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第八話 初めての村ウルンフォルツ

 エレナの言っていたウルンフォルツへは十数分で着いてしまった。


 道中エレナに、あそこで何をしていたかなど軽く質問をされた。話をすると、どうやらトールが通ったあの林道は盗賊などがよく出るらしい。行商人などは護衛を雇って通るのが常識だそうだ。


 盗賊がよく出ることからエレナは毎朝村まで続いている林道周辺を見回っているらしい。トールはそれに助けられた形だ。

 エレナが見回りをやりだしてからはあまり盗賊も見なくなったらしい。話が本当なら今回のことは運が無かったとしか言いようがない。


「ここがウルンフォルツです。小さな村ですが最低限な物は揃っていますし、村の人たちも優しく良いところです。それと、私はこれから衛兵達に挨拶をしてきます。何か困ったことがありましたら、あそこの兵舎に来てください」


 すぐそばにある兵舎らしき建物を指さしながらエレナは親切に教えてくれた。


「ああ、本当に助かったよ。エレナも仕事頑張ってな」


「ここで探し人が見つかるといいですね。それでは失礼します」


 軽くエレナが会釈をし、トールは軽く手を上げエレナと別れた。エレナが兵舎と言っていた建物らしきところへ入っていくのを見守っていた。


 腰まで伸びている燃えるような真っ赤に染まった髪を(なび)かせ、歩いていく後ろ姿は堂々としており少し眩しかった。


 そして一人になったトールだけが残された。


 孤独感に似た感情が湧き出てきたが気付かないことにする。


「……にしても、落ち着いてるというか、なんだかクールな子だったな。エレナか……あんな真っ赤な髪色

はこの辺りでは普通なのか? 世に言う赤毛とは格が違ったな。……そういや写真の娘について聞きそびれた。……まあそんなに大きな村でもなさそうだし、もしいるとすればすぐ見つかるよな……」


 街並みは見慣れないものだった。石造りの建物が多く、ファンタジーものを連想させる街並みだ。

 辺りにはエレナの言っていた兵舎、民家であろう建物、村の中心辺りに教会らしき大きな建物も見える。それには大きな時計もついており、八時二十分を指していた。


「絶対ここって日本じゃないよな……エレナって名前も海外っぽいし、そもそも騎士ってなんだよ。時代錯

誤とかじゃないことは、ここを見ればわかるし」


 エレナの言っていた衛兵も何やら剣(など)といった武器を(たずさ)えており、服装もトールの方が浮いている状況だ

った。


「やっぱ、時代が巻き戻ってるってことか……いや違う、確かあのゲルトとかいうおっさんが言ってたな。たしか……世界は作者をかたどって出来上がってる、だったっけ? 確か描かれたのが、十五世紀って言ってたな。てことは、この世界も十五世紀をモチーフに出来上がってるってことか……」


 世界が出来上がっているということは、タイムスリップしている感じではなく、作者の思いによって新たな世界がここに出来上がっているということだ。つまり、歴史上には存在していない可能性が高い。何が起こってもおかしくない世界ということだろう。


