旅の再開
1.
帰路へと着いた荷車は無事に進み、日暮れ頃には村の門へと辿り着いた。
そのまま門を抜け、村の中心へと向かう。
そこに村の人たちが待っていた。クゼトアさんとハルサさんの姿もある。
荷車が止まると、皆で荷を下ろし始めた。
「おかえり、アルシュちゃん。隣村はどうだった?」
ハルサさんが荷台から降りたアルシュを迎える。クゼトアさんは荷下ろしの方を手伝っている様だ。
「ただいま、ハルサ。凄かったわ。小麦が一面にバァーって金色で、風でザワザワってとっても奇麗だったの。」
小麦畑の話になると失われるアルシュの語彙力。
「そうかい、そりゃあ良かった。危ない事も無かったかい?」
「ええ、大丈夫よ。平気だったわ。」
「なら一安心だ。荷下ろしは人が足りてるし、一緒に家へ戻るかい?」
「クゼトアは良いの?」
「ああ、荷下ろしが終わったらどうせ男共は飲み始めるだろうしね。遅くまで帰らないだろうさ。」
アルシュとハルサさんは二人で家へ向かおうとする。
「おう、アルシュちゃんも一緒に来いよ!皆に武勇伝聞かせるからよー!」
その二人の姿を目敏く見つけたクアロさんが声を掛けた。
「なぁに言ってんだい!酔っ払い共の中にアルシュちゃんを放り込むわけにいかないでしょうが!」
「大丈夫だって!アルシュちゃんに勝てるのなんてこの村にゃ居ねぇからさあ。」
「馬鹿言ってんじゃないよ!クアロ、あんたもう酔っぱらってんのかい!?」
「いや、凄かったんだよ。あ、いや酒飲むまで秘密だ。」
勿体ぶるクアロさんの横で荷車を押していたメンバー達とクゼトアさんが訳知り顔で頷いている。
「全く、どうしようもない男共だねぇ。行こう、アルシュちゃん。」
アルシュは少しだけ興味あり気な目で盛り上がっている男性陣を見たが、大人しくハルサさんに従って家路に着いた。
家の中へと入るとハルサさんは夕食の準備を始め、アルシュは一度部屋へと入った。
「お疲れ様、アルシュ。どうだった?隣村は。」
「麦畑が本当に綺麗だったわ。何て言ったら良いのかしら?暫く頭が真っ白になっちゃった。」
「アルシュはとっても感動したんだね。」
「そう、そうね、感動したわ。ソーキと一緒に森の上から見ていた時は、きっととても小さくて、風景の一部みたいで、見逃してしまっていたかもしれないわ。でも、目の前にしたらそれはとっても大きくて、視界一杯に広がって、とっても綺麗だったの。」
「うん。」
僕は珍しく饒舌なアルシュの言葉を聞き続ける。
「クゼトアやハルサ達もそう。今も森から見ていたら、こんなに良い人たちだって知らないで、知らないままで彼らは居なくなってしまっていたわ。動物たちやワームの子たちだって。皆遠くから見ていたら知らないでいた事ばかりだったわ。」
「そうだね。」
「だから、私は森から出てみて良かったって思うの。それで、もっとこの世界の色々な場所を見てみたいって、もう一度思ったの。」
そう言ってアルシュは口を噤んだ。
森を出て二年程の間に生まれた想いが、この数日の村での日々で一気に爆発したようなアルシュの言葉には今までに無い位、熱がこもっていた。
そのまま、暫く二人とも黙ったまま時が過ぎる。
静かな部屋にコンコンっと音がして、ドアが開くとハルサさんが顔を出した。
「アルシュちゃん、夕飯にしようかね。」
「ええ、ありがとう。ハルサ。今行くわ。」
アルシュは部屋を出て食卓の席に着く。
ハルサさんが料理を並べ、アルシュの前の席に座った。
「そろそろ行くのかい?アルシュちゃん。」
「えっ」
優しい顔でハルサさんが言った言葉にアルシュが少し驚いたように顔を上げた。
「薄い壁だもの、あんなに大きな声で話してりゃ聞こえちまうさ。誰と話してたのかは分からないし、盗み聞きみたいで悪いとは思ったけどね。」
「いいえ、それは良いの。」
アルシュは伺うような目でハルサを見る。
「アルシュちゃんが不思議な子だってのは分かってたさ。そんな歳で一人旅してんだし、旦那の事もあったしね。わたしゃこの村しか知らないけど、広い世の中にゃアルシュちゃんみたいなのも居るってことだろ?あんたが良い子なのだって知ってるしね。」
「そう。ありがとう、ハルサ。」
「さあ、ご飯食べよう。」
それから二人は静かな中で、でも決して嫌じゃない静けさの中で夕食を終えた。
翌朝、恐らく三人での最後の食事。
「そうかい、旅にもどるのか…。」
アルシュから村を出ると聞かされたクゼトアさんが寂しそうに言った。
目が赤いのは、きっと夜中まで呑んでいたお酒のせいだろう。
「ええ、お世話になったわ。」
「こっちこそ、命まで助けてもらったんだ。恩も十分に返せねぇで歯痒い位さ。」
