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神様のおはなし2

2.



久し振りに見る世界は私の知っているものと大分変っていた。

田畑は私が見た事あるものよりもずっと大規模になっている。

家々はしっかりした造りになり、人の数も随分と増えていた。


「しばらく見ないうちに、随分と変わったものねぇ。」


釣り糸を垂らしながら、私は人の世の変わりように一人驚きの声を上げる。

視線を移せば昇ってくる魂の数も昔とは比べ物にならない位増えている。


「この分ならすぐに釣れそうね。それがあいつの子孫なら万々歳ね。」


その様子に私は楽観的に考えていた。




十年経ち五十年経ち、百年経った。


「中々釣れないわね・・・。」


まだ一度も引きは無い。

私が消えていないという事は、あいつの血は絶えていないという事だ。

まだ見つけられるかもしれない。

一つやる事が出来ただけで、随分心に余裕が出来たように思う。




二百年経ち三百年経ち、五百年経った。


「・・・。あの爺さん、騙したんじゃないでしょうね。」


釣り竿はピクリとも動かない。

眺める人の世だけが刻々と動き続ける。

まだ私は消えていない。

まだあいつの血は存在している。

以前はさっさと消えてほしいとまで思っていたそれが、今は心の支えになっていた。




七百年経ち、千年経った。


「・・・この釣り竿で、ルアーフィッシングとかって出来るのかしら?」


最近人間たちが色々な情報を紙に綴じた本というものを作り出した。

釣りを専門にした物もあったので、私は遠目から見て参考にしていた。

所謂”都会”には鉄筋の高い建物が立ち並び、車が行き交う。緑の少なくなった地面に溢れ返らんばかりの人々がひしめいている。

毎日昇ってくる魂は数え切れない程だけど、まだ釣り竿に引きは無い。

いつの間にか自分が消えていないことに安心を感じる様になっていた。



それから少し経った頃。忘れもしない、あのおじいさんから釣竿を貰って千と八年が経った時!遂に釣り竿が撓った!

それを見た瞬間、持つ手に竿のしなりが伝わった瞬間。


私の中を言いようのない感覚が走った。

クアッと一気に全身に血が巡るような感覚。ブワッと全身の肌が総毛立つ感覚。フワッと頭が真っ白になる感覚。

それらが私に一気に押し寄せて来た。私の身体が自然に動いた。私の口が自然に音を発した。


「ヒィィィィイイイイイイッッット!!!」


声と共に釣り竿をグイっと引き上げる。

引きが強くなった。針にかかった獲物は反対側に身を引き、抵抗をしたみたいだ。


「往生際が悪いわよ!往生してるくせに!」


私は負けじと釣竿を持つ手に力を入れる。

身体も口も勝手に動いているような感覚で、私はそれに身を委ねる。

そうして格闘すること数分。獲物は諦めたようで抵抗がなくなった。


私は逸る気持ちを抑える事もせずに、渾身の力で一気に釣竿を振り上げる。

獲物は抵抗せずに一直線に私の方へと引き上げられてくる。


遂にその瞬間が来た!


「キャァァァァァァァアアッッッッチ!アーンド!!リリィィィィイス!!!しない!」


釣り上げた獲物から突っ込みが聞こえたような気がしたけど、私自身もう自分が何を言っているかも分からない。

私の目は釣り上げたそれを見ていた筈だけど、頭がそれを認識しない。釣り上げたそれと何かを話しているけど、耳から入る声を頭が理解しない。

反射だけで反応しているような感覚。

そんな感覚の中、私の全身に高揚感をもたらしていた感情が一気に爆発した。

爆発した瞬間、それが長い事感じたことの無かった、喜びだと理解した。


一人転げまわっていた時にはついぞ感じたことの無かったそれを理解した瞬間、涸れた涙が溢れ出した。

噴き上がり身体を支配するその感情に手も足も動かせず、その場に立ったままそれに任せるままに私は暫くの間、咽び泣き続けた。




どの位の時間が経っただろうか?私がようやく落ち着きを取り戻すと、釣り上げた獲物が私の肩を叩きながら隣に居た。

どうやら急に目の前で号泣しだした私を宥めてくれていたらしい。中々優しい子のようだ。

お礼を言って身だしなみを整えると、ちょっと考えてから所在なさげに立っている人間に声を掛ける。

こういうのは第一印象が大事だと暇つぶしに眺め見た本にあった気がする。自分でも想像の付かない状態を見られて今更な気もするけどね。


「ようこそ、神の御許へ。生を終えた人の子。」

「神様ぁ?」


私の言葉に素っ頓狂な声を上げる人の子。文字通りまだ子供だ。大人になっていく途上のあどけなさの残る顔をしている。


「ふふんっ!そうよ、神様!偉いのよ」


噓八百だ。本当はただ長く存在するだけの有象無象の一柱。


「え、でもなんで僕を?ここはどこなんですか?あ、僕は木森 草樹。享年十六歳でした。」


人の子は混乱した様子で目をパチクリさせると、その混乱のままに口を開いた。この状況で自己紹介出来ただけ上出来だろうか。


「慌てる気持ちも分かるけど、落ち着いて。一つずつよ。」


慌てる彼を落ちつけながら、私は手に持った釣竿でトンっと軽く地面を打ち自分の心も落ち着ける。


「まずは自己紹介ありがとう。私はさっき言った通り神、正確には複数いる神の一柱。名前は特にないわ。そしてここは神に導かれた魂が一時的に滞在する、そうね停留所、といったところかしら。」


私は疑問に答えながら彼を改めて観察する。果たして、若くして命を落とした、この木森 草樹という子はあいつの血筋なのかどうか。

当然名前などは当てにならない。顔つきはどうだろうか?魂にあいつの痕跡は?