「まあともかく、写真の娘についてここの人たちに聞いて回るしかなさそうだな」


 軽く唸っていたがこの結論にたどり着いた。

 兎にも角にも近くの人に聞いてみるのが手っ取り早いだろう。とりあえず近くにいた警備中の衛兵に声を掛けてみることにした。


「あの、少し聞きたいことがあるんですが……」


「うん? 見ない顔だな。君は旅人かね?」


 そうですが、と一言返す。エレナもそうだったがこういったことを聞くのも仕事のうちなのだろう。


 ほう、と衛兵が上から見下ろす。身長差のせいでそうなってしまう。エレナよりも二回り以上、年上だろうこの衛兵は顔の彫が深く体格も良い。それで見下ろされては少し焦る。


「そういえば先ほどエレナ殿の一緒にいたな。それで、聞きたいこととは?」


「えっと、この娘を探してるんですが、どこかで見たとかありませんかね?」


 衛兵に写真を見せると、腕を組み写真をまじまじと見つめ小さく唸った。どうやらすぐには思い出せないらしい。

 数回唸りその後、力が抜けた顔になった。


「すまない。長年ここにいるがこんな娘に見覚えはないな」


 やはり、見覚えはないようだ。


「それにしてもどうして、この娘を探しているのだ?」


 痛いところ突かれた。単に探しているとだけでいいのだろうか。これは完全にトールのことを怪しんでいるのではないだろうか。

 だがそれも当然だろう。その娘の家族ならまだしも、赤の他人であるトールが女の子を探してると言えば事件の匂いがする。


「あはは、親戚の娘なんですよ。もう何年もあってなくて久しぶりに会いに来たんですが、肝心の住所が分

からなくて……」


 かなり目が泳いだ気がするが何とか誤魔化せただろうか。親戚なら似てなくても何とかなるだろう。


「そうだったか、ここは小さい村だ。もしいるのならすぐに見つかるだろう。疑ってすまなかったな。こういった質問はすでにエレナ殿からされてるだろう?」


 衛兵は申し訳なさそうに表情を一層崩した。


「まあ、されましたね」


 確かに似た質問はここへ来る途中にいくつかされていた。なるほど、同い年程度のエレナだから油断していたが、一応怪しんでいたのか。

 衛兵を見ると、まだ何かありそうな顔だった。


「それにしても先ほどの絵。どこか頭の隅で引っ掛かっていてすっきりせん。どこかで見た覚えが……顔か、髪か、いや違う……ええい、思い出せん! すまないが私は仕事に戻らせてもらう」


 思い出せようで思い出せない。そんなイライラを露わにした。


「あ、ああ。こっちこそ仕事中にすみません」


「質問に答えるのも私の仕事だ。では見つかることを願っている」


「ありがとうございました」


 衛兵は持ち場に戻ってしまった。やはり一人目から有益な情報が得られることは無かった。しかし、なにやらモヤモヤとした記憶があるようだった。


「まあ、あるよな。思い出せそうで思い出せないこと。まあ、今度会った時にでもまた聞いてみるか」


 顔は覚えた。身長はトールより高く、体格は良く五十代くらいの男性。また会う時があれば分かるだろ

う。


 問題は振り出しに戻ってしまったが、幸運なことにこの依頼については時間制限などないため焦る必要はない。


「とりあえず村、回ってみるか。なんだかんだ観光なんて久々だしな」


 一通り回って、見つかれば万々歳。そんな軽い気持ちでトールは歩き始めた。


 歩き始めて最初に目が付いたのは鍛冶屋だった。少し覗いてみると、剣やら盾といった兵士たちが使うようなものから、包丁といった生活で使うものもあった。小さい村だから一つの鍛冶屋が住民の必要なものも用意しているのだろう。


「お、兄ちゃん見ない顔だねえ。旅人かい?」


 店の奥から、強面の男がムキムキの上半身を見せつけるかのように、上には何も着ずに出てきた。滝の如く汗を身体全体から流し、(つい)を手にしていた。先ほどまで打っていたのだろう。


「そんなところです。それにしてもここの村の人は、ここに住んでいる人の顔は覚えているんですか?」


 先ほどから何度も見ない顔だの旅人だの言われ不思議に思っていた。


「そりゃ、おめえここはちいせえ村だからな。見慣れねえ顔はすぐ分かるさ。にしても兄ちゃん、物珍しそ

うに見てたけどよお、なんか気になるもんでもあったか?」


「ん? いや、こういった鍛冶屋って俺の国じゃあまり見ないもんですから」


「そりゃあ今時珍しいとこもあったもんだなあ。こんなちいせえ村にもあるもんだからこれが普通だぜ」


 ガハハと鍛冶屋が笑う。大きく皺ができるくらいの笑い顔も見せた鍛冶屋に気難しい雰囲気は感じられず、むしろ親しみやすさを感じる。


「そうなんですか。いま探している人がいて村の人たちに聞いてるんですけど、この娘に見覚えとかないですか?」


 絵の写真を鍛冶屋に見せる。


「うん? この絵の娘か? わりいが知らんな」


 今回は即答だった。村の住人の顔は覚えてるって話だったが、見覚えは無いらしい。

 これは面倒なことになってきたかもしれない。

 しかし、たまたまかもしれない。とりあえず、村の状況を知るためにも軽く話をしてみることにする。


「そうですか……ちなみにおじさんってここの店主ですよね? ここにあるものって、おじさんが作ったん

ですか?」


「あたぼうよ! ここにあるもんは全部奥の工房で俺が打ったもんだ。全部一級品だぜ。なにせここの衛兵が使ってんのも俺が打ったもんだし、リッヒシュタットの騎士団も俺が打った剣使ってるくれえだからな! ……実際、大半は俺の師匠が打った剣を使ってるがまあ、似たようなもんだ!」


 強靭な胸を張り自慢げに話す鍛冶屋は子供のようだった。


「おじさんってもしかしてすごい鍛冶職人!? リッヒシュタットの騎士団がどのくらいすごいのか分かりませんけど……」


 しかし、リッヒシュタットの騎士団に作っていると言われてもよく分からないのが正直な感想だ。


「なあに!? おめえリッヒシュタットの騎士団を知らねえのか!? いや、まあ旅人だから仕方無いか……いや、旅人でも知ってるぞおめえ!? リッヒシュタットっつったらこの国、シュタット帝国の中心、王都だ。そこの騎士団、ヨルク騎士団はこの国の精鋭をかき集めたような集団だ。考えてみろ、エリートが使う道具を俺が作ってんだ。どうだ?」


