結界を超える気配
1.
暫くの間、僕はアルシュと別行動を取ることになった。
とはいっても、僕本体は何時もの森から動けるわけでもないので、視界だけを色々な場所に巡らせるだけだ。
アルシュ以外とは殆ど直接意思の疎通も出来ないし、あまり積極的に干渉も出来ないので、文字通り見学だ。
・・・意外と出来ない事も多いなぁ、僕。
いつも世界を眺めるよりも低空飛行で視界を滑らせていく。
何というか、ドローンの映像みたいなイメージだ。
アルシュが森を北東から出発して川に沿って北へと向かっているので、僕は森の南西から視界だけの旅を始める事にした。
こちら側は森から出ると暫く平原が続き、その先に大きな山がある。
それを僕は鳥が低空飛行するように視界を滑空させていった。
アルシュと一緒に見たように、森を出て暫くは余り生き物の姿は無い。
山に近づいていくにつれて徐々に動く物の姿が見え始めた。
馬やサイ、象や鹿の様な草食動物やトラやライオン、ヒョウの様な肉食動物。
僕の記憶にあるそれらの動物と同じ様で少しづつ姿形の異なるそれらが平原を動き回っている。
それに加えて、その肉食動物をも餌とする十数メートルもある竜の様な爬虫類や空から獲物を狙う巨鳥など、僕が前の世界では本の中でしか見た事の無かったような生き物が山に近づくにつれて現れ始めた。
僕はそれらの生まれる過程をずっと見ていたけれど間近で見るのは初めてで、その現実味の無い存在感に見とれた。
やがて木々に覆われた山肌を滑空するように進んで行く。
進むにつれ徐々に生き物の数が減り、大型になっていく。
所謂首長竜の様な姿をした動物や巨大な熊の様なもの、類人猿の様な生き物など姿形は多岐に渡るが、総じてその大きさはかなりのものだ。
それらは互いに争う事はせず、不干渉なようだ。
そうしてアルシュとは逆回りに世界旅行を始めて、二か月ほど経った頃。
「ソーキ、今大丈夫かしら?」
久し振りに僕は一旦止まり、アルシュに答える。
「うん、大丈夫だよ。どうかした?」
「今、森の大きく開けた所に出たのだけど。」
「うん。」
「目の前にとってもおっきな足があるの。」
「うん?」
「だからね、目の前にとってもおっきな足があるの。」
思わず聞き直した僕にアルシュが重ねて言う。
聞き取れなかった訳じゃないんだ、聞いた内容が理解出来なかったんだよ・・・。
僕は大きな人の足がアルシュの目の前にあるのを想像する。だいだらぼっちって言ったっけ?
「ど、どんな足?」
「大きな蹄があって、四本あるわ。馬みたいな感じかしら?あんまり大きいから、ここから見上げてもお顔も見えないわ。」
良かった、動物の足か・・・。
「アルシュ、僕が生き物たちを生み出した時の事、覚えてる?」
「ええ、ソーキの果実が沢山飛んで行った時よね。凄かったわ。」
「その時の一番大きい三つ、覚えてるかい?」
「ええ、最後に飛んで行ったやつよね。」
「そうそう。アルシュの前に居るのはきっとその内の一つから生まれたんじゃないかな?」
生物を生み出した時の最後の三つ。
それらは他の実と違って、それぞれが一つの生命を生み出した。
僕が三つだけ生み出した、生命の原則を逸脱した自己完結の存在だ。
アルシュはどうやらその内の一つを見つけたようだった。
「ちょっと声を掛けてみようかしら。」
「うん。良いと思うよ。彼らはどっちかって言うと僕らに近い存在だから。」
「そうなのね。お話してみるわね。」
「大丈夫だと思うけど、踏まれないようにね。」
「ええ、任せて。」
ちょっと久し振りのアルシュの任せてを聞いて、僕はまた視界を滑り出させた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ソーキとの会話を終えて、私はもう一度目の前に聳え立つ足を見上げる。
徐々に視線を上げ、やがて背も逸らせて目一杯見上げるとそれの胴体が見えるが、それより先は胴の陰になって分からない。
「・・・こんにちは。」
取り合えず、声を掛けてみる。
・・・反応は無い。
寝ているのかしら?
自分から一番近い前足の一本に歩み寄り、そっと手を触れてみる。
短く細やかな毛に覆われたそれは、しっとりと艶やかでとっても触り心地が良い。
その手触りの良さに暫く夢中になって撫でていたけれど、やはり反応は無かった。
「ねぇ、こんにちは。もし寝ているのならごめんなさい。少し、お話出来ないかしら?」
コンコンっとドアをノックするように足を軽く叩きながら声を掛けてみる。
・・・やはり反応は無い。
どうしたものだろう。
寝ているのなら無理に起こすのは気の毒だけれど、もしかしたら気が付いていないだけかもしれない。
私は少し考えて、もう少し強く足を叩いてみる事にした。
――私は右足を後ろに引き、半身の構えをとり・・・
「ちょっと待ったぁ!!」
聞きなれた声に待ったをかけられた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
僕はアルシュと話終え、視界旅を続けているとゾワゾワッと背筋に氷を入れられた様な寒気を感じた。背筋ないけど。
強烈な嫌な予感。
僕は何も考えず本能のままにその元凶へと一瞬で視界を飛ばし、それを見た瞬間、
「ちょっと待ったぁ!!」
取り合えず全力で叫んだ。
「あら、ソーキ。私の居場所、分かったのね。」
元凶はいつも通りの落ち着いた声で僕に話しかける。
「いやいやいや、何しようとしてたのさ!アルシュ。」
「軽く叩いて声を掛けてみたのだけれど、気付かないみたいだから、少し強くしてみようかと思ったの。」
「少し!?」
「ええ、前にソーキにしたみたいに。」
「僕を基準にしちゃダメッ!僕とっても頑丈なの!一応世界樹なのっ!」
挨拶代わりに足を一本消し飛ばされちゃ、やられた方は堪ったもんじゃない。
「私たちと同じっていうから、平気かと思って。」
「同じだからって皆頑丈なわけじゃ無いからね!というか今のアルシュの蹴りじゃ、僕も折れかねないから!」
「あら、ちゃんと加減はするわよ?失礼しちゃうわ。」
「うん、でも取り合えず蹴りはやめよう?」
僕が必死にアルシュを思い留まらせようとしていると・・・、
「・・・あのう。」
頭上から戸惑った様な声が響いた。




