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【Ⅰ】Envy is ignorance; imitation is suicide.1

テロリストに生まれる人間はいない――そう言ってくれたトモに捧げる。


 My old silly friend Amin, all love gave to you without leaving it over.

(愚かで愛しい我が友アミン、僕の愛は余すことなく君にあげたよ)




【Ⅰ】Envy is ignorance; imitation is suicide./Ralph Waldo Emerson

   嫉妬は無知のしるしであり、人真似は自殺行為である。



 僕はアミン・ブラウン。最高に運が悪いクズだ。


 なぜって、僕が貧しいアラブ系移民の三世だからさ。僕達は人種的には白人コーカソイドだけど、色素の薄いイギリス人とは印象がまるで違う。一目でルーツが分かる。癖のある褐色の髪とカラスのような黒い瞳。紛うことなきアラブ人、アラーの使徒タオルヘッド(アラブ野郎)だ。イギリス国籍を持つイギリス人だと言っても、金髪碧眼の白い奴ら(バニラアイス)とは決して同等には扱って貰えない。


 アミンはアラビア語で誠実という意味らしいけど、誠実に生きるには、世界はちょっと不誠実過ぎないかな。


 二〇〇五年七月七日、僕が十歳になった誕生日の一ヶ月後に起きたロンドン同時爆破テロは、僕達の運命を大きく変えた。


 早朝の通勤客で込み合う時間、まずロンドン地下鉄トンネル内の三カ所でほぼ同時に地下鉄の車両が爆発し、次いでタビストック・スクエアを走行中のダブルデッカーバスが二階の屋根を吹っ飛ばして爆発したんだ。実行犯四人を含む五十六人もの死者を出した大惨事だった。つまり、パキスタンとジャマイカ、イスラム系移民の二世が花火のように華々しく自爆してくれたお陰で、伝統的な白い肌のイギリス人はヒステリーを起こして、911以来厳しくなっていた僕ら移民二世や三世への締め付けはますます厳しくなったってことだ。ロンドンはしばらく自爆テロの悪夢に怯える羽目になり、パンジャーブ人ともアフリカ系とも人種が違うのに、一括りにして僕らアラブ系もテロリストと呼ばれた。


 アングロサクソンでなければイギリス人じゃないっていうのか?


 でも、知っているか? シリアのバシャール・アサドは青い瞳なんだぜ。


 くそったれの対テロ法を振りかざして差別は白昼堂々と行われている。アジア系、アフリカ系を問わず、先祖代々のイギリス人に見えない奴らは、友達と連れ立ってストリートを歩いているだけで不法滞在を疑われ、警官に腕を掴まれ壁に押し付けられて身分証の提示を求められる。たまたま身分証を携帯していなかったら、そのまま警察署に引っ張って行かれて鉄格子の中にぶち込まれ、身元保証人が迎えに来てくれるまで帰れない。何もしていないのに、ただ伝統的なイギリス人と違う容貌だというだけで不法滞在のテロリストだと決めつけられ、身ぐるみ剥がれて尻の穴まで調べられる。「ケツにキャンディ(違法薬物)を隠していないか?」なんて糞みたいな台詞を素面で言われるんだ。


 これが現代のイギリス首都で起きているなんて信じられるか?


 ちなみに、僕はイーストロンドンで生まれ育った。リバー・リーの近くの公営住宅カウンシルフラットが僕の生家だ。狭い1LDKにママと二人で暮らしていたんだけど、いつもママのろくでなしの彼氏が入り浸っていた。周りは似たような移民二世や三世の貧乏人ばかりだった。もちろん金髪碧眼のアングロサクソンの貧乏人もカウンシルフラットには大勢いる。だけど、ちょっと複雑だ。彼らと僕らの世界は薄いパイ皮の層のように乖離していて、どことなくよそよそしい。僕達移民の係累はいつまで経っても余所者なのだ。


 それでも、僕はイギリス人だ。イギリスで生まれて、イギリスで育った。


 子供の頃はリバー・リーの遊歩道を何時間も歩き続けるのが好きだった。草の生えた広い中洲にコンクリートブロックを置いただけの細い道が敷かれていて、川岸には大きな柳の樹があった。風が吹くと柔らかな羽根のような枝がふんわりと大きく波打って、貴婦人のスカートが揺れているみたいだった。スリーミルズの煉瓦造りの工場を眺めるのも好きだった。