「確かに、それを聞くとかなりすごいですね」


「だろ?」


 鍛冶屋はかなり上機嫌の様子。

 話に合わせて適当に相槌を打ったなんて口が裂けても言えない。手に持っている槌で殴られるのではないだろうか。


 しかし、ここでシュタットという国とヨルク騎士団という単語が出てきた。シュタック帝国という国があり、ヨルク騎士団というのは騎士の中で精鋭を集めた集団ということだろう。

 つまりここウルンフォルツという村はシュタット帝国に属しているということだ。


 兎に角ここの鍛冶屋が騎士の武器を作っている、それでいいじゃないか。


「じゃあ、エレナが使ってるあの剣もおじさんが作ったんですか?」


 あの銀色に輝く細身の剣はここの衛兵が使っているものとは違う。見た目もそうだがそんな気がした。はっきりいって綺麗だと思った。


「おめえ、エレナの嬢ちゃんには会ったのか。でもな、嬢ちゃんが使ってるあの剣は残念ながら俺の作品じゃねえ。嬢ちゃんがこの村に来た時にはすでに腰に携えてたからなあ。だが、恐らく俺の師匠が打ったもんじゃねえかと俺は踏んでるがな」


 鍛冶屋は確信を得ているかのように堂々と言ってのけた。


「その理由は?」


「言ってみれば、俺のカンってやつだ……まあ、前にな嬢ちゃんに剣を見せてもらったことがあんだ。そんときにな、なんとなく懐かしい感じと、ピリピリとした緊張が走ったんだ。……ありゃあ、師匠の作品を目の当たりにした感覚に似てんだ」


 明確な理由ではなかったが師弟だからこそ感じることなのだろう。ロマンを感じるものがある。


「なるほど、そりゃあすごい剣なんでしょうね」


「そりゃあ師匠の剣ともなればな。この村じゃあ嬢ちゃんのあの剣しかねえだろうな」


 それだけの剣を持てるエレナとは何者なんだろうか。若くしてあの堂々とした雰囲気は中々出せるものではない。


「ずいぶんと尊敬してるんですね。あっそういえばエレナがこの村に来たって、もともとはこの村の人じゃなかったんですか?」


「まあな、来たのは確か半年だか一年前くらいだったな。この村に騎士が来るってもんだから少し話題になったな」


 当時の情景を思い出しているのだろう。目線が上を向き落ち着いた口調になっていた。


「それまで騎士はいなかったんですか?」


「ああ、衛兵たちだけだったし、今もこの村には嬢ちゃんしか騎士はいねえ。騎士っていうもんだからどんなべらぼうにつええ奴が来るのかと思ったが、実際は可愛らしい嬢ちゃんが来たもんだから拍子抜けしたのを覚えてるぜ。ガハハ!」


 こちらの鼓膜が震えているのが感じられるくらいの大きな笑いだ。

 実際、騎士が来ると聞いて華奢な少女が来るなんて誰も想像しなかっただろう。村の人たちの表情が目に浮かぶ。きっと開いた口が塞がらなかっただろう。


「でも、強かったとか?」


「そりゃあ、騎士を名乗るには強くて当たり前だ。今も若いのに衛兵たちをまとめ、村の治安を維持して

る。おかげで昔より盗賊も少なくなったしな。感謝してるぜ」


 エレナという人物はこの村に大きな影響を与えているらしい。治安が良くなっているという話を聞く限り評判は良さそうだ。


「エレナが衛兵をまとめているんですか」


「騎士が嬢ちゃんしかいないからな。そもそも騎士ってのは簡単になれるもんじゃねえしな、衛兵たちも納得してることさ。嬢ちゃんもあの年で立派なもんだ」


 なるほどと相槌を打つ。確かにあの年齢で騎士になっていれば自ずとあの雰囲気を出せるのだろう。正直雰囲気だけを見れば年下とは思えない百戦錬磨の風貌がある。


 そんなことを考えていると後ろから人の気配がした。どうやら長く話を聞いているうちにお客さんが来たようだった。


「おっと、すみません、長々と聞かせてもらって。じゃあ俺はもう少し探してみます」


「おうよ、俺も見かけたらとっ捕まえておくぜ! おっと、いらっしゃい。何をお探しで?」


 鍛冶屋の店主から、この村とエレナについて色々と聞くことが出来た。にしても、強面の店主が女の子をとっ捕まえたらそれこそ犯罪だ。悪い人ではないから気を付けて欲しい。


 鍛冶屋がこちらにまで聞こえる声でいらっしゃいと言っている。鍛冶もやり店主もやり忙しい人だ。

 長々と話をしたがこれと言って進展はなかった。


「……もう少し聞いて回るか」

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