彼女の言う通りここが外国なら自分はいつの間に日本から出て、大怪我をして、このグランバースにたどり着いたのだろうかという方が気になって仕方ないのだ。

 沸々と溢れる疑問は尽きず、ふと、この女性なら自分の身に何が起こったのか知っているのでは、と涼太は思ってしまった。


「あの」

「ん? どうした」

「僕はどうして、ここに……グランバースに来たんでしょうか?」


 涼太のその言葉を予想していなかったのか女性の表情は驚愕の色を示す。


「……覚えてないのか」

「……はい」


 涼太の答えを聞いた彼女は今度は困ったような表情を見せ、その後すぐに冷静さを取り戻した表情を見せた。


「あの怪我だ、仕方の無いことだろう……そうだ、自己紹介がまだだったな。私の名はスピカ、スピカ・アークスルツだ。スピカと呼べばいい」


 女性……スピカはそう言うと優しく涼太の頭に触れ、そのまま撫で始めた。

 ごわごわとした革の手袋越しに彼女の体温が涼太に伝わり、何とも言えない気分になる。


「さて……色々話してやろうかとも思ったが、お前も目覚めたばかりで辛いだろう。今日はもう寝た方がいい。また明日、お前の疑問に答えられる範囲で答えてやろう」

「僕はまだ……」


 眠くないです、なんて涼太は言おうとしたがスピカは首を横に振り、撫でていた手をそっと離した。


「気がつかないだけで、人間は意外と疲れている事が多いものだ。それとも、不安なら子守唄でも歌ってやろうか」


 スピカの一言にぎょっとした涼太が慌てて首を横に振れば、彼女は笑う。

 その顔は愛しいものを見ている母親のような、そんな雰囲気を纏っている。


「冗談だ。そんなものが必要な歳でもあるまい」


 スピカはそう言うと少しだけ意地悪そうに笑い、そのまま部屋を出て行こうとするので、涼太は慌てて声をかけた。


「スピカさん」

「ん? どうした」

「おやすみなさい」

「……あぁ、おやすみ」


 扉の閉まる音が聞こえれば、部屋には再び、静寂が訪れる。

 しんと静まり返った部屋の中でも、涼太の疑問は尽きることがない……のだが、スピカの言うとおりに涼太は疲れていたのか、結局ろくに考えることも出来ず、そのまますぐ眠りに落ちた。

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