 ハウスミルには十字架の付いた鐘楼があったし、中に入った事は無いけど、薔薇窓のある綺麗なカトリックの教会も近くにあったんだ。あれを見ているだけで、自分が何かの物語の主人公になったような気分になれた。


 ムスリムの多い地区だったからハラールを売る食料品店やモスクもあったし、近くのユダヤ人街には古臭いベーグル屋とシナゴークもあった。あそこのユダヤ人は東欧系のアシュケナジムだから、黒い帽子と服を着て変な髪型をしている。


 うちからは少し離れているけれど、ブリック・レーンはバングラディッシュ系のストリートとして有名で、通りいっぱいにベンガル語と香辛料の香りが充満している。


 地下道を通り抜けてA12号線の向こうへ行けば、TESCOもあるし、北に向かって歩けば二〇〇七年の年末に建設計画が発表されたオリンピック・パークがある。建設中のドームと広場は何度も見に行った。残念ながら、二〇一二年に開催された肝心のオリンピックは観覧できなかったけど、中継はテレビで観た。いいんだ。騒がしい人混みは好きじゃない。オリンピックが終わってからのほうが広場は魅力が増したと思うんだ。観光客が減って静かになり、人々はゆったりとした足取りで歩いていたし、緑の芝生は綺麗だったし、宇宙船のようなドームは外から眺めるだけでなんとなくハイな気分になれた。


 僕が育った街はナイスな街だった。フィッシェリーズでフィッシュ&チップスとコーラを買い、スーパーストアでアイスクリームを買う。そんな普通の毎日だった。


 もちろん、僕のフラットはそんな良い雰囲気じゃなかったけどね。


 イーストエンドが貧民屈だったのは昔の話で、今はエッジの利いたショップが軒を並べるアーティスト街だ、なんて寝言を書く観光業界の回し者ライターも多いけど、そういう記事にもちゃんと、カウンシルフラットには近付かないのがベターですよ――と、ファッション性を損なわないよう細心の注意を払ったさりげない警告文が添えられている。


 カウンシルフラットは政府のチャリティー物件で、格安あるいは無料で借りられる。しかも住居だけ与えて飢え死にさせてはマズイということで、最低限の食料が買える程度の給付金も出る。最近では、三世代続けてカウンシルフラット育ちという住民も珍しくない。一度底辺に落ちた家系は滅多なことでは這い上がれない。


 アジア系、アフリカ系の移民は、フラットを借りるにしても差別されていて、条件の良いフラットは借りられない。カウンシルフラットに申し込んでも、ポイント制で弾かれて、結局、治安の悪い地区にある古くて汚い部屋を割り当てられる。住宅を購入しようとローンを組めばイギリス人の二倍の利子を払わなきゃならない。


 どうしたって移民の家族は特定の場所に集められる。政府がいくら無いと言い張ったって、僕達移民の係累が押し込められているゲットーはある。


 移民の係累――Winnie-the-Poohで言うところのall Rabbit’s friends and relations.

 みんな一緒くたにされて、個は無い。


 こんな言い方は、でも、僕の周りでは僕しかしない。みんな本を読まないんだ。読みたくても読めない。英国籍なのに英語が出来ないんだよ。


 僕のフラットの近所では「|ごみを捨てるな《Don't throw trash here》」と書いてあるべき場所に「|道路を壊すな《Don't trash the street》」(※散らかすな(Don't trash)を曲解したジョーク)と書いてある。読めない奴が多いから、ゴミ(Trash)は散らかっているし、道路も壊れてる(Trashed)。綺麗な金髪の女の子に声を掛けようとすれば、僕がアラブ系の顔をしているから、たったそれだけの理由で「付いて来るな、クズ(Don't follow me trash)」と言われる。


 トラッシュ、トラッシュ、トラッシュ、トラッシュ、トラッシュ……


 僕は何だ――?


 ああ、でも、僕は運の良い方だった。ママはアルジェリア系移民の二世で簡単な読み書きは出来たから。プライマリースクールに入学する五歳までに、僕はアルファベットと簡単な単語くらいは理解出来るようになっていた。親が字を読めないと、子供に初歩的な読み書きを教えられない。せっかく無料の公立プライマリースクールに入学しても、教科書が読めず、授業についていけなくて学校へ行かなくなり、読み書きが出来ないまま大きくなってしまう子も多い。そういう子に比べれば、僕は運が良い。家庭に幾分かの問題があったし、将来に希望を持てる状況でもなかったけど。


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