長い時の中で混じり合った風貌からも魂からも決定的なものはすぐには見つからない。

何の力も無い私が一度見失ったそれを見つけるためには、余りにも長い時間が経ちすぎている。


私が何の確証も得られないまま空返事の相槌を打っていると、人の子が目の前で百面相をし始めた。

何の話だっけ?ああ、転生云々と口にした気がする。

おじいさんから頼まれている以上そっちも蔑ろにするわけにはいかないと思い、先にその説明に集中することにする。

もしこの子が違っても、私が存在している以上、まだあいつの子孫を見つける事は出来るはずだ。



「何百面相してるのよ!なんとなく何考えてるか分かるけど、落ち着きなさい。あなたの転生先は決まっているのよ。」


だから私は一先ず彼を落ち着かせ、転生の話を始める。


「え、そ、そうなんですか?僕は何になるんですか?」

「あなたにはとある世界の木に宿ってもらうわ。」


少し頭が冷えた様子の彼の疑問に答えると、ピシッと音がしたように彼は固まってしまった。

そりゃそうか。一体自分が何に生まれ変わるのかと期待を込めて聞いた結果「木」って言われたら、きっと誰だってそうなる。私だってそうなる。

私の言い方もちょっと良くなかったかもしれない。


「木、ですか?あの地面から生えてる、植物のあれですか?」


暫く固まっていた彼が恐る恐るといった感じで確認を求めてくる。

まさしくその通り、彼の認識は正しいものだ。でも、ちょっと安心させてあげなきゃいけない。


「その木よ。もちろんそんじょそこらのただの木じゃないわ。千年以上もかけてやっと見つけた魂ですもの。」


そう思って掛けた言葉にここまでの道のりを思い出して、自然と声に熱が入ってしまった。


「あなたにはあなたが生きてきたのとは別の世界、異世界といえば分かり易いかしら?異世界の世界樹に宿ってもらう事になるわ。」


一息に私は言葉を続けるけど、ここから先はおじいさんの受け売りで私も詳しくは分からない。

なので、随分前におじいさんから聞いた話をそのまま言葉にする。


「そう、世界樹。その世界のいしずえであり、その世界の全ての根源であり、その世界を育み守る親のような存在、それが世界樹。天から落ちた種を共に生まれた精霊が育み続け、幾千年もの年月をかけて世界に根を張った巨樹。あなたはそこに宿るの。」


確かこんな感じだった気がする。

何しろ話を聞いたのも千年以上前なのだから、寧ろこれだけ覚えていたことを褒めてほしい位だ。

しかし、私の言葉に彼の表情は硬くなった。


「なんで、僕なんですか・・?第一、その世界樹になって僕は何をすればいいんですか?!」


急に大きな話になって不安になったのだろうか。強い口調で彼が聞いてくるけど、その疑問に私は具体的な答えを持ち合わせていない。


「何故あなたか、それには答えられないの。ごめんなさいね。

 でも何をすればいいかっていうのは心配いらないわ。その時になれば自ずと分かるから。

 それに助けてくれるパートナーもいる。それにこの私がこんなに時間をかけて見つけたあなただもの。きっと大丈夫よ!」


申し訳ないなと思いつつ、なるべく彼を勇気付けてあげたいと出来るだけ明るい声で話すけど、見事に内容が無い。

自分でもどうかとは思ったけど、ここで私が不安を見せたら彼の不安も煽ってしまうだけだ。

そんな私の気持ちが彼に伝わったのか、彼が気を使ってくれたのかは分からない。


「・・・分かりました。いえ分からない事ばかりだけど、それが僕に与えられる次の生なら精一杯生きてみます!」


ともかく彼はそう言ってくれた。

そんな彼に私は自然と笑みを浮かべ、頷いた。

もうこれ以上私から掛けられる言葉は無い。あとはこの優しそうな子が転生した先でどうなるか、神ですら分からない。

でも、何だかしっかりやってくれそうな気がした。


手に持った釣竿から暖かい力が身体を伝ってくる。

いつの間にか反対の掌を彼に向けて掲げている。

掲げた私の掌から光が溢れる。

光はどんどん強くなり、私の目の前は真っ白になって、掲げている筈の自分の手さえも見えなくなる。


光が徐々に収まり完全に消えた時、私の目の前に居た彼の姿は無かった。

どうやら無事に送り出すことが出来たようだ。

安心して、ほっと一つ息を吐き出す。


そして、ふと何となしに掲げたままの自分の手を見てみると、それはうっすらと透けていた。

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