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森のクマさん1

1.



順調に進んでいたエルフの集落への道程。

道のりの半分を過ぎた頃、巨大なクマがアルシュとイリュキナの前に立ちふさがった。


「あら、こんにちは。最近は泉へ顔を出していなかったみたいだけれど元気にしていたかしら?」


特に警戒するでもなくアルシュは巨大なクマに話しかける。

すると、後ろ足で立っていたクマはゆっくりとその上体を降ろし、四足で地を踏みアルシュの前へと顔を持ってきた。

四足の体制になってなお、その体高はアルシュよりもずっと高い。


「ご無沙汰しております、精霊様。少し遠くへと赴いておりました故、精霊様の泉へは暫く伺うことが出来ずにおりました。」


重厚な低い声で巨クマが喋った。

この場にそれを不思議がる者は誰も居ない。


アルシュはこの森に住む動物と意思の疎通を行うことが出来た。

尤も同じ言葉を話しているわけではない。

もしも森の外の第三者がその様子を見れば、低い唸り声を上げるクマに話しかけるおかしな幼女の姿に映る事だろう。

しかし、その声や仕草を長い時を生きる彼女は理解することが出来た。

また動物たちも泉へ通う子々孫々の長い年月の中で彼女の言葉を精霊の声として理解するようになった。


アルシュの後ろに立つイリュキナは言葉こそ分からないものの、その事を知っているので慌てる様子もない。


――遠くから様子を見ていた僕だけが、事情が分かってはいてもその異様な対面に気が気ではなかった・・・。


そんな僕の気持ちを余所に彼女たちの会話は続く。


「しかし、まさか泉の外でお会いすることになろうとは。エルフと一緒のところを見ると彼女らの郷へと向かわれておるのでしょうか?」


強面の顔に似合わず丁寧な口調で話すクマ。何となく僕が人間だった頃のお祖父ちゃんを思い浮かべる。


「ええ、彼女たちの集落から森の外へ行くつもりなの。泉から集落までの道のりが最終試験なのよ。」

「・・・最終試験?」


何処か言葉足らずなアルシュの説明にクマが首を傾げる。

そんな彼に対し、「実は・・・」とアルシュはここまでの経緯を掻い摘んで説明する。


「成程、そういう事でしたか。しかし、外の世界を・・・。」


アルシュの説明に合点したクマは思案気に視線を落とす。

そうしてしばらく黙した後、何か覚悟を決めたような顔で口を開く。


「精霊様。外の世界へ踏み出すに当り、儂からも一つ試験を出させていただきたい。」

「あなたからの試験?」


強面お祖父ちゃんクマの突然の申し出にアルシュは首を傾げる。


「如何にも。エルフとの訓練で旅の導を得る術は学んだことでしょう。

 しかし、森の外には数多くの我らとは異なる種が生を営んでおります。中には危険な輩も居る事でしょう。」

「そうかもしれないわね。でも、私は大丈夫。これでも世界樹の精霊よ。強いんだから。」

「では、そのお力を私に示していただきたい。」

「えっ?」


クマの言葉にアルシュは驚き絶句する。

その後ろではやり取りを理解しきれていないイリュキナが説明してほしそうな目でアルシュを見ていた。


「そも、この森は何故存在するのか考えたことはありますかな?

 あの偉大な世界樹とその精霊であるあなた様が生まれる前から存在する、この森が。」


答えを紡ぐことの出来ないアルシュに対してクマは続ける。


「この森は世界樹とそれを育み守るという途方もないお役目を持って生まれた、あなた様をお守りする揺り籠のようなものなのです。

 この森に生きとし生ける者全てがその使命の元、代を重ねながらあなた方が生まれるのを待ち続け、そしてその成長を見守ってまいりました。」


その言葉にアルシュと、そして僕は愕然とした。

特にアルシュの衝撃は大きかった。


思い返してみればこの地に生まれ、ソーキが誕生するまでの気の遠くなるような長い年月。

―泉へと水を求め立ち寄る動物たちが居なければ、私は孤独に耐え続けることが出来たのだろうか。

―泉へと水浴びに来るエルフたちが居なければ、私は今の様に感情を持つことが出来たのだろうか。

―泉へと稀に迷い込んでくる者が居なければ、私は他者を助けようとする心を持つことが出来ていただろうか。


――あの泉が無ければ、私は世界樹を育てることが出来たのだろうか。


この地に種を落とした誰かが用意していたのかもしれない。

或いはこの地を選んで種を落としたのかもしれない。


いずれにしろ、この森が動物たちがエルフたちが迷い人たちが。

何が足りなくてもアルシュは今の自分が、自分がその足で踏みだしたいと望むこの世界が存在するとは思えなかった。


自分が泉で見守り続けてきた森の住人達に、その実見守られていたという事実がアルシュの胸の中にじわりと染み込んでいく。


「そう。そうだったの・・・。」


静かに呟くアルシュを真実を告げた一頭のクマと場の雰囲気でそれを察したイリュキナが見つめる。

暫くの後、クマが口を開く。


「いわば儂ら森の民は揺り籠の中の子を送り出す親のようなもの。

 安心して我が子を送り出すことが出来る様、そのお力を示して頂きたいと言う事なのです。」


優しく、しかし変わらぬ意志を込めて、彼はそう言った。


「でも、あなたを傷つける事なんて、私はしたくないわ。」

「外ではその優しさが仇になる事もあるやもしれません。

 それに儂は十分にこの生を堪能しました。今回の遠出も我らの代替わりの儀式の様なものでした。

 この身は間もなく森の糧となる事でしょう。なれば、その身を持って安心を得たいと思うのですよ。」


「それに」と彼の言葉は続く。


「これでも儂はこれまで一つの種族を率いてまいりました。衰えたとはいえ、まだまだその力は馬鹿にしたものではないと自負しております。

 もしあなた様のお力が及ばなければ、試験はやり直しという事にもなりましょうな。」


態と挑発するような口調でアルシュに発破をかけるクマ。

ニヤリと口元を歪める仕草に、僕もちょっとだけイラっとした。


そして彼は今までの好々爺然とした雰囲気から一転、一気に殺気を解き放つ。


「さあ、我らが森の子。世界樹の精霊アルシュよ。儂にその力を示してみよ!」


その巨大な四肢に力を籠め、牙を剥いた一頭の獣がアルシュへと言い放った。


アルシュは一度その目を閉じ、ゆっくりと開いて獣を見据える。


その瞳には

―戦う決意を込めて。

―残酷な要求に怒りを込めて。

―その覚悟に敬意を込めて。


「分かったわ。あなたが安心出来る様にその年寄の我儘を聞きましょう。」


アルシュは獣と相対した。

次回、クマと幼女の壮絶なバトル回!(予定)

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