「そんな事ないわ。ちょっと失敗しちゃったけど、魚を取るのも網を作るのもとても楽しかったわ。それにクゼトアのおかげで隣村でとっても綺麗なものだって見れたの。私、最初に会ったのがクゼトアで良かったと思うわ。」
「そんなに言ってもらえると、くすぐったいけどよ。でも、寂しくなるなぁ。たった数日なのに家族みてぇに馴染んでたもんなぁ。」
クゼトアさんがチラリとハルサさんを見る。
「そうだねぇ、でもそれで引き留めちまう訳にゃ行かないさ。みーんなそれぞれの都合ってのもあるんだからねぇ。」
「お?思ったよりあっさりじゃねぇか。もっとゴネるかと思ったのによぉ。」
「ゴネるたぁ何だい!あんたが酔っ払ってる間にあたしはアルシュちゃんから話聞いてたんだよ!まったく。」
ハルサさんは一晩のうちに色々と考えたのかもしれない。
クゼトアさんは火に油を注ぐまいと口を閉じたようだ。
そんな二人に対してアルシュが口を開く。
「大丈夫よ、二人とも。きっとまたすぐに家族が増えて賑やかになるもの。」
「んん?」
「どういうことだい?」
アルシュの言葉に二人が首を傾げる。
「ハルサの中に、もう一個命があるわ。だから、寂しくはならないわ。」
「本当か!?」
「ええ!?そんな事まで分かるのかい?」
「本当なの?アルシュ!?」
僕まで驚いてしまう。
「本当よ。だから大丈夫。」
驚き、お互いを見合う二人を尻目に、僕はハルサさんに意識を向ける。
すると、確かに彼女のお腹の中に命の鼓動を感じた。
「・・・ん?」
「どうしたの?ソーキ」
ちょっとした違和感に声を出した僕にアルシュが尋ねる。
クゼトアさんとハルサさんは見つめ合ったまま固まってしまっていて、僕に話しかけるアルシュの様子には気付かない。
「いや、気のせいかな?ハルサさんのお腹の子、知ってる気がするんだ。懐かしい感じがする。」
僕はその懐かしい感覚がどういう事なのか考えてみるが、答えを出せない。もどかしい感じだ。
やがて我に返ったクゼトアさんとハルサさんが湧いてきた喜びに声を上げ、目を白黒させるアルシュを巻き込んで笑ったり泣いたりしているのを眺めている内に、僕はその事を一度忘れる事にした。
やがて、二人の様子が落ち着くとアルシュは出発を告げようとしたが、クゼトアさんから少し待ってほしいと声がかかった。
知り合いの人たちを見送りに集めてくれるという。
アルシュが頷くと、クゼトアさんはすぐに家を出て皆に声を掛けに走った。
「しかし、本当に赤ん坊が出来たのかねぇ。全然実感がないわ。」
「本当よ。まだほんの小さな命だけど、確かにハルサのお腹に感じるわ。」
まだ少しも出ていないお腹を摩りながら言うハルサさんにアルシュが答える。
「そうなのかい。ねえアルシュちゃん、この子が生まれたらまたきっと会いに来ておくれよ。」
「ええ、きっとそうするわ。もしかしたらその子が大きくなってからかもしれないけれど。必ずそうするわ。」
「待ってるよ。アルシュちゃんならいつでも大歓迎さ。」
「ありがとう。ハルサは良いお母さんになるわ。」
ふふっと笑ってアルシュは言った。
大分日が高くなってきた頃、アルシュはハルサさんと一緒に家を出た。
門の所まで親子の様に並んで一緒に歩く。
村の外れ近い場所にあるクゼトアさんの家からは、門まであっと言う間の距離だった。
門の周りにはクゼトアさんが声を掛けてくれた村の人たちが立っていた。
クゼトアさんを筆頭にクアロさん達荷車チームやカルズを始めとした子供たちに食堂のおばちゃんまで、村に居る間にアルシュが言葉を交わした人たちが集まってくれた様だった。
アルシュと共に歩いていたハルサさんも皆に加わり、アルシュ一人が門の外へと踏み出す。
そこで体ごと後ろへと振り返り、村の皆に向き直った。
「数日だけど、お世話になったわ。皆のお陰で森では知らなかった事を沢山知れたわ。道具を作る大変さも皆で遊ぶ楽しさも遠くからは小さくて見落としていたものの大きさも。もっと見てみたいって改めて思ったわ。だから、ありがとう。」
そう言うとアルシュはペコリ、と頭を下げる。
「気を付けて行くんだよ。」
ハルサさんが声を上げたのを皮切りに皆がアルシュに見送りの声を掛け始める。
ひときわ大きな子供たちの声も響き渡る。
そんな皆にアルシュは顔を上げ小さく手を振ってから踵を返すと、その声を背に受けて歩き出した。
歩き出したアルシュはまず村と並行に流れる支流の川へと向かい、それを渡ると本流の大きな川へ向けて進む。
小一時間ほどでその大きな流れを捕らえると、村へ来る前と同じようにそれに沿って歩き始めた。
―アルシュの旅は再開し、時の流れはまた人間たちの速度から僕たちの速度へと変わっていく。




